パジェス先生の確信
俺は頭の中で、パジェス先生の言葉を咀嚼する。
エルスカインの力は間違いなく強大だ。
ただし、凄いけど全部がイークリプシャンの置き土産で、『過去からの借り物』だとは言える。
最初は、古代に創られた高純度魔石を使い切ったら終わり、というのがエルスカインの制約だと考えていたし、古代魔法の知識はあるのにホムンクルスの製造装置や凍結ガラスが新たに創れないってことも『原料の枯渇』と捉えていたけど、それだけじゃなかったのだろう。
レスティーユ侯爵家を通じた古代魔道具の収集、凍結ガラスの小箱やオリカルクム素材を渡した時のレスティーユ候の大盤振る舞い・・・
彼らには必要なモノが徹底的に不足しているらしい。
それも魔道具や錬金素材だけで無く、魔法に関する知識さえもだ。
これまでに何度も感じたエルスカインの中途半端な対応や手下の使い方、攻め方への違和感は、そう考えると腑に落ちる。
ただ・・・いくら『借り物だから限界がある』と言っても、その強大さに変わりは無いからなぁ。
マリタンの液体金属との合わせ技で撃破のチャンスはあると考えているけど、それでも浮遊兵器やヒュドラの毒に真っ正面からぶつかってラファレリアの人々を守りきれるか、かなり厳しい戦いになるだろう。
「僕が言いたいことはねクライスさん。どうやら古代文明が栄華を誇った時代にイークリプシャンと呼ばれる勢力が『自分たち以外の人々』と戦ってたらしいってことだよ」
「俺だって、精霊魔法対策の魔道具を出して来られるまでは、古代の勇者がイークリプシャンと戦ったなんて想像もしませんでしたよ。『世界戦争』ってのは文字通りに、国と国との戦争だと思ってましたからね?」
「もしも戦争だったなら、勇者がどちらか一方に手を貸すなんて有り得ないだろうからねぇ」
「そういうことです。だから予想外でした」
「ところが実際は敵対していたワケだ」
「ですね」
「つまり...まぁ全世界を敵に回したって言うのは大袈裟かもしれないけど、少なくとも国家間や民族間の争いには嘴を挟まないハズの勇者が敵対したってことは、イークリプシャンのやってたことは国だの部族だのを超えたレベルで『世界を困らせる』ことだったはずだよ?」
「そうなんでしょうね。まぁ戦争としても度を超えた残虐行為だと思っていましたけど、それが『敵国』どころか自分たち以外の全方位に向けての攻撃だったとすれば、勇者が立ち向かって当たり前です。俺だってその場にいたら、今と同じように立ち向かいます」
南部大森林を溶岩で埋め尽くす火山の噴火を誘引したのが、暴れ回った当時の勇者だったかどうかは、今は脇に置いておこう・・・
今さら確認のしようも無いんだし。
「うん、そうだろうね。でもイークリプシャン陣営は負けた。だから今も世界は続いてる」
「なんだか含みのある言い方ですね?」
「そうかい? こう考えてみてよクライスさん。オリジナルの魔法、高度な魔導技術と魔道具、潤沢な高純度魔石や錬金素材と資源...そういったモノを豊富に持っていたはずのイークリプシャンが勇者に負けたんだ」
「いやいやいや、勇者一人に負けたって訳じゃ無いでしょからね?」
「そうだとしても同じことだよクライスさん。いまのエルスカインは、当時のイークリプシャンから引き継いだ諸々で武装してるけど、何一つとして『更新』できてないんだから」
「更新?」
「さっきの、『改良して作り替えて、どんどん新しいモノに置き換えていくって』話だよ。魔道具なんて普通は新しいモノの方が性能が良いモノでしょ? いまクライスさんの協力で開発してる『冷凍保管棚』だってそうさ。新しい技術や新しいアイデア、そういったモノがどんどん出てきて、モノゴトが改良されていくモノなんだ。普通はね!」
パジェス先生の言わんとすることは分かる。
パジェス先生の開発した探知魔法を更にシンシアが改良して方位魔法陣を生み出したなんてことも、その一つだろうな。
「ところがエルスカインは何一つ、自分自身では更新が出来ないと」
「そのとおり」
