連鎖反応の結果
「ですから御兄様、これからエルスカインがやろうとしていることは、その最後の仕上げだと思うんです」
「ああ」
「問題は残り時間ですね。エルスカインが水路と井戸の準備を完成させるのに後どれくらい掛かるのか、これまでに配置されている魔力触媒が後どの程度長持ちするのか、それ次第かと」
「まぁ水路側の準備は終わってるだろうな。エルスカインの動きが目に見えて活発になってきているのが、その証拠だと思うよ」
「どんどん大胆になってますよね」
「だな...で、伯父上」
「なんでしょうライノ君?」
「魔力触媒がどのくらい長く効果を発揮出来るか計算できないですかね? それが分かれば、エルスカインが大結界を起動するまでのタイムリミットが見当付くと思うんです」
「うーん、それは使用する触媒の量や使い方はもちろん、流し込む魔力の量次第でもあるのでなんとも言えないですな。シンシアさんが存在を推定した魔道具の実物が手に入れば解析可能だと思いますが」
「じゃあムリか」
「それに御兄様、いまの時点では『そういう魔道具がある』と言うこと自体が私の想像に過ぎませんから」
「いや、俺もシンシアの推測は的を射てると思うよ。それに推測がどうであれ残り時間は少ないと考えるべきさ。楽観的に考える方が危ないからね」
俺がそう言うと、パジェス先生が口を挟んだ。
「僕はエルスカインのやって来たことについて君たちほど詳しくは無いけど、でもシンシア君の推測は正しいと思えるね。大結界の姿が浮かび上がるほど強い魔力の流れが数百年がかりで創られてるんだとしたら、後は増幅するだけだ。まさに、さっきの『二倍、四倍、八倍』って話だよ!」
「ですな。パジェス殿の言う通り、倍増させていく直前の段階まで来ているとすれば、シンシアさんの言う『最後の仕上げ』までは、きっと後一押しというところでしょう」
「そういうコトです伯父上、パジェス先生。残り時間が分からないなら、俺たちのやれることは『できるだけ早く行動する』しかありません」
「うん。僕もクローヴィス陛下も全面的に協力するし、この先どんな展開になろうとラファレリアを逃げ出す気は無いよ?」
「有り難うございます」
「礼を言うのはコッチさクライスさん」
「左様左様、私もライノ君が訪問してくれなかったら、いずれエルスカインの手にかかって死ぬか、あの屋敷で朽ち果てていた事でしょうしなぁ」
「ま、アレです。これまでに知り合った誰かの力が一つでも欠けていたら、俺たちはここまで辿り着けなかったと思いますからね...ともかく『最後の仕上げ』を阻止するだけです」
「だね!」
「うむ、この老骨も全力を果たしますぞ」
「頼みます」
「それで御兄様、この先、水路...つまりトンネルを流れる魔力が増大していくはずですけど、それは触媒の効果も更に強く引き出すことになりますよね? そんな中に送り込んで作業させるのは...」
「ホムンクルス部隊だよな?」
「ええ。マディアルグ王のホムンクルス達が『土木作業要員』だと、あの老錬金術師が言っていたのは、そういうコトかも知れませんね。事前にラファレリアにヒュドラの毒を撒いて市民を皆殺しにするのは、その邪魔をさせないためでしょう」
「ああ『獅子の咆哮』か。アレがルリオンの空に浮かんだら時間切れってワケだ。エスメトリスが止めようとしてくれるかもしれないけど、厳しいだろうな」
「私もそう思います御兄様。エルスカインはこちら側に二人のドラゴンが味方しているのを分かっています。エスメトリスさんがサラサスに残っていることも知っていて浮遊兵器を飛ばすとすれば、ドラゴンにすら邪魔させないという自信があるからでしょう」
「だよなぁ...」
「ねぇシンシア君。『獅子の咆哮』って前に話しに聞いた古代の殺戮兵器だよね? 聞けば聞くほど酷くて、吐き気がしそうだよ!」
「でも先生、エルスカインはそういう存在なんです。人らしい心なんて期待しちゃいけない相手なんですよ」
「そりゃ人じゃあ無い存在に人の心を求めても意味が無いよ、シンシア」
「ですね...」
「それでクライスさん。細かな話は脇に置いといて、いまのシンシア君の推測通りと考えた場合、今後どういう手を打つつもりかな?」
