反転魔法の使いみち
つくづくパルレアを連れてこなくて良かった。
そもそも、ちびっ子達に自意識とか思考とか目的とかは無いらしいから、仮に人造ちびっ子が本物そっくりに造られていたとしても、硝子ケースに入れられて苦しんだりはしてないと思う。
それでも、『人形』が酷い扱いを受けているのを見れば、作り物だと分かっていても心を痛めるのが人族ってモノだからね。
太古に人族の意識や思考を模倣したと言う大精霊だって、そういう感受性は人族と似たようなモノじゃ無いだろうか?
だから、もしもパルレアやアスワンがこの光景を見たら、精霊を人工的に造り出そうとしたという人族の行為と、それを道具か魔石のような消耗品として硝子ケースに詰め込んだことに、強い嫌悪感を感じていただろうと思える。
それはともかく、自分の意図とは逆方向に魔法が働いてしまうってのは、かなり怖い状況だな。
温めようとした鍋が凍る程度なら笑えるけど、これが戦闘中だったら、自分の放った魔法で味方や自分自身が傷ついてしまうことにもなりかねない。
敵に使われたら負けは必至だろう・・・
いやいや待てよ。
伯父上の屋敷でそんなことには成らなかったぞ?
単に防護結界や転移門といった精霊魔法の力が弱まっただけだったし、それもいきなり魔法が消えるんじゃなくて、徐々に侵蝕されていった感じだ。
だから危機を感じる状況ではあったけど、絶体絶命とまでは思わなかった。
「ですが先生、御兄様は結界が弱まってきたことで、敵に攻撃されていることに気が付いたんです。もし精霊魔法を『反転』させたのであれば侵蝕のような現象ではなく、逆に防護結界が自分を攻撃してくるとか、そういった状態になったのではないでしょうか?」
さすがはシンシア、そこの矛盾に即座に気が付いたようだ。
もしも、あの場で突然、精霊魔法が反転して俺たちに襲いかかってきていたら、俺もマリタンも今ここに立ってはいないだろう。
「そうだよなシンシア。あれは魔法を裏返されたってんじゃ無くて、単に弱められた感じだったよ」
「ですよね御兄様。だから反転というのは腑に落ちないんです、先生」
「うんうん、もし精霊魔法その物を反転させられたらシンシア君の言うような状態になってただろうけどね。でもそうじゃなかった。この魔道具...高純度魔石をバカ喰いする古代の魔道具に出来ることは、そういう反転魔法じゃ無いワケだ。それはつまり...」
「つまり?」
「エルスカインには精霊魔法その物を操ることが出来ないってコトだと思えるね。連中に出来るのは、ただ精霊魔法の『邪魔をする』ことだけなのさ」
確かにあの侵蝕は『攻撃された』と言うよりも『邪魔された』って言う方がしっくりくる感じではある。
それでも十分に恐ろしいことだけど・・・
「先ほどの話ですね先生。つまり、相手より能力が劣っていても、邪魔をする事くらいは出来る、と」
「そういうことさシンシア君」
「俺にもパジェス先生の言わんとすることは分かりますよ。普通の人同士の諍いだって劣っている側は、相手に勝つことが出来ない代わりに、邪魔をし続けることで目的を達成しようとしますからね」
俺がそう言うと、パジェス先生は俺の目を見てニヤリと微笑んだ。
あくまでも一般論であって、個人的な体験談を話したつもりは無かったんだけど、パジェス先生は、『それで迷惑を被った記憶がある』と俺が言ったように受け止めたらしい。
まぁイイケドさ。
「アハッ、そう言うと醜い話に聞こえるけど、僕に言わせれば『戦術』って言うのは元来そういうモノだからね」
「戦術ですか?」
「個人の諍いなら悔しいとか、憎いとか、そういうドロドロした感情で他人の邪魔をしたりもするだろうけど、これが戦争なら純粋に戦術だよクライスさん。だってさ、普通に戦って勝てない相手に、真正面から戦争を挑む王様は『愚か者』だって思うでしょう?」
「そりゃ確かに。まぁ多勢に無勢でも突っ込んで行くのは男としてはカッコいいと思ったりしちゃいますけど、考えてみれば、道連れにされる兵士や、その家族は堪ったもんじゃないですよね」
「だから、よほど追い詰められてイチかバチかって状況で無ければ、チマチマと嫌がらせするとか、コソコソ邪魔をするって言うのも、国対国の争いなら立派な戦術ってことさ」