「仰りたいことは分かりますけどパジェス先生。でも、いまヤツらが持ってるモノだけでも十分すぎるというか、お釣りが来るというか...並大抵じゃ無い脅威だってことに変わり有りませんよ。俺たちも全力でぶつからないとどうにもならないでしょうね」
「いや勝てるよクライスさん。もちろん簡単にとは言わないけど、必ず勝てる。僕は、この魔道具を見てそう思ったのさ!」
「ホントにそうだったら嬉しいですけど、どうしてです?」
パジェス先生が分解の途中で『朗報』だと言い出してから、どうも話が噛み合わない気がする。
俺の理解力が劣っているだけなのは重々承知してるけど、どうにも話の核心が掴めないのだ・・・
「僕がそう思う理由は二つあるよ。一つは、さっきも言ったけどエルスカインがギリギリまでこの魔道具を出してこなかった理由は何か?ってこと」
「エルスカインは、この魔道具を自分では造れないし、使ってダメでも実戦経験を元に改良する...つまり更新が出来ないからギリギリまで温存していたってことですか?」
「それもあるだろうけど、一番の問題は『使いたくても使えなかった』ことだと思えるね」
「操作要員の魔法使いですか?」
「うん。ようやく今になって使えるようになったってコトさ。前にエルスカインの配下はホムンクルスばかりだと聞いたけど、この魔道具はホムンクルスの思念を読み取れない可能性もあるんじゃないかな?」
その言葉に対して、即座にシンシアが反応した。
「あっ、それは有り得ると思います先生! ホムンクルスの思念が普通の人族とは違っていても不思議はありません」
「そうなのかシンシア?」
「ええ御兄様。計測してはいませんが、私達にもホムンクルスの気配が分かるのですし、根本的に人族と違って当然かと」
「なるほど」
「それにヴィオデボラ島に来ていたエルスカイン配下の魔法使いはホムンクルスでした。さらにアンスロープやエルセリア...獣人族の方々の思念も読み取れないとすれば、彼らがあの島の制御装置を一切動かせずに物理的な発掘作業を行っていた理由も分かります!」
言われてみればアンスロープ族もエルセリア族も、不幸な出自によって魂を捩じ曲げられた人々だ。
失礼な言い方をすれば『人族由来の魂は半分しか無い』のだから、読み取りに支障が出てもおかしくないと言える。
「なるほど...ともかく人族の魔法使いに操作させなきゃダメってことか。ホムンクルスじゃ無いヤツに重要な役割を持たせるのは、エルスカインにとって出来るだけ避けたいコトだったろうな」
「でしょうね」
「エルスカインにとって人族は金や暴力で縛るしか無い相手だから、いつ裏切られても不思議じゃ無いって位置づけだろうしな?」
「ええ御兄様。きっとエルスカインにとっては、苦渋の選択って感じなのでしょうね!」
「だよなぁ。まぁ、だからこそせめてもの縛りにレスティーユ侯爵家の正規兵達にやらせたんだろうけどね」
と、自分でそう言いつつ大変なコトに思い至った。
大変と言っても俺にとってじゃなくて、ホムンクルス連中にとって大変なことって意味だけど・・・
ホムンクルスの製造に、既存の魔導装置と材料を使うことしか出来ないんだとすれば、いまエルスカインの配下としてホムンクルスになってる連中も、実は『永遠の命』どころか、ホムンクルスの原料が尽きるか製造装置の寿命が尽きるまでの命脈ってコトじゃないか!
『永遠の命』という謳い文句に騙されて『永遠の奴隷』にされる以前の問題として、いつか必ず使い捨てにされることが確定してるワケだな。
そしてエルスカインがそれを配下達に教えるはずは無い。
下っ端の魔法使いはもちろん、ホムンクルスになって数百年を生きながらえてきたルースランド共和国の傀儡王さえも行く末は同じだ。
ひょっとすると、首都『ソブリン』の離宮地下に安置されている予備の身体を使い切った時点で終わりなのかもしれない。
いま思えば、俺たちにエルスカインの秘密を語ってくれた、あの地下設備の老錬金術師は、実はとっくの昔にそれに気が付いていたような気がするな・・・




