Part-3 : 大結界 〜 毒ガス対策の鍵
パジェス先生の屋敷で魔力触媒鉱石の出力実験を終え、魔力阻害の『携帯魔道具化』に目処を付けた俺は、再びレスティーユ侯爵領にある伯父上の屋敷を訪れていた。
ヤツらにとっては伯父上が『忽然と姿を消して』以来、この屋敷は以前にも増して連中の監視下にあるはずだ。
それでも危険を承知で戻ってきた理由は、エルスカインが『大結界』の立体的な構造を起動する手順に予想が付いたことで、僅かながらも起動を阻止する間隙が見えてきたからに他ならない。
そして実は先日のパジェス邸で、俺が『毒ガスを防ぐ鍵はマリタンの魔法だ』と言った理由の一つがここにある。
突拍子も無く思える俺の発言に一番仰天したのは当のマリタン本人だったが、それも無理なかったか?
あの時のマリタンの様子は、からかわれて怒っているんじゃ無くて、理解できないことを言われて戸惑ってる態度だったもんな。
– 『どういうことよ兄者殿? なんの冗談?』
– 『冗談じゃ無いさマリタン。俺はいつでも本気だよ』
– 『...いつでも? そうかしら?』
– 『本気だってば。毒ガスを防護結界の類いで防げるかは怪しいし、試してダメでしたじゃ話にならないからな』
– 『でも兄者殿、ヴィオデボラ島に行く時にも話したけど、ワタシの持ってる『生活魔法』にはあんな猛毒を防いだり無効化するようなモノは無いわよ? 出来るのは、せいぜい食あたりの予防くらいね!』
といったやり取りの後、マリタンに俺の考えを披露したんだけど、なんとも微妙な表情?・・・とは違うか・・・微妙な雰囲気を醸し出してたよ。
表紙に。
まぁ、マリタンの解毒能力については本人が言った通りだけどね。
それに、マリタンが作られた本来の役目として持たされているバシュラール家の『財産目録』に、対エルスカイン戦に使えそうなめぼしいモノが有った訳でも無ければ、本人すら表層的には存在を知覚できない『深層魔法』に必殺技が隠されていることを期待してる訳でも無い。
だけど、いまのマリタンは自ら新しい魔法を生み出すことが出来る存在になりつつある。
最初の頃はあくまでもシンシアのサポートという立ち位置だったけど、『銀の杖』は完全にマリタンのアイデアに基づくオリジナル魔法だと言っていい。
シンシアでも伯父上でもパジェス先生でも無く、なぜ、マリタンの魔法が頼りなのか、それにロワイエ准男爵家の屋敷がどう関係するのかと言うと、伯父上がこの屋敷に設置していた『魔法実験室』の設備が関係してくる。
伯父上がこの部屋で俺のオーラを計測して、間違いなく『シャルティア・レスティーユの血縁者』だと確認したのだが、ここは屋敷全体を取り巻く魔力障壁の内側に更に魔力障壁を二重に張り巡らせることで、『一切の魔法が使えない屋敷の中にありながら、自由に魔法が使える空間』として成立しているのだ。
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「兄者殿、目的のブツがあるのは、この部屋なの、ね?」
「ブツって、どこで覚えたんだそんな言い方」
妙な言葉を知っていて、それを他人に伝染そうとするのはパルレア以外にいないけどな。
そう言いつつ見回すのは、先日と何も変わらない『錬金術師の部屋』だ。
ロワイエ邸の内部であるにも関わらず、この部屋の中では何の障害も無く、どんな魔法でも使える。
と言うことは、屋敷でもこの部屋の中だけは、魔力の塊みたいなマリタンやアプレイス、パルレアなんかにとっても危険は無いはず・・・
そう考えた俺は、いったん一人で屋敷を訪れ、階段を降りて物理的に部屋に入ってから中に転移門を開いたのだ。
精霊魔法の転移門は、現世の空間とは干渉しない。
だったら、この部屋の中に直接転移が出来た場合には、屋敷全体の障壁を消さないままで、マリタン達も危険無くここを訪れることが出来るんじゃ無いかと考えたワケで・・・早速実験してみたら、転移門でパジェス邸から『錬金実験室』へと支障なく移動できることが分かった。
念のために魔力で構成されている存在にも危険の無いことを確認してから、早速、マリタンにも一緒に来て貰うことにしたのだ。
「不思議だけど、なんだか懐かしさ? みたいな感覚を覚える部屋だわ...」
マリタンにとっては所有者がおらず、半分眠っていたような状態で過ごしたエルダンの錬金室をボンヤリと覚えているのだろうか?
