迎撃のタイミング
「だったらライノは、どうやって浮遊兵器を止める腹づもりなんだ? 今の口ぶりじゃあ、俺や姉上に迎撃させる気は無さそうに思えたぞ?」
「当たり前だよ。前にも話したけど、俺は二人を無駄死にさせる気はサラサラないからな?」
「つっても、アレは誰かが止めなきゃなんねぇだろ」
「ともかく毒ガスは撒かせないさ」
「何か具体策あんのか?」
「そこは正直ヤツらの動き次第で、出たとこ勝負な面が大きいってのは否めないんだけどね」
「まぁ、『無くは無い』ってところかライノ?」
「俺の想像通りならな」
「御兄様、先ほどの結界の話は私にも納得がいきました。浮遊兵器が天空へ昇って頂点になるという話にもです。ですが、ルリオンでの浮上時を狙わず、道中で迎撃するのでも無く、しかも毒ガスを撒く前に破壊するというのは...仮に可能だとしても機会が小さすぎませんか?」
「と言うかシンシア、逆にヤツらが毒ガスを撒こうとしてるコトでチャンスが生まれるって思うんだよ」
「どういう...」
「なぁ考えてごらんよ。もしも浮遊兵器が積んでいる『獅子の咆哮』から毒ガスを撒く必要が無いって言うのなら、アレがラファレリアに来る必要が無いかもしれないんだ」
「あれっ?」
「それだったらルリオンから真っ直ぐ結界の頂点になる場所に向けてナナメに空を駆け上っていってもいいはずだろ? で、もしも浮遊兵器がルリオンから真っ直ぐ空高く昇っていった場合は迎撃するどころか、きっと俺たちは誰も追いつけないと思うよ」
まぁ実際には毒ガスを撒く必然性がなくても、大結界の頂点として浮遊兵器を使う上では、いったんラファレリアに来る必要性があるはずだと俺は推測してるんだけど、それは次の話だな。
「もしアプレイスさんでも昇っていけない場所に、追いつけない速度で上昇されたとしたら...」
「追撃するのは絶望的だろ?」
「ですね...」
顔色が再び青くなったシンシアと対照的に、すぐに俺が言いたかったことに気が付いて対称的な声を上げたのはパジェス先生だった。
「なるほどね! つまりはクライスさん、皮肉というかなんと言うか『獅子の咆哮』とやらがラファレリアにヒュドラの毒を撒きに来るからこそ、コッチもココで迎え撃てるってワケだね?」
「そういうことです」
「でも、『毒を撒く前』に破壊のチャンスがあるとクライスさんが考えている理由は何かな? それがラファレリアに来たら即座に邪魔者の排除に掛かりそうに思えるんだけど?」
おおっと、『次の話』として説明しようと思っていたことを即座にパジェス先生に突っ込まれてしまった。
が・・・俺が口を開く前に、今度はアプレイスが別の角度から突っ込んでくる。
「俺もそう思うぞライノ。仮にドラゴンのブレスが効かなくても、ライノのあの凄い技があるじゃねえか。一撃でワイバーンの群をかなり吹き飛ばしたって姉上に聞いたぜ?」
「アレは...『魔石矢』は、浮遊兵器相手には使えないんだよ」
「なんでだ?」
「まだ俺には威力の調節が出来ないんだ。積んでいる毒ガス容器ごと破壊して撒き散らすことになりかねないし、その結果、どの位の広さが汚染されるのかも見当が付かん。場合によっちゃあ小国一つ分くらいの面積に人が住めなくなっても驚かないかな」
「ああ、それもそうか...」
「かと言ってエスメトリスやアプレイスが、イチかバチか慰霊碑の地下から浮上した瞬間を狙うって言うのも自殺行為だと思う。それが何かは分からないけど、浮遊兵器にはドラゴンと対抗できる仕掛けが絶対に何かあるはずだ。それも『獅子の咆哮』を使わなくても済むようなヤツがね...」
エルスカインがドラゴンを押さえようとしていたのは、あくまでも『新国民』の依代とするホムンクルスの素材を大量に確保するために、ソブリンの市民を牛耳る目的だったと思う。
いつかドラゴンと闘う日に備えて『獅子の咆哮』を守るためだったとは思えない。
それに、ルリオンに押し掛けてきたワイバーン軍団はいなくなり、支配の魔法を操っていた魔法使い達もアーブルで海の藻屑と消えた。
老錬金術粋の言葉を信じるならば、あの攻撃は短慮なマディアルグ王がしかるべき時を待てずに先走った結果であり、エルスカインの予定から大きく外れたモノだったはずだ。
