朗報である理由
パジェス先生は、伯父上とマリタンが黙々と分解を続けている侵蝕魔法の魔道具にペタペタと手の平で触りながら話を続けた。
「中身を解析してきちんと調べてみないと詳しい原理は分からないけど、僕はなんとなく、精霊魔法が使えなくなる理由はそういうことじゃないかって思うよ。もっとも精霊魔法それ自体が、僕らのような一般人には触れることの出来ない世界だから、どこまで解析できるかは今なんとも言えないけどね」
魔法大国アルファニアの筆頭王宮魔道士を『一般人』とか言ったら、勇者以外は全ての人族が一般人になるよな?
まぁ精霊魔法に関してだけは間違っちゃいないケドさ。
俺のように庶民として生まれ育った者からしてみると、むしろ大貴族や大魔道士のような特権階級にいる人達の方が、自分を『普通』だとか『一般人と同じ』みたいに言いたがるように思える。
ここでそんなことに突っ込んでも何の意味も無いから黙ってるけど、そのあたりはシンシアや、その父親のジュリアス卿も似たような感じだったからな・・・
と、そのシンシアが不思議そうな顔でパジェス先生に異を唱えた。
「ですが先生、この魔道具が精霊魔法の効果範囲...いわば『場を反転』させているとして、それが『朗報』だと仰ったのは、どういった意味合いなのでしょう? 確かにエルスカインには精霊魔法自体は操れない、だから邪魔をするのが精々なのだとしても、邪魔されることさえ大きな脅威だと思うのです」
「ああ、そう思うのは無理もないし、朗報というのは少し大袈裟だったかな? ただ、僕がこれを『良い知らせ』だと思った理由はエルスカインの限界が分かったというコトの他にもあるんだよ」
「はい」
「まずね、シンシア君。コイツをこれまで出して来られなかった理由...ここも推測するしか無いけど魔石の消費が問題じゃ無いとすれば、素材か魔道具そのものかだ。で、この筐体はオリカルクム製だよねクライスさん?」
「そうですね。見えている金属部分は、ほぼオリカルクムだと思いますが...マリタンはどう思う?」
俺の知識で断言するのはちょっと憚られたので、黙々と分解調査を続けているマリタンに振ってみた。
それにしても、先ほどからマリタンと伯父上はほとんど言葉を交わすことも無く淡々と作業を続けているな。
いや正確に言うと、ロクに会話もしてないのにピッタリと息の合った阿吽の呼吸で分解を進めているワケで、いつの間にか二人の間で概念通話が出来るようになったのかとさえ思えるほどだ。
「ワタシも同意見よ兄者殿。小樽の金具とか一部にはティターンも使われてるけど、内部的にも強度の必要なパーツはおおよそオリカルクム、ね。疑似精霊の方は多分、凍結ガラスと似てる素材に思えるわ」
「ほら、やっぱりね!」
「いや、なんで嬉しそうなんですパジェス先生?」
「だって考えてみてよクライスさん。コレがオリカルクム製だって事は、古代に使われた品物を今もそのまま使ってるって事だよね? もしも今回、クライスさんの登場に合わせて新たに造ったのだとしたら、オリカルクムなんて使わないだろうと思うんだ」
「でしょうね。そりゃ貴重なオリカルクムの手持ち素材がどれだけあるかにもよりますけど」
「いや、多分オリカルクムの代わりに鋼鉄や魔銀みたいな普通の材料を組み合わせても、似たようなモノを造れるんじゃ無いかと思うんだよ。まぁサイズは少し大きくなってしまうかもしれないけど、どうせ転移門で持ち運ぶなら大した問題じゃ無いだろうし...」
なるほど。
確かにコイツのボディにオリカルクムの強度が必要な魔道具かって言われると、俺にもそうは思えない。
精霊魔法の反転とか逆転なんて、別に物理的な力を伴うようなモノじゃ無いし、伯父上の領地でも陣地に固定されてる状態で稼働してたからな。
まぁオリカルクムの塊を一刀両断できたのは、精霊魔法とアスワン謹製ガオケルムの能力だとしても、これが敵に・・・具体的には勇者に・・・ぶった切られる状況は想定しないだろう。
つまり普通には必要無く、実戦での運用にはムダな頑強さと言える。
「つまりねクライスさん。恐らくエルスカインはコレを再生産することが出来ないんだと思う」
「いやパジェス先生、その想定は理解できるんですけど、ちょっと楽観的じゃ有りませんか?」
