誰が魔道具を調べるか?
例えば、熟練の弓兵ってのは一朝一夕に育てられるものじゃ無い。
それが弩の登場で、掻き集められた農民兵でも誰でも、威力のある矢を放てるようになったのは事実だし、長年の習熟が必要な弓矢に対して、技術の発達で扱いが簡単になった道具の一例と言える。
そう言えば寄せ集めだったシャッセル兵団でも、馬上で扱える新式クロスボウの訓練とかしてたよなぁ・・・
だからと言って、この魔道具が『高度な技術で造られてるから誰でも扱える』って事になるのかは、正直言って微妙だろうと思うけど。
「あのねクライスさん、僕が言う『扱いが簡単』って意味はね、要するに『慣れ』とか『勘』が必要無いってコトなのさ」
「慣れや勘ですか?」
「うん、武器に限らず扱いの難しい道具っていうのは、扱いを身に着けていく中で言葉に出来ないコトが沢山あるでしょ? 複雑な魔法やクライスさんの剣技だって同じで、無理に言葉で説明しようとしても『グッと構えて、パッと引いて、スッと出す』みたいな感じになっちゃう」
いかにも訝しんでる表情が俺の顔に浮かんでいたのか、パジェス先生がにこやかに意味を解きほぐしてくれた。
「あー、確かに感覚的なモノって言うか、身体の動かし方は身体で覚えるしか無いですね」
「そうそう。感覚って言うのかな? 動かし方を『知る』だけじゃダメで、『会得する』とか言われる類いのコトだよ。そう言う体験が必要かどうかで、習得に必要な時間は大幅に変わるでしょ?」
「ええ」
「恐らく世界戦争時代のように十分に技術が発達していれば、複雑な道具でも、動かし方を『言葉で説明できる』モノが多かったと思うんだよ。そうで無いと『誰にでも扱える』ようにならない。上手い下手はともかくね」
扱える人が多いということは、それだけ使用者を増やせるってコトだ。
これが普通の道具なら、大勢の相手に『売れる』ことを期待できるって話だけど、武器だったら即座に『兵力』の差になる。
あちらこちらで戦争ばかりしていた時代に、誰でも扱える武器を用意できるかどうかは死活問題だったろう。
「ま、そうは言っても『勇者相手に闘う』ことが一般的だったとは、とても思えないけど」
「一般的だったらビックリですよ。勇者に力を渡した大精霊は、その分だけ自分の力を失うんです。もしも勇者が大勢いたとすれば、当時は大精霊がどんだけいたんだって話になりますからね」
「そうだね。だからこの魔道具は凄く特別なモノだと思う。でも、こういう道具作りの方針ってのは、その国の文化や思想みたいなものだからね、少しばかり特殊な道具や武器だとしても、本質は変わらないと思うのさ」
「なるほど」
「と言うワケでクライスさん、この魔道具の分解調査は僕とロワイエ卿に任せて欲しい。それに...」
そこまで喋ったパジェス先生は、ちょっと言葉を溜めてから改めて俺の顔を真っ直ぐに見てきた。
「ここまでの説明は、『僕らにも調べることが出来る』よって理由。で、これから言うことは『僕らが調べた方がいい理由』だよ」
「と言うと?」
「本当に万が一だけど、もしものことがあった場合にクライスさんとシンシア君を失う訳にはいかないんだよ。それは分かってるよね?」
あー、痛いところを突かれたな・・・
俺やシンシアの心情がどうであれ、理屈ではパジェス先生の言うことが絶対的に正しい。
仮に魔道具の調査で俺やシンシアがダメージを負ったとしたら、その時点ではパジェス先生や伯父上に迷惑を掛けなくて済んだとしても、後が無い。
俺とシンシアとマリタンの三人で『獅子の咆哮』をどうにか出来なかったら、大結界が起動し、ラファレリアは滅び、結局みんな死ぬだろう。
「まぁそうですね...それを言われるとグゥの音も出ません」
「ですが御兄様...」
「シンシア、そりゃ俺だって気持ちとしては伯父上やパジェス先生を巻き込みたくないよ? でも、この屋敷を根城にさせて貰ってる時点で、とっくの昔に巻き込んじゃってるんだ。それにココへ陽動が掛かったって事は、浮遊兵器が動き出すのも近いだろう」
「そうですけど」
「大結界を止めるための最善策を尽くそうシンシア。ここはお二人の力を借りるべきだと思う」