だから『獅子の咆哮』の動きは、こちら陣営のドラゴンが健在かどうかに左右されないと考えるべきだろう。
「ヒュドラの毒を使わずにドラゴンを斃せる方法があるはずだってことか」
「ガスが勿体ないからな」
「そんな理由かよ!」
「コッチとしては『ヒュドラその物を斃す』必要が無いワケだし、『獅子の咆哮』がガスを撒く前に沈めようって思わないなら、不用意に浮遊兵器へ近づく必要も無いだろ?」
「それはそうだな」
「だったらエルスカインも、仮に浮上した時に毒ガスを撒いても、遠くからドラゴンのブレスで焼かれて、かなりの量が無駄になるはずだと考えるだろうし、最終的に毒ガスでお前たちを斃せたとしても、今度はラファレリアに撒く分が足り無くなるんじゃないかな? だから別の方法があるはずだと思うんだ」
「だから『ガスが勿体ない』ってワケか...考えてみりゃあエルスカインの時代にはスポーツとしてドラゴン狩りをしてたってんだから、他の対抗方法があって当然だわな」
「ああ、なにしろ古代人は『ドラ籠』なんか作って、生け捕りできてたくらいだからね」
「俺の身代わりに精霊爆弾を送り込んでエルダン城砦の地下広間ごとぶっ飛ばしたアレかぁ...」
「アレだねーっ!」
「にしても、嫌な響きだよな『ドラ籠』って!」
「フッフッフッ、ドラゴンを閉じ込めるオリカルクムの檻さえ吹き飛ばすアタシの精霊魔法の威力、思い知ったかーって!」
「いやいや精霊爆弾を作ったのはパルレア殿じゃなくてシンシア殿じゃねえか...つっても、俺だって最初は精霊魔法を使ったライノとシンシア殿にやられそうになったんだし、次回やっても勝てる気はしねえから、ソコは精霊魔法の凄さなんだろうけどな」
「へっへーっ!」
「実際、アレは御姉様の精霊魔法が無くては実現不可能でしたからね。それで御兄様、ルリオンやここまでの道中で迎撃出来ない理由は分かりました。ですが、そうなると...」
シンシアの不安は分かるけど、実のところ俺としては『獅子の咆哮』がこのラファレリアの上空でヒュドラの毒ガスを撒き散らそうとする、まさにその瞬間に勝機があると感じるのだ。
「俺が何を考えているのか、だよねシンシア?」
「はい」
「あの老錬金術師は、マディアルグのホムンクルス達が大結界の仕上げをする際、ラファレリアの市民が邪魔をしないように、先に皆殺しにされるだろうと言ってた。そして、その作業がスムーズに出来るようにヒュドラの毒の血清を作ろうとしているとね」
「ですが、十分な量の血清を作れるかどうか微妙だとも言っていましたよね?」
「そこがまさに微妙なんだけどさ、ちょっとギャップを感じるんだよな」
「ギャップ、ですか?」
「ああ。もし血清無しだったらヒュドラの毒を撒いた後にホムンクルス達が作業できるようになるまで二十年ほど掛かるって話だった。でも、魔力触媒鉱石と高純度魔石が後どれほど使えるのかって問題もあるわけだし、本当にエルスカインが大慌てで大結界を起動させようとしてると考えれば、あと二十年も待てるとは思えないよな?」
「ですね」
「じゃあヤツはどうすると思う?」
「あの老錬金術師は高純度魔石の備蓄が減ってきていることには気が付いていましたけど、その本当の理由...と言っても今のところは単なる推測ですけど...魔力触媒の存在には辿り着いていませんでした。だからエルスカインがこれほど焦っているとは思ってなかったと思います」
「俺もそう思う」
「かと言って、エルスカインがヒュドラの毒を撒く事を止めるとは思えません。『報復』云々は老錬金術師の想像ですし、私はエルスカインがそんな無意味なことをするとは思えませんけど、念には念を入れるでしょう」
「そうだな。単純に邪魔になりそうなモノは事前に片付けておくってだけだろうさ。恨み辛みなんて無くても、合理的にサクッと何万人でも殺すって方がエルスカインらしいよ」
「ええ、ともかく先に全員殺しておこうという冷酷さは、いかにもエルスカインらしいです」
シンシアがそう言って顔をしかめた。
でも、俺の目から見ればエルスカインは『冷酷』と言うよりは、単純に『合理性の塊』で、そこに情や憐れみが入り込む隙間が針の先ほども無いのだろう。
・・・いや、そもそもエルスカインにそんな概念が存在してないだけか。




