敵の陣地
精霊魔法を侵蝕してきた敵の陣地は、パルレアの張った『害意を弾く結界』の、更に外側に設置されている。
まあ考えてみれば結界を無効化するまでは、敵意を持つヤツらはその中に入ってこれないのだから当然だな。
要するに・・・各所の間がけっこう離れているのだ。
大声で叫んでも何を言ってるか分からないくらい遠いから、普通なら連携させるために伝令の馬を走らせたり、遠くまで響く太鼓や鐘の音で戦闘開始を告げるくらいの距離だ。
ところが俺たちに打ち込まれてきた金属棒は、この距離を平然と、しかも正確に飛び抜けて来るのだから恐ろしい。
さっき撃破した陣地に攻城戦用の『大弩』は設置されていなかったから、一人で持てるような魔道具なのだろう。
左右に振れる断続的な動きから、こちらの進路を敵に覚られにくいように小刻みに銀の泡が蛇行しているのが分かる。
とは言え、魔装具が設置してある残り二カ所のどちらかに向かっていることは明らかなんだから、マリタンの意図は目眩ましじゃ無くて降り注いでくる投射物を敵に無駄遣いさせることだろう。
俺なら問答無用に最短距離で突っ込むところだけど、咄嗟にそういう小技を効かせるところがマリタンらしいよ。
「もうそろそろ次のポイントよ兄者殿! ホントにポイッと外に放り出していいのよね?」
「その『ポイッ』って言い様が気になるけど平気だ。あぁ、でも着地点が出来るだけ本陣側から見えにくいと助かるな」
「了解よ兄者殿」
俺は腰からアスワンの革袋を外して、それをマリタンを下げたストラップに結わえ直した。
「このまま一式をマリタンごと床...じゃ無いな、足下の銀幕に置いちゃっても平気か?」
「やさしくね!」
「やかましいわ」
マリタンの軽口に答えつつ、革袋を結んだストラップとマリタン本体を足下で波打つ銀幕の上に置き、両手のガオケルムを握り直して備える。
「でもワタシと革袋が兄者殿から離れたら、同時に魔法障壁からも出ることになるわ。精霊魔法への侵蝕は弱まってると思うけど防護障壁はもつかしら? チョット心配なのよ」
「防護結界の魔法陣は、俺の『頭の中』にあるんだよ。さっきの感じだと俺が生きてる限り、侵蝕される心配は無さそうな気がする」
「それならいいのだけど...」
「心配するなって。それより上手いこと弾き出してくれ。どんな角度でも首の骨を折ったりはしないから心配無用だ」
「この先で大きく曲がりながら同時に陣地に向けて兄者殿を投げ出すわ。準備はいい?」
「いつでも来い、だ!」
「じゃあ、いくわよ...サン、ニイ、イチ、出すわっ!」
「おうっ!」
心の中で『マリタンの数え方がさっきと逆じゃね?』などと、どうでもいいことを思い浮かべたが、それを口に出す前に俺の身体は猛烈な勢いではじきとばされて銀の泡を突き抜けた。
まるで立っていた銀幕が爆ぜたような勢いだったけど、銀の泡に衝突したり触れたりした感覚は無い。
きっと、俺の通過に合わせてマリタンが瞬時に、そして精密に、泡の開口部を形成したんだろう。
もはやマリタンは、液体金属を自分の分身のように操っているな・・・
ともかく外に放り出されたと言っても、空中高く投げ上げられたわけじゃないから位置は低い。
咄嗟にガオケルムが地面に刺さらないように水平に突き出しつつ、ほとんど倒れ込むような前のめりの状態で地面を蹴った。
長年、破邪の修行で鍛えた平衡感覚は、あれほどのスピードで走りながら投げ出されても上下や水平を見失ったりはしない。
銀の泡に運ばれていた時点で相当なスピードが出ていた上、勇者の脚力にモノを言わせた勢いで、俺の身体は敵の陣地に向けてすっ飛んでいく。
放出点から数歩ほど地面を蹴ったところで、前方にある陣地が先ほどと同じような配置で置かれていることが見て取れた。
もはや魔法で浮いてることすら必要の無い勢いだし、陣地の兵士や魔道士達は少し離れたところを高速で走り抜ける銀の泡に注意を奪われていて、俺が突っ込んでくることを視認できたヤツはいないだろう。
陣地の中心に向けて突っ込みつつ、最後の一蹴りで身体を捻って足を前に向ける。
そのまま俺は『飛び蹴り』のごとき姿勢で陣地の中に足先から突っ込んだ。