「...はい、分かりました御兄様。先生、伯父様、本当にすみません。よろしくお願いします」
「そんな大袈裟な物言いはしなくていいよシンシア君。どっちかと言うと僕はワクワクしてるんだからね?」
「全くですぞシンシア殿! なにしろ古代文明の魔道具を調べられる機会なんて滅多にない事ですからな!」
いかにも楽しそうな口ぶりのパジェス先生の言葉に伯父上も破顔する。
二人ともシンシアを気遣ってくれて本当に有り難い。
「で、クライスさん。コイツの分解調査は、さっき言ってた荒野に持って行ってやればいいのかな?」
「ここじゃあ咄嗟の行動も取りにくいですから」
「そりゃあ、ワイバーンに乗って空から見張るってのもラファレリアじゃやりにくいよね。それに、何をやってるのかを連中に覚られたくないし」
「ええ」
「先生、さっき話した荒野には転移門がありますから、みんなでそこに跳びましょう。この屋敷を見張ってる者がいたとしても...きっといるでしょうけど、屋内から転移すれば、私達の行動は分からないはずです」
「うん、了解だよシンシア君。さっそく必要な道具を揃えて荒野に向かおうじゃ無いか!」
パジェス先生の、いかにも楽しんでるって表情は・・・うん、演技じゃ無くって本気だな。
++++++++++
早速シンシアの張っておいた転移門で件の場所に跳んだ俺たち四人は、本当に人っ子一人いない荒野に佇んでいた。
精霊魔法の侵蝕が暴走した場合を考慮して、パルレアとアプレイスはオレリア嬢と一緒に屋敷で待機だ。
念のために少し空を飛んで周囲を見回してみたけど、人家や田畑どころか、細い道さえ通ってない。
ひたすら、だだっ広い荒野だ。
かなり平坦な土地なのに森林さえ無い。
「シンシア、ここに転移した時の感じからして、そんなにアルファニアから離れてないよな?」
「と言うか、ギリギリでアルファニアの国内ですよ」
「え、そうなの?」
「はい御兄様。ルリオンからラファレリアまでの行程で、アルファニアに入ってすぐのあたりですね。シエラに乗って飛んでる時には高い山を避けてましたから、少しクロリア王国寄りですけど」
「へぇー、アルファニアみたいな古い国でも、まだ未開の荒野が残ってたりするもんなんだな!」
「クライスさん、どこの国だって未開地くらいは残ってるよ。ここは土地の様子からして水源が無いのが理由だろうね」
「水かぁ...」
「乾燥に強い草だけは生えてるけど、地面が剥き出しの箇所も多いもの。近くに山も川も無くて、作物が作れないほど雨が少ない土地は、どうにも利用する方法がないからね」
「いつか、御兄様が仰っていたような灌漑の魔法が完成したら、ここも穀倉地帯に変わるかも知れませんよ?」
「アレは実現不可能だろ」
「天然の魔力だけでなんとかなればいいんですけどね...」
シンシアが魔道具解析の準備をしつつ、急に古い話を持ち出してきた。
「え、なになにクライスさん? 魔法で灌漑するってどういうコト? 大規模な水魔法?」
「いやパジェス先生、魔法というか魔道具というか、水の無い場所と余ってる場所を転移門で繋いで水を送るって話です。消費する魔力を考えると割に合わないんですけどね」
「実に贅沢な発想だけど、そりゃあ面白いね!」
シンシアが再現したバシュラール家の『転移門中継装置』・・・フェリクス王子の部屋と繋がっていた魔獣基地を海底と繋いで水浸しにしたアレだ・・・それこそ古代文明のように高純度魔石を湯水の如く使える状況じゃ無いと、とてもじゃないけど、あんなものを農園の設備には出来ないだろう。
「でも水を送り込む代わりに、高純度魔石を毎日ゴクゴク呑み込んでいくんですから現実的じゃないですよ。いまの価値基準で言えば、屋敷を売って土地を畑にするようなもんでしょう」
「なるほどねぇ...そんな転移門を誰でも使ってたってだけで、古代文明がとんでもないものだって思うよ。それに戦争を繰り返して滅びた理由もなんとなくね」
さっきまでの愉快そうな表情から、ちょっと神妙な顔に変わったパジェス先生と伯父上が見守る中で、俺は思い切って革袋に手を突っ込んで侵蝕魔法の魔道具を引っ張り出した。
さてと、ここから先は後に引けない出たとこ勝負だな!




