大空の頂点
「あっ! まさか御兄様、浮遊兵器のことですかっ?!」
シンシアがそこに気が付いて、急に大きな声を出した。
「そうだ。以前にヴィオデボラ島に行った時、アプレイスが浮遊桟橋を見て、『空の乗合馬車みたいに使えたらドラゴン族にとって便利だ』って話をしたことを覚えてるかい?」
「ええ、そういう会話がありましたね!」
「あの発想はまさに『空飛ぶ定期航路』だよ。でも浮遊桟橋でそれをやるには消費する魔石量に効果が見合うかどうかが問題で、マリタンは無意味だろうって考えたワケだ」
「いい考えでしたけどね」
「俺も凄い考えだと思うよ。ただ必要な魔力量が多すぎて割に合わないってだけの話だ。でも、いったん大結界が起動した後なら、必要な魔力は潤沢に、そして永続的に浮遊兵器に...つまり空の頂点にも供給し続けられるはずだろ」
「ですよね...」
「浮遊兵器がどうしたんだライノ? ソレって要は獅子の咆哮のコトだろ?」
背中の声に振り返ると、肩にピクシーサイズのパルレアを乗せたアプレイスがのっそりと近づいてきた。
「おっと、起きてきたかアプレイス」
「寝続けるのもさすがに退屈してきた。ここはアスワン屋敷とは違うからな」
パジェス先生のお屋敷がアスワン屋敷と違うってのは魔力量の事だろうけど、逆にあんな濃密な魔力の漂う場所が、そうポンポンとアチラコチラにあっても困る気がする・・・
パルレアも一緒ってコトは、オレリアさんに頼んで飯でも出して貰ってたかな?
大結界の話に夢中になってたけど、いつの間にかそんな頃合いになっていた。
「お兄ちゃん達、昼食はー?」
「お前達はもう済ませたのか?」
「まだー! ってゆーか、みんなで一緒にと思って誘いに来たのー!」
「お、そうか。悪いけどちょっと待ってくれ、いま大結界の話が佳境なんだよ」
「ソレなんの話?」
「大結界が実は平面的なモノじゃ無くて、立体的な空間を覆ってるって話だ」
「結界が立体的ってフツーじゃない?」
「そう言っちゃえばそうなんだけどさ...今回の場合、結界は球体じゃ無くて多面体だ。で、大結界の対角にある井戸同士を結ぶ線と同じ程度の距離で、ラファレリアの地下深くと上空高くに大結界の結節点が置かれると思うんだよ」
「へっ?」
「ええ、もしも御兄様が言うような高さに頂点が置かれたとすれば、地上の四つの結節点と、上空と地下の二つの結節点、合わせて六つの結節点が作る正八面体になるはずです」
「ねーシンシアちゃん、ソレって空の上に『井戸』を運んでいくのがムリくないかなー?」
「いやパルレア殿、さっきライノが浮遊兵器が云々って言ってたのが、それ関連だろ?」
「あ、それかーっ」
「そういうことだアプレイス。ルリオンの地下に眠る『獅子の咆哮』がヴィオデボラの浮遊桟橋みたいに浮かんで飛べるって話なら、ここに来て毒ガスを撒くだけじゃ無くて、結界その物の構造も担えるだろうってな」
「そりゃそうか」
「魔力さえ十分なら、船や桟橋どころか空に浮かぶ島でも造れるって寸法だな。きっと『獅子の咆哮』は飛び回る武器なんかじゃなくて、『浮かぶ要塞』ってところだと思うよ」
「なるほどねぇ。毒ガスで誰も近寄れないなら確かに要塞だな!」
「マジで空の頂点は月に届きそうなほど高いんだろうけどな。ドラゴンにだって飛んで行けそうに無いけど、エルスカインの魔導技術って言うか古代の魔導技術なら可能だと思う」
「まぁ高いのは高いだろうし俺にだって飛んで行ける気はしねぇけど、『月に届く』は大袈裟だろ」
「そうか?」
「高さが大結界の対角線の半分ってコトはつまり、このファラレリアとリンスワルド領あたりを結んだ距離だよな? だったら、とてもじゃねえけど月になんて届かねぇよ」
「月ってそんなに遠いのか?」
「あたり前だぞライノ。俺たちがどれほど高く昇っても、見えてる月の大きさなんて変わらねえよ? つまり月までの距離に較べれば、ドラゴンが地上から飛び上がれる程度の距離なんか『誤差の範疇』ってワケだな!」
「なるほどねぇ。それでもドラゴンの翼じゃ結界の頂点に届かないかな?」
「まぁムリだな。俺がどんなに高く昇っても大結界の全体を一望できるところまで行けるとは思えん。忘れたのかライノ、大地は丸いんだぞ?」
「おぉ...」
