エルスカインの限界
シンシアと俺の会話に耳を傾けていたパジェス先生は、腕組みして少し考え込んでから再び口を開いた。
「でもさシンシア君、『知識がある』のに、それを『応用できない』って言うのはなんとも不思議だねぇ」
「そうなんですけど先生、きっとそれは『人ならざるモノ』ならではの制約なのかと思うんです。と言ってもマリタンさんは自分で新しい魔法を生み出すことが出来ましたから、魔道具化された知能に固有の制約とは思えないですけれど」
「ふーん。だとしたらさ、エルスカインの制約は『魔法の応用』についてもそうじゃないかな?」
「先生、応用とは?」
「だってシンシア君、この魔道具を操作するために手下、つまり『生身の魔法使いが必要』だとしたら、エルスカイン自身ではコレを扱えないってコトかもしれないよね?」
「あ、それは有り得る話ですね、先生!」
もしもエルスカインが非常に高度な『魔道具の一種』と言える存在なのだとしたら、あらかじめ組み込まれた魔法以外を扱えなくても不思議じゃあ無い。
恐らくヤツに出来るのは、『人のように考えて周囲と会話する』ことと、『他の魔道具を操作する』ことだけなのだ。
そして『人のように考えられる』ことと、『魔法を扱えること』は別の話だからな・・・
知能の低い魔獣だって種族魔法は使えるけど、抜群に頭の良い人族だって魔法適性が低ければ魔法を扱えない。
「仮にだけど、エルスカインは魔道具を通じてしか魔法を扱えないとする。そしてもし、ある魔道具を起動したり操作したりするために、その場で操作者がなにか自分で魔法を使う必要があるとしたら、たぶんソレ自体は魔道具で代替できないコトで...つまり、エルスカイン自身には弄れないだろうって話かな? ま、ぜーんぶ僕の想像なんだけどね!」
パジェス先生がそこまで言った途端、魔道具に頭を突っ込むようにしていた伯父上が急に顔を上げて叫んだ。
「いや、さすがはパジェス殿ですな! 私もこれから議論したいと思っていたのですが、この魔道具には、外部から操作するための部品が何一つとして付いておらぬのですよ」
「伯父上、操作する部品が無いって言うのはどういう?」
「ライノ君、どこにでもある魔石ランプを例に考えてみると良いでしょうな」
「え、ランプを?」
「魔石ランプには、魔力を流して明かりを点けたり消したり、明るさを調整...つまり魔力の消費量を調整したりするツマミやレバーなんかが、何かしら付いてるものでしょう?」
「そりゃ確かに」
「この魔道具には、そういった役割を果たしそうな付加物がなにも無いのです。ライノ君が装置の稼働を止められなかったのも当然でしょう」
「となると操作は...」
「パジェス殿が仰る通り、操作者の魔力による指示で行っていた可能性が高いと思われますな!」
「声だけで動かす魔道具って可能性は無いんですか伯父上?」
「無いとは言い切れませんが、普通なら言葉を聞き取るための開口部というか耳というか...そういう音を扱うモノ特有の構造が付随しているモノなのですよ。それに言葉による指示で動く魔道具であっても、起動や調整のための仕掛けは付いておるものですからなぁ」
「なるほど」
「まぁ、この魔道具の場合は魔石の詰まった小樽をセットすることで起動する、ということも考えられますが、そもそも声だけで動くモノを『兵器』として使うのは危険が伴いそうですぞ?」
あー、それは確かにそうだな・・・
誰かが周囲で操作に関係する言葉を偶然叫んだら動いたり止まったりするとか、危なっかしくて仕方ない。
それに、いつ誰が死ぬか分からない戦場で、特定の人物の声だけに反応するとかもムリだろう。
だったら、これを操作指揮する魔法使いを現場に充てがう方が確実だ。
伯父上の領地ではレスティーユ侯爵家の兵士達を送り込んできていたけど、その中には梃子を動かしたり歯車を回すような作業や、使う場所に設置するための荷運び人夫ってだけで無く、操作要員としての魔法使いもいたのかもしれない。
しかし、あの場にいた兵士達の中にホムンクルスが混じっていた気配は無かったよな?
