分解と調査の方法?
「ねぇ兄者殿、ちょっといいかしら?」
「ん、なんだいマリタン?」
「お二人ともワタシの存在を忘れてないかしら? ワタシがシンシア様の指示通りに『銀の枝』を使って内部を調べたり分解していけば済むことだと思うのよ、ね。どうかしら?」
「いやでもそれじゃあ、もしもの時にマリタンが危険だろ」
「もしもの時? 絶対に大丈夫だったのでは御兄様?」
「シンシアぁぁ...」
「三本目だーっ!」
「パルレア、数えなくていいからな?」
「ねぇ兄者殿、ワタシ自身は結界の外側にいて、内側に向けて銀の枝を伸ばすだけよ? もしもの時には『銀の枝』の素材を大量に失うでしょうけど、それだけのことだわ、ね?」
「あ、言われてみればそうか!」
「それなら危険は最低限に抑えられるでしょ? もっとも、魔道具自体が暴走し始めるようなことが起きちゃったら防護結界も持たなくなるでしょうから、その時は全員で一蓮托生、ね」
「そうだな...」
「そうなった場合は仕方ないですよね。安全のために、どこか人気の無い荒野に行って分解しましょう」
先ほど思い浮かべた、『ひょっとしたら南部大森林の土地を溶岩で覆い尽くした切っ掛けは、当時の勇者の行いだったんじゃ無いか?』って言う想像が頭を過る。
「荒野って、シンシアがルリオンからラファレリアに向かう途中で、イロイロと実験してた場所とかか?」
「そうです」
「だったらすでに転移門がある訳だし、周囲に迷惑掛けないのは大切だからな。暴走した場合の破滅の規模が分からないってのがネックだけど、それはどこでやっても同じ事か」
「ええ、それに荒野であれば、もしもの時はシエラに乗って逃げることも出来ますから。シエラの飛翔もブレスも種族固有魔法ですから、仮に精霊魔法が影響を受けても関係ありません」
「そっか。考えてみれば、さっきシンシアとシエラに援護に来て貰えたのも、だからこそ、だよな」
「私とマリタンさんはシエラの上に待機したままで、銀の枝を伸ばして貰って分解調査してみましょう。イザという時は躊躇せずに飛び上がれば大丈夫だと思いますから」
「まあ、その大丈夫は俺がさっき言った大丈夫とあんまり変わらない気もするけど...よし分かった。ともかく三人でシンシアの知ってる荒野に行こう」
「いえ、御兄様はここで待機して頂いておいた方が良いかと。それこそ、万が一の時に三人揃ってダメージを負ってしまったら最悪ですから」
「いや、精霊の防護魔法と、万が一のための人族魔法の防護結界と、両方を張っておきたいんだ。そのためには俺とシンシアが二人で息を合わせなきゃダメだろ。それにパルレアもアプレイスも人族魔法は扱えないし、メダルの防護結界じゃぁ内向きに張れないからな」
「まぁメダルの場合、結局は精霊魔法に頼ることになりますしね」
「そういうことだ」
「ねぇねぇシンシア君?」
「はい先生?」
それまで黙って謎の魔道具を眺めていたパジェス先生が、不意に口を開いた。
「もしもシンシア君やクライスさんが、この魔道具を調査するのに失敗して周囲があらかた吹き飛ぶようなことが起きたとするよ。万が一だけど、まぁ仮にね...その場合に、『精霊魔法の防護結界』がどこまで持ちこたえてくれるかは予測不能だよね?」
「えぇまあ」
「なんなら、精霊魔法を侵蝕しながら暴走するかもしれない。で、人族魔法の防護結界も二重に掛けておきたい、というワケだよね」
「です」
「僕は、みんなが難しく考え過ぎてるような気がするよ?」
「そうでしょうか、先生?」
「だって、『この壊れかけの魔道具を下手に弄ったらどうなるか分からない』っていうのが一番の問題でしょ? だったら壊れてない方のヤツを調べる方が良いんじゃないかな?」
理屈としてはそうかも知れない。
そうかも知れないけど問題は、俺たちが侵蝕魔法装置の『止め方』を知らないってコトだ。
壊れてないとしても、暴走しないという保証はないからな。
「あー、パジェス先生。それはそうなんですけど、ソッチは『壊れてない』っていうよりも『まだ稼働中』って状態のままで俺の革袋に放り込んだんです。つまり、どこだろうと、外に出した途端に精霊魔法を侵蝕する術式が動いちゃうワケですよ」