「ちょっと表現がヒドイですけど、まぁ」
「で、エルスカインは過去にそう言う戦術をとっていた。そして今回もギリギリになってソレを持ちだしてきたワケだ」
「まあ、コソコソと言うにはかなり大規模な攻撃だった気はしますけど...それはともかく、正直こんなタイミングでエルスカインの切り札が出てくるとは予想外でしたよ」
「そうだよね。だからコレは良い知らせなんだよ、クライスさん」
「は?」
「どうしてですか先生?」
先ほどと同じく俺は面くらい、シンシアは素直に疑問を口にした。
パジェス先生のことだから、ちゃんとした考えがあって口にしてることだと分かってるけど、それでも俺には理由が掴めない。
「だってクライスさん、シンシア君。この魔道具の存在は、『精霊魔法と正面から闘っても勝てなかった』と、エルスカインが白状してるようなモノだとは思えないかい?」
「お?...おぉぉ...!」
なるほど、そういう見方も出来るのか。
俺は精霊魔法という、普通の人族やエルスカインには扱うことが出来ない『唯一無二の武器』を無効化されると言う予想外の状況に直面したことで、内心ではかなり焦ってたんだけど・・・
裏を返せばエルスカインも、そういう搦め手を使わなければ精霊魔法の使い手、恐らくは太古の勇者と真正面から戦えなかったと言えるのだ。
「しかも、本当にギリギリになるまで持ち出してこなかったよね? 勇者が邪魔なら早い段階で...クライスさんとシンシア君が経験を積んで力を付ける前に、サッサと使って排除すれば良かったのに、そうしなかったのは何故だろう?」
「そうしたくても、出来なかったから?」
「僕もそうだと思うよクライスさん。ま、使えなかった理由が何かは想像するしか無いけどね」
「えっと、魔石ではありませんよね御兄様?」
「違うだろうな。飛翔兵器や大結界の起動に必要な魔石は桁が違う。この程度の量を惜しんでる状態じゃあ、そもそも結界を起動できないよ」
「では、やはり疑似精霊...人造ちびっ子の方でしょうね。必要な量の疑似精霊を造るのに時間が掛かったとか、そもそも素材が足りなかったとか? ひょっとしたら、この魔道具自体が最近ヴィオデボラで発掘したものだとか?」
「可能性は色々あると思うけど、それがパジェス先生の言う『朗報』に結びつきそうな話は思い浮かばないな」
「そうですね...」
「難しい話じゃ無いよクライスさん。僕が朗報だと思ったのは、さっき言った『反転』のコトだからね」
「魔法を邪魔する反転ですか?」
「うん。さっきシンシア君は『魔法の働く方向が逆になる』のか、それとも『魔法の効果が逆転する』のかって聞いてきたけど、実は三つ目の反転作用があって、この魔道具はソレを実現してるんだと思う。恐らくこの魔道具は、疑似精霊が生み出す『精霊魔法の場』そのものを反転させてるんだよ」
「場を反転?」
「そうなんだ。クライスさんは精霊魔法が周囲の...と言っても現実世界じゃないんだろうけど、そこら中にいる精霊の力を魔法の発動に利用してるって言ってたよね?」
「基本的にはそうですね。ただ、『周囲』と言っても、目に見える範囲とか建物の中とか、そういう狭い範囲じゃ無いんで、これまでにちびっ子が周りにいないから魔法が発動できなかったって言う経験はありませんが」
「でも、精霊の力を取り込んで魔法にするからこそ精霊魔法なワケでしょ? 場所がどこであろうと、その力が取り込めなくなったら精霊魔法が使えなくなっても可笑しくないんじゃないかな?」
「あ、確かにそうですね!」
「推測に過ぎないけど、恐らくこの魔道具は精霊の力を逆転させて、周囲から散らしてしまうんだと思う」
「散らす...」
「例えば、仮に精霊の力同士はお互いに引き付け合って水のように溶け合うモノだとしたら、この魔道具が生み出した疑似精霊の力は『水』に対して『油』のように振る舞うとか、ね?」
おお、いまのパジェス先生の説明で腑に落ちた。
そして直感的に、恐らくパジェス先生の推測は正しいと思える。
言葉通りなら、エルスカインはこの『人造ちびっこ』達と高純度魔石を使って精霊魔法に似た力を生み出し、更にそれを『反転』させて、周辺に存在する精霊たちの力を弾き返してるってことだな?