それとも、最初にこの世界に生み出された時の『創り手』だった魔法使いの部屋の記憶なのかな?
「ここで伯父上に俺のオーラを計測して貰って、間違いなくシャルティア・レスティーユが俺の産みの母親だって事を確認して貰ったんだ。大精霊からそう教えられてはいたけど、自分自身で血縁の証拠と言えるものを認識したのは、それが初めてだったな」
「血縁ねぇ。でもロワイエ卿が兄者殿を招き入れたのは、それを確認する前なんでしょ? チョット不用心だわ」
「この屋敷の防御に使われている魔法は、伯父上のオーラに反応して動作するように組み上げられてるんだ。だから伯父上は最初に俺を屋敷に招き入れた時も、自分の方が支配権を持っているから防御は堅牢だって、自信満々だったのさ」
「それって庭木の枝レベルの堅牢さよね!」
「酷いな」
「だってもしもロワイエ卿がレスティーユ侯爵家から伸びた枝だったら、兄者殿は即座に『剪定』してたワケでしょ? 目の前でやって見せたみたいに」
「それはまぁそうだけど...言い方が酷くない?」
確かに、俺の大伯父が無事だと分かったのは良かった。
もしもホムンクルスになっていたり、人族のままであっても完全に取り込まれていると判断していたら斬るしかなかっただろう。
その時は・・・仮に向こうも俺がシャルティア・レスティーユの実子だと分かったとしても手を出してきたんじゃ無いかな?
「ともかく、ワタシを連れてきた理由は分かるけど、シンシアさまの方が良かったんじゃないかしら?」
「いや、パジェス邸だって襲撃を受ける危険はあるからな。防衛力として残って欲しかったんだ」
「ドラゴンがいるでしょ?」
「いまアルファニアでアプレイスに暴れて貰うわけには行かないし、万が一のことを考えるとパルレアと一緒に行動して欲しい。となるとパジェス邸の防御をシンシアに任せるのが最適解だよ。なんにしても目的の魔道具を使うには俺がここに来るしかないんだから」
「そうね。ここの魔導設備を動かせるのは、ロワイエ卿とオーラが近似してる血縁者の兄者殿しかいないもの」
「撤収時に伯父上が持ち出した機材で確認して貰った限り問題無さそうだけど、もう何日か余裕があれば、オーラを完全に複製してシンシアの偽装メダルに組み込めたんだけどなぁ」
「でも兄者殿としては、いまは時間が最優先ってことね」
「ああ」
この錬金実験室における魔力阻害の使い方は、屋敷をくるんでいる障壁を裏返しにしたようにも感じるけど、実際は防護結界を内向きに張るのとは違う。
特に俺がピンと来たのは、この空間の中で使われる魔法の影響は一切『外部に出て行かない』という事だった。
境界を越える時にあらゆる魔法が魔力障壁によって消失する事から、なんであろうと分け隔て無く外からの魔力を一切遮断する代わりに、空間の内側から外に攻撃魔法を放つと言うことも出来ないってワケだ。
ところで空間と言えば・・・俺たちには精霊の空間魔法がある。
俺の革袋もシンシアの小箱も、精霊の世界との繋がりが細い代わりに時間の止まった独立した空間になっていると説明を受けた。
だけどパルレアは時が止まっている俺の革袋の中に、外と同じ時間が流れる自分専用の小部屋を設けているし、現世とは隔絶した革袋の中に、更に周囲と隔離した空間を作れることは実証済みだ。
じゃあ、この中に魔法障壁で囲まれた空間を納めたらどうなるんだろう?
他の物品と同じように『凍結』されて、ただそこに存在してるだけのモノになるのか、それとも、やりよう次第ではパルレアの小部屋のように、動いている魔力障壁で囲まれた『時の流れる』空間を内包出来るのか・・・
それが俺の頭に浮かんだ素朴な疑問だった。
加えて言えば、革袋でも小箱でも俺たちがモノを出し入れする瞬間には、俺やシンシアの手とかパルレアの身体は、現世とこの空間の橋渡しとなっている。
橋渡し・・・
そのフレーズが頭に浮かんだ時、俺は昔シンシアと『橋を架ける転移門』の使い道を駄弁っていた時のことを思い出したんだ。
あの時は砂漠に『水』を送るって発想だったけど、送るモノは水じゃ無くてもいいワケだよね?




