驚愕の仕掛け
どうやって実現しているのかは分からないけど、『その場に精霊がいられなくする』とか、『現世と精霊界を切り離す』ことで精霊魔法を封じるというのは有り得そうに思う。
伯父上の屋敷でも、ある瞬間に精霊魔法が一切使えなくなるというのではなく、徐々に結界が侵蝕されていったのは、そういう力が徐々に強まっていった結果だと考えれば辻褄も合うよな。
なんてこった・・・
あの時、パルレアを伯父上の屋敷に来させなくて本当に良かったと、俺は改めて安堵の息をついた。
それに今回も留守番させてて正解だったな。
半分が大精霊で、半分が人族の魂で出来てるパルレアのことだから平気だったかもしれないけど、例えそうでも途轍もなく不快な思いをさせていた可能性は高い。
ともかく精霊魔法を妨害する影響が周囲からキレイに消え去ったことを見届けてから、俺たちは地上に降りて魔道具の分解調査を続行することにした。
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「なぁシンシア、ここなら、俺が真っ二つに切って収納した方のヤツを革袋から出しても平気だと思うか?」
もう壊れてるモノなら、どんなに乱暴に扱っても心置きなく分解できるだろうから、伯父上とパジェス先生の理解の助けになるんじゃ無いだろうか?
パジェス先生の屋敷じゃ何が起きるか怖くて出せなかったけど、この荒野なら、離れた場所に行ってポイッと放り出せば、あまり危険を冒さずに観察できそうな気もする・・・
「壊れた状態で外に出すと暴走するとか爆発するとか、不測の事態が起きるかもしれないと仰ってましたよね?」
「可能性だけどな」
「確かにここなら少々の事が起きても周囲への影響はないと思いますけれど、出した瞬間に、御兄様ご自身に危険が及ぶリスクは同じではありませんか?」
「ソレはまぁ、な」
「ですから、この正常な方を分解調査して中身や動作を完全に把握するまでは、壊れている方を取り出すことには断固反対です! なんでしたら、壊れてる二つは永久封印です!」
伯父上とパジェス先生とマリタンが、炉の本体とフイゴが接続された部分の分解を始めて、少し手が空いた様子のシンシアに俺の考えたことを聞いてみると、思いのほか強い調子で否定の言葉が戻って来た。
「まぁ、こっちを調べて色々分かるんだったら、あえて危険を冒す必要も無いか...」
「です!」
「分かったシンシア、壊した方の二つは革袋の中で氷漬けにしとくよ」
「絶対にそうして下さい!」
俺はシンシアの言葉を素直に聞いて、残骸になってるヤツの事は忘れることにした。
しかし『永久封印』というのは大袈裟としても、俺の革袋の中には『後で使うだろう、まだ必要だろう』と、入れっぱなしになっているモノが相当に増えてきた気がする。
コレもその仲間入りか・・・
馬車と魔馬達みたいな大物はともかく、小道具類とか調理済み食品とか、出来ることなら一度全部出して整理したい。
「クライスさん、ちょっとコレを見て貰えるかな?」
分解調査に関しては一人だけ完全に手持ち無沙汰な俺が、どうでもいい物思いに耽っていると、不意にパジェス先生から声を掛けられた。
なぜにシンシアじゃ無くて俺?
俺には、魔道具を見て分かるコトなんて無いに等しいぞ?
「なんですかパジェス先生?」
「コレの中身って、クライスさんはなんだと思う? まさかフルーツじゃ有るまいしねぇ...」
パジェス先生は、分解が進んでいる炉の本体の一部を指差した。
外側のカバーが取り外されて、内部にあった硝子ケースのような物体が、マリタンの銀の枝に掴まれて慎重に引き出されつつある。
パジェス先生が『フルーツじゃ有るまいし』と言った硝子ケースの中身は・・・
なんだコレ?
そこには、とても武器の一部とは思えない、色とりどりで丸っこい塊がギッシリと詰まっていた。
一個一個のサイズは同じくらいで手の平に載る程度。
カラフルさと大きさからすれば確かに『果物』というのが一番イメージに近いんだけど、こんなに色とりどりな果物は無いだろう。
そもそも、武器とか魔道具に果物を詰め込む理由がないよな?
じゃあ燃料?
それは、魔石の方だよなぁ。
果物じゃ無いとしたら、カラフルで丸っこくて見た目が柔らかそうで、まるで精霊の『ちびっ子』達が詰め込まれてるみたいだ・・・
ん?
いやウソだろ?!