「相当に高く上がらないと、そんな遠くまで見通せねえよ。逆に『ドラゴンに飛び越せない山脈は無い』って聞いたコトもあるから、その結界の頂点は地上のどんな場所より高いってのは確実だろ」
「やっぱりそうか」
「それにライノ、地下だってそんなに深く掘れるのかよって思うけどな?」
「え、地下は真っ直ぐ掘り下げていくだけだろ?」
「潰れるぜ?」
「ああ、土の重みでトンネルが潰されるのか...」
「強力な防護魔法で防ぐとしてもな、周囲から土砂が押し寄せてくるだけじゃ無くって熱の問題もある」
「熱? 地面の?」
「なんで火山の噴火口が必ず大地に口を開けてると思うんだ? 地竜...リントヴルムの能力が穴掘りに特化してるのは、深く掘るほどヤツらの好きな灼熱の溶岩を掘り当てられるからなんだ。世界中のどこで掘っても、地下深くは灼熱の世界なんだよ」
「そうなるとウォームに掘らせるのはムリかもな。ひょっとしたら支配の魔法でリントヴルムを...」
「ま、ウォームなんて使い捨てだろうし、なんだかんだ言ってもエルスカインのことだから、そこらへんはどうにか出来る魔導技術があんだろうけどな。でなきゃ計画そのものを進めてるはずがねえ」
「だな!」
「御兄様、話を戻しますと、恐らく『獅子の咆哮』はここまで飛行してきた後、そのまま旧市街の真上に飛び上がって大結界の頂点の一つになるという訳ですよね?」
「ああ。どうも、そんな気がするんだ...根拠も証拠も無い想像だけどね」
「いえ、老錬金術師の話には無かったですけど、彼自身も色々と『推測だ』と言ってましたし、私にも御兄様の想像が正しいように思えます。そうすると...ひょっとして御兄様は、そのタイミングを妨害すれば大結界の起動を防げるというお考えですか?」
「あたり!」
「なるほど。ですが御兄様、『獅子の咆哮』の本体...浮遊兵器ですとか飛翔兵器ですとかが空の頂点まで昇って行くのは、『ラファレリアに毒ガスを撒いた後』になりますよね?」
「うん、そうだろうね」
「...あ、まさか、だからラファレリアを救うことよりも大結界を止めることを優先するという、先ほどの先生の言葉が...!」
そう言ってシンシアが息を飲んだ。
仕方が無いと分かっていても、最初からラファレリアの全市民を見捨てるプランだったら、さすがにシンシアも賛同できないだろう。
て言うか俺だって、そこまでドライにはなれないよシンシア?
それこそエルスカインじゃ無いんだからさ・・・
「いやいや違うってシンシア。今の時点で最初からラファレリアを見捨てる気は無いよ。どうしてもそうするしか無くなった時には諦めるしか無いかもしれない。だけど可能な限り頑張るつもりだ。もしも...もしも大結界を止める事とラファレリアの人々を救う事を両立させるために俺の命が必要になるんだったら、躊躇無くそうするさ」
「それは...」
「ダメとは言わせないぞシンシア。お前自身だってそうするだろうからね? でもそれは俺の役目だ」
「ですが...」
「仮定の話だし、タダの精神論だ。俺が死ぬような手段を実際に考えてるわけじゃ無いよ」
俺がそう言うと、こわばっていたシンシアの表情が少しだけ緩んだ。
「では、ルリオンからここに来るまでの間に、人の少ない場所で浮遊兵器を迎撃するんですね!」
「いや、それも難しいだろうな。もしもエルスカインが、ルリオンの王宮にエスメトリスが控えているにも関わらず『獅子の咆哮』を浮上させたとしたら、ヤツにはドラゴンに攻撃されても切り抜けられるという読みが有るはずだ。でなきゃ飛ばす意味が無い」
「いくら焦っていても、最初から無駄と分かっていることはしませんよね、エルスカインは」
「ああ、だから向こうだってルリオンからここまで飛ばす間に、アプレイスやエスメトリスから攻撃される可能性は織込み済みだと思う」
もしも・・・
もしもエルスカインが浮上させた『獅子の咆哮』をドラゴンに破壊されることを恐れていつまでも飛ばさないとしたら、それはそれで有り難い。
確実にラファレリアの地下と大結界をどうにか出来る目処が立つまで、エスメトリスとアプレイスに王宮でのんびり過ごして貰えばいいだけだからな・・・
だが、それは甘い考えだと思う。
そうなってくれたら有り難いけど、期待しちゃ駄目だろう。