まぁ、咄嗟のことだったし絶対とは言い切れないけど、エルスカインは最初から口封じのために兵士達を使い捨てることを前提にして、ホムンクルスを派遣しなかった可能性が高いな。
「そして、これは私の想像ですが、古代文明の社会では魔導技術が凄まじく発展していたことから、コレに限らず多くの魔道具が操作者の魔法や言葉に従って動くことは勿論、場合によっては『思念を読み取って』動いていた可能性さえあると思えますぞ?」
「それはあったでしょうね伯父上。と言うか、実際にありましたよ」
「おお!」
「ねぇクライスさん、それは前に教えてくれた『概念通信』のことだよね?」
「ええパジェス先生。以前にお話ししたヴィオデボラ島での『バシュラール家当主との会話』は、直接、相手の頭に呼びかける概念通信ってモノでしたし、現にマリタンも精霊魔法の指通信と波長を合わせることで、言葉を発さずに、頭の中で俺たちと会話が出来ますからね。概念通信は精霊魔法とは違って『魔導技術』と呼べるものでしょう」
「ふむ...人の心を読み取る、そして直接頭に語りかける魔導技術の証左はある、という訳ですな。ならば、操作部品が全く無いことにも頷けますとも。そして、その場合は操作する人物は魔法使いである必要も無いことになりますぞ?」
「なるほど、もしも操作手順を頭に思い浮かべれば動くんだったら、実に便利だよねぇロワイエ卿!」
「人の心を読み取って動く魔道具ですか...そりゃ便利でしょうけど、ちょっと怖い気もしますね。それにヴィオデボラ島での体験も正直に言って、かなり不気味さを感じてましたよパジェス先生」
「それはムリもないか...だけど僕は、概念通信で指示を受け取るのは『心を読む』のとはチョット違うと思うんだ。むしろ『思念を受け取る』って感じじゃ無いかな?」
「おお、そこはパジェス殿の例えの方が的確でしょうな。そして、この魔道具が思念を受け取る仕掛けを持っているとしても、『人では無い』エルスカインの思念を受け取ることは出来ないと、そう考えることも出来ますぞ!」
「そうですねロワイエ卿。僕としては思念と魔力と、その両方が必要な可能性も高いと思いますよ」
「つまり安全装置、ですなパジェス殿?」
「ええ」
「伯父上、なんですかソレ?」
「どちらかだけなら誤動作する可能性があると言えるでしょう? 思念で動く便利さはそのままに、魔法が使えない者には動かせない仕組みである方が、より確実だと、そういうことですよ、ライノ君」
言われてみれば、声だけで動くのも思念だけで動くのも、誤動作の危険性なら大差ないもんな・・・
「でね、ここからが本題なんだよクライスさん。ここまでの話で想像が付くことは、この魔道具を作成したのはエルスカイン自身では無くて、古代文明時代の『魔法が扱える人物』が作成したものだってことさ!」
そう言うパジェス先生の顔には、少しだけ悪戯っぽい表情が浮かんでいる。
「そりゃ自分で扱えないモノを造るはず無いですもんね。って言うか、そもそも造れないのか...まぁとにかくエルスカインは、どっかからコレを引っ張ってきて使ってるんだと思いますよ」
「じゃあ誰かな?」
「コレの作り手ですか?」
「そうだけど、正確に言うとコレを必要とした人達...つまり当時の『勇者と敵対していた』のは誰だろうってコトだね」
「えぇっと...当時の『イークリプシャン』と呼ばれていた勢力側の誰かじゃないですかね? 北部の山脈ごと街を吹き飛ばしたり、アンスロープを生み出したりしてた連中ですから、勇者と戦うことになっても不思議は無いですよ」
「じゃあクライスさん、その『イークリプシャンとエルスカインの関係』はなんだと思う?」
「もちろん、イークリプシャンの人達がエルスカインって存在を作ったんでしょう。そういう意味では、この魔道具もエルスカインその物も『同じ出自』だって言えるのかも知れませんけど」
「つまり、どっちもイークリプシャンの置き土産ってワケだね。そしてイークリプシャンという人達は滅んだのに、エルスカインは現代まで存えて、自分の王国を造ろうとしてると」
「ええ」
「でも、それほど大きな野望を抱いて、そして実現できる強力な手段も色々と持ってるのに、その全部が『過去からの借り物』じゃないのかい? 新たに作ったモノなんて、一つとして無さそうだよクライスさん?」
そう言ったパジェス先生は、今度こそ本当にニヤリと笑った。