いやいやいや、待て俺。
コレがちびっ子たちで有るはずは無い。
なにより、俺はいま精霊の目で見ている訳じゃ無いのだ。
このカラフルな何かは現世に物質として存在しているモノで、その証拠にパジェス先生達にもハッキリと見えている。
「まさか、ちびっ子達じゃないですよね! 御兄様?」
シンシアも俺と同じ事を考えたらしい。
「みんなにも見えてるんだから違うだろうけど、じゃあ何だ?って聞かれても答えられないな。それに雰囲気って言うか感じ取れるモノは、確かにちびっ子っぽい。でもコレは物体だよ」
「そうですね...ちびっ子達なら...精霊だったらケースの中に収まってるはずがありません。元々、その場所に存在していないのと同じなのですから、普通の人々には見ることも触れることも叶わないはずです」
「ねぇクライスさん、そのちびっ子達って、どういうモノなんだい?」
以前、精霊魔法についてパルレアがパジェス先生に説明した時、ちびっ子達は大精霊と違って知恵や知識が有る訳でも無く、あえて言うなら『精霊の元』とか『精霊の種』のような、野生というか天然の存在だと言う説明をしていたことはあった。
もっとも、パルレアの説明も大概フワッとしてるから、あの説明でパジェス先生が腑に落ちていたかは甚だ怪しい。
俺は改めて伯父上とパジェス先生に、俺たちが『ちびっ子』と呼んでいる、存在感の小さな精霊たちのことを語って聞かせた。
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「うーん...これは当てずっぽうに近い推測なんだけど...クライスさんとシンシア君の説明から考えるとね、このフルーツの正体は、『ちびっ子のようなもの』だと思えるね」
「でも先生、ちびっ子はこの世のモノじゃあ無いんですよ?」
「ああシンシア君。だから僕は『ちびっ子のようなもの』って言ったのさ。ちびっ子そのものじゃなくてね」
「どういう...」
「コレは一言で言うとさ、『人工的に生み出されたちびっ子的な存在』じゃないのかな?」
「は?」
「えぇっっっ!」
俺は意味が良く分からずに面食らい、シンシアは驚愕の声を上げる。
「もちろん根拠はないよ。でも古代の世界戦争の時代にエルスカインが精霊魔法への対処を編み出していたんだとすれば、それは精霊魔法の仕組みを理解していたってことだからね?」
「だとすれば先生、まさか古代に大精霊がエルスカインに手を貸したとでも?」
「きっとそうじゃないな。人族の魔法だって同じで、自分では複雑で高度な魔法を操れない魔法使いでも、他者が大魔法を発動することを邪魔するだけなら出来るんだよ。そうだろう?」
「えぇまあ、確かに」
「エルスカインはなんらかの方法で、大精霊や勇者だけが使える特殊な魔法体系が精霊たちの存在と関連していることを知覚して、それを妨害する方法を編み出したのさ」
「だとするとコレは...」
「多分、そのためにこのカラフルなフルーツを創造したんじゃ無いかな?...と言っても『人工精霊』っていうのは大袈裟すぎるし実態に見合ってない気がするから、『疑似精霊』って表現のほうが適切かもね」
なるほど、『疑似精霊』と。
古代の魔導技術力で精霊的な力を纏わせた物質を生み出したのか・・・
それを使ってどうにかこうにかすれば、精霊魔法の力を阻害することが出来るってワケだ。
いや疑似でもスゴいんだけどさ。
「これも推測だけどねシンシア君、恐らくこの魔道具本体の最大の能力は『反転魔法』の一種だと思う」
「反転魔法、ですか先生?」
「うん、魔法が生み出す『力』と言うか『効果』を、まるっきり逆にしてしまう特殊な魔法だよ。今の時代の魔法では万能と呼べるものは無いけれど、古代の魔導技術には存在したと推測されてるんだ」
「逆と言うのは魔法の働く向きの話でしょうか? 相手に撥ね返すような?」
「いやシンシア君...例えばそうだねぇ...なにかに熱を加えれば熱くなって燃え出すんだけど、逆に熱を奪えば冷えていって最後は凍っちゃうかもでしょ? だから、炎の魔法に対して反転魔法を掛ければ氷の魔法として働いちゃう。そういう感じかな」
あれ?
いまのパジェス先生の説明を聞いて、パルミュナから火魔法ならぬ熱魔法を教わってた時のことを思い出したぞ。
熱を与えれば熱くなり、逆に熱を奪えば冷たくなるって・・・まるっきり同じ話だよなコレ?