「うんうん、その話はさっき聞いたし、クライスさんがシンシア君を絶対に危ない目に遭わせたくないって気持ちは分かってるよ。でも、マリタンさんの話だと普通の魔法に対する影響は無かったと言っていいよね?」
「ええ先生。ワタシは影響を受けなかったと思いますわ」
「でもまぁ、クライスさんの革袋は精霊魔法で動いてる訳だから、入れる時は咄嗟だったから大丈夫でも、出したまま置いとくとマズいかもしれない、と」
「ですね」
「そして出し入れはクライスさんにしか出来ない、と」
「です」
「僕は、それでも出すしか無いと思うよクライスさん。だって、敵が『秘密兵器』を繰り出してきたワケでしょ? 解析できなかったら同じ攻撃を食らうかもしれないし、次はレスティーユ候だって、もっと上手くやろうと頭を捻るだろうさ。このまま革袋に入れておいても宝の持ち腐れじゃないかな?」
「まあ、そう言われたらそうなんですけど...」
「それでね、クライスさん、シンシア君。ここに魔法の大家と魔道具の大家が並んでるんだけど?」
「あ...ですが!」
「王宮筆頭魔道士を甘く見ないで欲しいな。それにロワイエ卿は紛うことなき魔道具と錬金術の大家だ。コイツの調査と分析は、僕らが二人でやればいいと思うんだよね?」
「えぇ...」
「いやはやまったく! パジェス殿の仰る通りですな! 我らで徹底的に調べましょうぞ」
パジェス先生の提案に破顔した伯父上も勢いよく乗っかってきた。
なんで、そんなに楽しそうなんだ伯父上?
「さすがにそれは危険過ぎますって!」
「あれ? さっきクライスさんは『絶対に大丈夫』だって言ったような」
「それは言葉のアヤですよぉ」
「ゴメン、ゴメン。虐めるつもりは無かったけど、まぁ正直に言って僕もそれほど危険だとは思ってないんだ」
「なぜです?」
「それはねクライスさん、これが恐らく『兵器』だからさ」
「はい?」
いやいや、『兵器だからこそ危険なのでは?』と思ったけど、パジェス先生がすぐに言葉を続けようとしているのが分かったから、慌てて俺は口を噤んだ。
「兵器っていうのは極限状態の戦場で動かすモノだよ。みんな生き延びることに必死で、細かなことに気を配ってる余裕なんて無い人の方が多い。まぁ指揮官はそれじゃダメだけど、現場の兵士達っていうのは疲弊してるし慌ててるし苛立ってもいる...戦場で使う兵器っていうのは、そういう連中にも扱えるように造ってるモノなんだよ」
うーん、そうかな・・・
戦争の時は、逆に間抜けな味方の弓矢で死んだり大怪我する兵士も後を絶たなかったと聞いたことがあるし、攻城用の大型弩や投石器くらいになると扱いに相当な訓練が必要だろう。
それでも、もしもコレが扱いのややこしいものだったり、習熟というか練度を必要とするモノだったら、いきなり伯父上の領地に持ち出して、レスティーユ家の正規兵に扱わせるなんて出来なかっただろうとは思う。
それにエルスカインの秘密保持に対する姿勢から言って、以前から何度も兵士達に触らせて訓練することが出来たとは思えない。
「そうでないと、強力な兵器であるほど、逆にウッカリで味方に致命的な損害を与えかねないでしょ?」
「そこのトコロは、確かにそうですね」
「この魔道具はつい最近まで秘匿されてた訳だろうし、そもそも精霊魔法対策なんて、どこで誰を相手に、どう訓練するって言うのさ? そう考えるとコレは弓矢や軍馬よりも扱いの簡単なモノのはずだって思うんだよね」
さすがパジェス先生は、そこら辺も考慮した上での発言か。
そりゃあ王宮魔道士の筆頭だもんな。
アルファニアだって常備軍を置いてある以上は定期的に訓練を行うだろうし、王宮魔道士として大規模な戦闘訓練に立ち会った経験の方が、俺の聞き囓りよりも実情に近いはずだ。
「だから、コレが今までクライスさんの前に出て来なかった理由は、扱いの難しさでは無いんじゃないかな? 使わなかった、いや、使えなかった理由は他にあると思うし、それを知るには中身を調べてみるしか無いよ」
そう言ってパジェス先生は、少し面白そうな顔をして見せた。