蹴りの狙いは件の魔道具だ。
と言っても蹴り倒すのが目的じゃなくて、コイツには俺の勢いを受け止める足場になって貰う。
ガツンとくる衝撃を足裏に感じると同時に膝を折って勢いを和らげ、陣地の中に目を走らせる。
兵士や魔道士達は銀の泡を迎撃する気で待ち構えていたにも拘わらず、轟音と共に突然降って湧いたように現れた俺の姿に呆気にとられて動きが止まった。
陣地の中心に立つ異形の魔道具から飛び降りると同時にガオケルムを振るい、周囲の連中をなぎ払う。
ただし当てるのは刃ではなく峰と腹の部分・・・俗に言う『峰打ち』ってヤツだが・・・
さっきは『精霊魔法が侵蝕される』という初めての危機に焦ってしまい、相手が人かホムンクルスかを確かめる前に斬り捨ててしまったけど、すでに、兵士らが普通の人々だと言うことは分かっている。
ここにいる者達はみな、命令に従う他に選択肢は無いのだし、そこにエルスカインと手を組むという類いの意志は全く存在してないだろうし、ましてや盗賊達のように欲に駆られているワケでも無い。
敵方に付いているとは言え、出来ることなら人族は殺したくは無いのだけど・・・
でも、これは討伐じゃ無くて戦争だ。
いまのレスティーユ侯爵家は、その全部が敵側についている兵力なのだから、この魔道具共々に放置しておくわけには行かない。
もちろん峰打ちであっても、この勢いで金属製の棒というか板というか、刀身で殴られたらタダでは済まないだろう。
首や顔といった急所は避けたつもりでいるけど保証はないし、いま俺に叩きのめされたヤツらは全員、すくなくとも二の腕か太腿の骨は折れているだろうな。
周囲の連中が残らず地面に倒れたのを見渡してからガオケルムの刃を返して、魔道具のさっきと同じ位置を両断した。
やはり、妙な魔力爆発だの暴走だのが起きることもなく静かに沈黙してくれる。
さて・・・マリタンの観測によるとパルレアの結界を侵蝕している魔道具は三つ。
結界の円周を外側から包み込むカタチで正三角形の頂点に配置されているはずで、その三つの要所のうち二つにマリタンが導いてくれたので、残りの一カ所が何処の辺りに設置されているかは俺にも分かる。
< マリタン、聞こえるか? >
< 聞こえるわ兄者殿 >
< 指通信...マリタンの場合は概念通信か。外でもコレが出来るってことは、連中の侵蝕力が弱まってると考えて良いよな? >
< たぶんね。ワタシの概念通信に精霊魔法は関係ないけど、三つのうち二つを止めたんだし、兄者殿が発話も受話も出来てるんだから大丈夫でしょ >
< じゃあ、これから最後の一つのところで落ち合おう >
< 場所は分かる? >
< 問題ない。正三角形の残りの頂点だろ >
< いまワタシは逃げてるフリの最中なの。このまま引き返したら追っ手と正面衝突だけど、それでいい? >
< マリタンが怪我しないならな >
< しないわよ。普通の兵士達だもの >
< 強くなったなぁマリタン! 生活魔法専門なのに! >
< いいから! >
< たぶん俺は三十数えるくらいで着くと思う >
< はやっ! >
< 勇者だからな。よし、いまから向かうぞ >
< こっちも反転するわ。兄者殿も、そこを出たらさっきの投射兵器の金属棒が山ほど降ってくるから気を付けてね! >
< 了解だ >
陣地内の敵兵達は俺に折られた腕や足を押さえて呻いているけど、構っている暇はない。
すぐに治癒士に見て貰えるならいいが、放置していたら手足の骨折からだって死ぬことはあるだろう。
その時には『貧乏くじを引いたのだ』と、諦めて貰うしかないが。
走り出た俺に向かって、すぐに残りの陣地と本陣とおぼしき場所からさっきと同じ投射兵器の『矢』が大量に飛んできた。
効果があると信じているのか、それとも他に勇者対策の武器を思いつかなかったのか・・・いや、この武器の速度と精度と射程距離は、普通の人族同士の戦争でなら恐ろしく強力な武器になるだろうけどね。
でも、勇者やドラゴンに使えるモノじゃないだろう?
どう考えても精霊魔法を侵蝕してきた魔道具はエルスカインから貸与されたモノだと思えるけど、『精霊魔法対策』以外の武器は渡されていないらしい。