「そうでもないよ。理由はオリカルクム鋼材の不足でも、疑似精霊の材料不足でもないと思う。勿論、設計図が失われたなんて話でもないだろうね」
「じゃあ...」
「恐らく僕が考えるにね、これが新たに作り出せない理由は、『エルスカイン自身が魔法使いじゃ無い』からなのさ!」
「え?」
「は?」
今回は俺とシンシアがハモって気の抜けた声を出した。
「いやパジェス先生、その想定はさすがに無理があるというか...エルスカインは転移門や支配の魔法を始めとして、いまでは失われた古代文明の魔法を駆使してるんですよ?」
「うん、確かに強力な『魔法の力』はふんだんに使ってるよね」
「はい?」
今度は俺とシンシアがハモることは無く、バカっぽい声を出した俺の直後にシンシアが快哉を叫ぶような声を上げた。
「あっ、魔道具っ! ぜんぶ魔道具なんですね先生!」
「そうさ! さすがシンシア君はすぐに理解したね。君たちから聞いた限り、エルスカインの魔法はすべて魔道具によって実現されていると思えるんだ。勿論、君たちが襲撃を受けた現場でダイレクトに使われた魔法もあるけど、それらは全てエルスカイン自身じゃ無くて、配下の魔法使い達によるものだろう?」
「おぉ...」
言われてみればそうだ。
転移門にしても、先に現地に来て魔法陣を描いてるのは全て手下たちだもんな!
ようやく俺も理解したぞ。
「ええ御兄様、北部大山脈やサラサスでの襲撃も、ソブリンの陰謀やヴィオデボラの一件も、すべて現地で動いたのは手下達で、ほとんどの魔法が魔道具経由で行使されたものです!」
「待てよ...逆に言うとエルスカインが現代魔法を自分の手で使った形跡が無いとも言えるよな? 俺たち向けて使われた魔法はどれも魔道具を介した古代魔法だ。現代魔法で攻撃されたコトってあったっけ?」
こっちも魔獣やならず者相手に魔法を使ったことは多々あったけど、魔法使いと魔法で撃ち合ったなんて経験は一度も無い。
俺は単純に『エルスカインが居場所から動けない』からだと考えて納得していたけれど、それ以前に『自身で魔法を扱えない』存在だったって可能性があるワケだ。
「そこは、私達とエルスカイン配下とで直接の対人戦がほとんど無かったという事情も絡んできますけど...エルダンの稚拙な罠だって古代魔法の解釈を間違えていたシロモノですし、配下の魔法使いがエルスカインから直々の教えを受けて自分で魔法を撃ってきたケースは、ほとんど無いように思えますね」
「なぁシンシア。マディアルグ王を尾行した先で出会った老錬金術師が、どうして自分がエルスカインの配下になったかを教えてくれただろ。あの時、彼はエルスカインが『人ならざるモノ』だと言ったよな」
「ええ」
「それを聞いて俺は、ヴィオデボラ島でドゥアルテ・バシュラール卿の『記録』と会話したことを思い出したんだけど、つまりエルスカインってヤツは人の類いじゃ無くて、乱暴に言えば『人の真似をして数千年を長らえている魔道具』だってことになる」
「そこは私も同じ考えです御兄様。あの老錬金術師は、『エルスカインは過去から引き継いだ魔導技術の範囲でしか魂を扱うことが出来ないのだろう』と言っていましたから。ですが、実際は魂を扱えないと言うよりも、魔法そのものを扱えなかったのだと思えます」
「そうだな。だから自分の代わりに人族の魔法使いや錬金術師を雇って仕事をさせてた訳だ」
「それに老錬金術師が、『エルスカインには新しい魔法や魔道具を生み出すことが出来ない』と言っていたのもそのためでしょう。ずば抜けて知能が高く、古代文明の知識や技術も豊富に持ち合わせているはずなのに、それを新たに作り直すことは出来ないんですよ!」
ひょっとしたら、この精霊魔法に対抗する魔道具を新たに造れないらしいことと、ホムンクルスの製造装置を新たに造れないことは同じ理由かもしれない。
造るための『材料が無い』と言えばそうなんだけど、言い替えればそれは、『別の材料』で作り直すことが出来ないってことなんだろう。
同じモノを同じ材料で作ることは出来るけど、作り替えることや改良することは出来ないと・・・
いやはや、それじゃあまるで、探究心が欠落した職人みたいじゃないか?




