精霊魔法対策がある理由
コンスタン卿は、魔道具を回収出来なかった時点で『作戦が失敗した』と察したはずだけど、しばらくすれば状況を確認するために派遣された地上部隊がココにやって来ておかしくないだろう。
とりあえず転移門経由で敵の追撃が無いとしても、俺たちがここに長居する理由は無い。
「ともかくパジェス先生の屋敷に戻ろうシンシア。王都での動きが陽動だとしても、すぐに次の手が来ないとは限らないからね」
「はい御兄様。それと、念のためにルリオンのエスメトリスさんにも手紙箱で状況を知らせています」
「おぅ有り難う!」
「この攻撃が様子見や小手調べだとしても、こうなったら、いつ『獅子の咆哮』が動き出すか予断を許さないですよね...」
「そうだな。間違っても焦って攻撃しないように、エスメトリスに釘を刺しとかないと」
俺たちの予想通りなら、さすがのエスメトリスにも浮遊兵器だか飛翔兵器だかへの対応は手に余るはずだ。
というか、そんな自殺行為は断じて試みて欲しくないぞ。
万がいち、獅子の咆哮の浮上にタイミングを合わせてルリオンの王宮や市街に目眩ましの物理攻撃でも行われた場合、そっちに対応して貰えれば十分だ。
++++++++++
「へぇー! コレがいけ好かない魔法の正体だったのねーっ! なんか知らないけど見た目もブキミー!」
「パルレアにも見覚えはないのか?」
「全然なーい」
シンシア達と一緒にパジェス邸に舞い戻った俺は、さっそく革袋から鹵獲した敵の魔道具を出して検分を始めた。
とは言え、無傷で手に入れた三つ目のヤツは、『動いている状態そのまま』で革袋に収納してしまったから、ここで出すのは躊躇われる。
さっきは精霊魔法を完全に侵蝕される前だったことと、精霊界と直接繋がっている革袋だから収納できたんだと思うけど、ココで出してしまったらまた稼働するはず・・・
少しは仕組みを理解して、止めたり動かしたりを自分たちでできるようになってからじゃないと危険だろう。
「そっか。何がどう動いてるのかサッパリ分からないけど、アスワンなら知ってるのかな?」
「さーねー。でも、きっと知らないんじゃないかなー?」
そりゃあ、こんな危険なシロモノをエルスカインが持ってると知ってれば、アスワンも事前に教えてくれただろうな。
まぁ、アスワンもパルミュナも過去のエルスカインの暗躍自体を知っていなかったし、そもそも古代戦争の時代には『存在してなかった』っぽいから、知ってるはずも無いか・・・
「って言うかパルレア、古代の魔道具だから知らないってのはいいとしても、なんで古代文明に『精霊魔法に対抗する魔道具』があったんだよってのが謎だろ。ナニか? 古代人は大精霊と闘ってたとでも言うのか?」
「そーじゃない?」
「オイ軽いな!」
「まー、大精霊って存在がジャマだったのか、精霊魔法の力がジャマだったのかは分かんないケドねー」
「あっ!」
そうか・・・今回の襲撃でも、エルスカインやレスティーユ侯爵家は大精霊の力を授かった『勇者』を斃そうとしただけだ。
古代の世界戦争の時代に『勇者がいなかった』なんて証拠は無いんだし、その頃はアスワンがいなかったとしても、当時、やはり人族の味方であろうとした大精霊が・・・いまはどこかへ消えてしまった大精霊が・・・いたのかも知れない。
だとすれば、この不気味な魔道具は『対精霊用』じゃなくて、『対勇者用兵器』として生み出された可能性が高いな。
そもそも大精霊は、過去に知恵を共有した人族全体への味方はしてくれても、人同士の争いであれば介入しない。
いまのエルスカインは人族全体を滅ぼすに等しいコトをやらかそうとしているからアスワンも全面的に力を貸してくれているけど、古代の世界戦争は基本的に人族同士、国と国との争いだったはずだ。
だから大精霊が戦争の邪魔をしたとか、どちらかの国の側に付いたって可能性よりも、当時の勇者が『大量殺戮を止めようとして暴れ回った』って可能性の方が高いだろう。
その場合は、北部地方の山脈を吹き飛ばしたり、ラファレリアを焼き尽くしたりしたイークリプシャン陣営にとって、最大の『邪魔者』が勇者だったとしてもおかしくはないよな・・・
そこまで考えた時、俺は不意に背筋がゾクッとする感覚に襲われた。
そしてヴィオデボラ島でガラス板の中に浮かぶドゥアルテ・バシュラール卿の記録から聞かされた話が脳裏に浮かびあがる。
『その恐ろしい兵器は何者かの破壊工作によって壊滅し、魔力源として利用していた火山の溶岩が逆に地表に吹き出して、辺り一帯を焦土に変えてしまったのだ...』
もしかすると・・・
その大量殺戮兵器を破壊し、結果として火山の噴火を誘引して南部大森林を溶岩で埋め尽くす原因を作ったのが『当時の勇者』だったなんてのも、有り得ない話じゃ無いよな!?