「残り時間が少ないのは間違いないですからね。ともかく、パジェス先生と伯父上には魔力障壁を魔道具化することを急いで貰いたいです。シンシアには魔力障壁を動かすゴーレムを、それとマリタンには『銀の枝』の改良を急いで貰って、出来上がり次第に乗り込むしか無いでしょう」
「まずは偵察ですね、御兄様」
「そうなんだけど、偵察のつもりで行ってみたら大結界を起動する寸前だった、なんて状況だったら目も当てられないからね。どのみち触媒鉱石の置き場は見つけ出さなきゃ行けないし、必要があればそのまま乗り込むくらいの気持ちでいようと思うよ。なんとしても『最後の一押し』を阻止しないとな?」
「もちろんですけど...」
「伯父上、さっきの話ですけど、注がれる魔力が一定なら触媒が臨界量を超える量も一定だとして、その時に使われる触媒の量が多いほど連鎖反応も早く、強くなるって理解で合っていますか?」
「ええ。ですから理想的な手法は、ギリギリまで小分けして隔離しておいた大量の鉱石を一気に一カ所に集めて、次の瞬間に出来るだけ大量の魔力を注ぎ込む、という事になります」
「それの作業者は死にますよね?」
「間違いなく」
「もし、その作業の段取りというか順番が崩れると?」
「たとえ強烈な連鎖反応が起きても、それは予定通りの規模というか、反応の進み方にはならないでしょうなぁ。増幅された魔力が一気に流れ出すというよりも、積み上げた鉱石のあちらこちらで無秩序に連鎖反応が起き始めて手が付けられなくなるでしょうからね」
「となると...エルスカインは伯父上の魔力障壁を使えないんだから、シンシアの推測通り、物理的に触媒鉱石の保管場所を分けてあるだろう。で、小分けして保管してあるとすれば、それは大結界の起動ギリギリまでそのままだ。それを一カ所にまとめる作業は、言っちゃぁ悪いが『死んでも構わない』ホムンクルス達がやるしかない」
「しかしライノ君、そこを攻めるとしても、ただヤツらの手順を崩しただけでは勝つことになりませんぞ? 大結界が起動できなくてもラファレリアが滅ぶことに変わりはありませんからな」
「例え死ぬ覚悟のホムンクルスが飛び込んでいっても、停止やコントロールは出来ないですか?」
「家が火事になったら、暖炉のように燃え方の調整なんて出来ないでしょう? それと同じですな。秩序が無い状態ですから、次に何がどうなるか誰にも予測できません。飛び込んでいったとしても、命の危険云々以前の問題として、手の施しようが無いと思いますぞ?」
「なるほど...」
「ですからライノ君、一度連鎖反応が始まったら、それがエルスカインの予定通りであろうと、そうで無かろうと、もう手出しは出来ないと考えるべきです。何ヶ月、いや何年掛かるか分かりませんが、触媒の力が燃え尽きて反応が収まるのを待つしかありません」
「要するに、仮になんらかの手段で大爆発というか大結界の起動を防いだとしても、いったん連鎖反応が始まってしまったら、結局ラファレリアは死の土地になる訳ですか?」
「残念ながら、そうなるでしょうな。その場合は、我々もエルスカインも、両方が敗者です」
「そうなるか...」
俺が思わず唇を噛むと、パジェス先生が俺に向かって指を一本立てて見せた。
そのジェスチャーの意味が分からなくて困惑する俺の顔を見ながらパジェス先生は指を前後に振って口を開く。
ああ、これは先生が生徒に何かを教える時の仕草って感じだな・・・
「それでも、なにも止められないよりはいいさクライスさん。ロワイエ卿、その場合でも大結界の起動は阻止できるんですよね?」
「それはそうですがパジェス殿、エルスカインが大結界に仕込んでいる魔法がなんであろうと関係なく、ラファレリア付近は高濃度の魔力が吹き荒れて、人が住める場所では無くなりますぞ?」
「ああ、もちろんそれは防ぎたいですよロワイエ卿。だけど、エルスカインが勝利してポルミサリア全域が支配されてしまうよりは...ポルミサリアの人々がみな奴隷にされてしまうよりは...被害がラファレリアとアルファニア王国だけで済むのなら、僕はそれを選ぶべきだと思うね」
うぉ、きっぱり言い切ったぁ!
いやはや、パジェス先生って本当に凄い人だよな・・・