良かれと思ってやったことが裏目に出るなんて、良く有る話だ。
珍しくもなんともない。
仮にそうだったとしても、件の大量殺戮兵器を破壊して周辺を焦土に変えてしまったことと、触らずにイークリプシャン陣営の思うままにさせていた場合と、どちらがヒドイ結果になったのか俺には分からない。
それは誰にも分からないことかも知れない。
今回もそうだ。
大結界の起動自体は阻止できたとしても、もしもラファレリアを犠牲にしてしまったら、俺は『暴れすぎた勇者』として人々の記憶に残ることになるかも知れないな・・・
「御兄様、どうかなさいましたか?」
急に黙り込んだ俺の表情から不穏な気配でも読み取ったのか、シンシアが心配そうに見上げてきた。
「いやぁ、パルレアに言われても思い浮かんだんだけど、精霊魔法を侵蝕する魔道具をエルスカインが持ってたってコトは、世界戦争の時代にも勇者がいたのかもしれないと思ってな」
「あ、確かにそうですね」
「えー、でもその頃はまだ、アスワンも存在してなかったはずだよー?」
「だからパルレア、勇者だからアスワンの使いとは限らないだろ?」
「へ?」
「つまり御姉様、アスワン様やパルミュナ様が現世に現れる前に、勇者...と呼んだかどうかは分かりませんけど、そういった存在を人の世に使わした大精霊がいたのかも知れないな、と」
「あー、ソレって無くはないかもねー!」
パルレアも納得したか。
とりあえず南部大森林の件は単なる俺の想像に過ぎないし、いまシンシアに話す必要は無いだろう。
「だろ? まぁそうだとしても、なんで今日までエルスカインが『対勇者兵器』を使わなかったのかは謎だけどね」
「ええ。なにかエルスカインなりに合理的な理由があったのでしょうけど」
「持ってるの忘れてたんじゃなーい?」
「俺じゃぁ有るまいし、エルスカインはそんな訳あるか!」
「お兄ちゃんは忘れっぽいからねー」
「ほっとけ」
「自分で言ったんじゃん!」
「ですが御兄様、真面目な話をすれば『使えなかった』という可能性が高いですよね? それこそ、お師匠様の言葉通りに」
「精霊魔法の封じ込めを一カ所でしか出来なかった可能性と同じか...シンシアが言ってたように、動かすための何かが十分に揃ってないのかも知れないな」
「ともかく、この魔道具を分析してみないことにはなんとも言えませんけれど」
「そうだな。結界は?」
「屋敷全体にはアタシが張ってるけどー?」
「じゃあシンシア、俺がこの魔道具を分解してみるから、俺とコイツをくるんだ最小限の大きさで出来るだけ強靱な防護結界を内向きに張ってくれ」
「あのぅ、それは魔道具と一緒に御兄様を結界の内側に閉じ込めるという意味になるのでは?」
「そういう意味だよ?」
「イヤです!」
「絶対に大丈夫だよシンシア」
「では、御兄様が大丈夫だと確信してらっしゃるのでしたら、私も一緒に分解調査を行います。だって大丈夫なんですよね!?」
「う...」
「あー、お兄ちゃんがシンシアちゃんに一本取られたーっ!」
「うるさいわ」
「ですが御兄様、実際問題として魔道具の知識が無...豊富とは言いにくい御兄様が分解されても、調べる以前に壊してしまう可能性も高いのでは?」
「言い直さなくていいからシンシア。魔道具の知識が皆無なのは自覚してるからな? だけどコレって、すでに壊れてるんだし」
「そうですけど、更に壊れると調査も修復も難しくなりますよ」
「うぅ...」
「シンシアちゃんの二本目っ!」
「やかましいわ」
舌戦で俺がシンシアに勝てる訳無いのは承知してるけど、こんな謎の魔道具をシンシアに弄らせて、もしものことがあったら泣くに泣けないからなぁ・・・




