魔導装置の色々
「なんとも...遺言魔法でレスティーユ家の動きを封じたと思っていたのは、私の幻想だった訳か...」
「伯父様、幻想と言うことは無いと思います。それに、シャルティア殿がいまだ存命か、亡くなられた確証がレスティーユ家に無かったからこそ伯父様に手を出さなかった、ということも考えられますから」
遺言魔法の仕組みや効果は伯父上から詳しく聞いていないけれど、もしも何らかの魔法で遺言者や相続者の生死を確認できる仕組みだったとすれば、レスティーユ家も伯父上に手を出せなかったはずだもんな。
「なぁシンシア、その場合はシャルティア・レスティーユが生きている限り、魔力阻害の秘密は彼女が相続する...となると迂闊に伯父上にも手を出せないってワケだったんだな?」
「ええ御兄様。伯父様の遺言魔法で『ホムンクルス化されたシャルティア嬢』が相続できたかどうかは判りませんけど、もし亡くなられて『いなければ』、魔力阻害の秘密は世間に公表されず、何処にいるかも判らないシャルティア嬢が相続することになってしまいかねないですから」
「それもそうか...となるとシャルティア・レスティーユは存命している可能性が高いのか?」
「そう思えます御兄様。レスティーユ家は、お二人を同時に亡き者にするつもりで時期を待っていたのかも知れません」
「おぉぅ」
「もちろん、レスティーユ家が遺言魔法の効果をどの程度理解していたか、どう捉えていたかによりますけれど」
「なんとも...私はシャルティアを守るつもりで遺言魔法を使ったのに、むしろシャルティアに守られておったのだな...」
そう言って伯父上は顔を天井に向けたまま目を瞑った。
その瞼の裏には、俺も見せて貰った、あの幼き日のシャルティアの姿が浮かんでいたのかもしれない。
「それは結果論ですわ伯父様。私たちが屋敷を訪ねたことも偶然の成り行きなのですし、過去に遡って考えることは止めましょう?」
「そうですよ伯父上!」
「うむ...そうだな。有り難うシンシアさん。ライノ君も。しかしそうなると、私がここにいることでパジェス殿や王家にご迷惑...いや多大な危険を背負い込ませてしまうことになるのでは?」
「ロワイエ卿、こう言ってはなんですけど、僕の家はラファレリアにおける勇者一行の常宿みたいなものですよ? 世界が滅びるかどうかって時に、勇者の隣にいると我が身が危ないなんて僕も陛下も考えやしませんから、どうかお気になさらず」
「かたじけないですなパジェス殿」
「いえいえ。ところで話は変わるけど、クライスさんは高純度魔石を潤沢に持ってると言ってたよね? いくつか魔力阻害の実験に使わせて貰えると助かるんだけど、いいかな?」
「もちろんどうぞ!」
「ありがとうクライスさん。ではロワイエ卿、連鎖反応をコントロールするために魔力阻害障壁の出力をどう弄ればいいか、最大どの程度まで対応できそうか、一緒に実験しながらまとめてみませんか?」
「おお、そうですなパジェス殿。早速取り掛かりましょう!」
「じゃあパジェス先生、俺の持ってる高純度魔石をここに少し出しておきますから、好きなように好きなだけ使っちゃって下さい。もし足りなければ幾らでも追加しますから」
「うん、助かるよ」
俺がテーブルの上にザラザラっと手桶に三つ分ぐらいの高純度魔石を出したら、パジェス先生とオレリアさんと伯父上が、三人揃って腰を抜かしそうになった。
「クライスさん、いくら何でも限度ってモノがあるよ」
「え、多過ぎましたか?」
「こんなに使い切れる訳ないだろう? 魔力阻害と触媒制御の実験用で数個あると助かるなーって思ってたんだけど、コレ、この屋敷の魔導装置全部を動かし続けても百年以上は持ちそうだよ」
「足りないよりはいいかなって思ったので」
「それはそうなんだけどね。それは確かにそうなんだけど...」
「追加も出せますから遠慮無く使って下さい」
「なんとも...」
「コレはもうさぁ、シンシア君に渡す予定の方位魔法陣の利益配分なんて霞んじゃうねぇ!」
そう言いつつも、パジェス先生は随分と楽しそうだけど!
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パジェス邸への帰還から数日・・・伯父上は初対面の時は物静かなイメージだったけど、パジェス先生との邂逅で魔法と錬金への情熱に再び火が付いたらしく、ここに来てからは寝食を惜しむ勢いで実験に取り組んでいる。
むしろ日増しに元気になってきている感じで、この数日で見た目年齢すら少し若返ってる雰囲気だ。
いかにも溌剌としてるとか、そんな感じ?
「伯父上って屋敷で初めて会った時よりも、ここに来てからの方が断然元気そうですよね?」
「そりゃあライノ君、これほど興味深く驚くべきことが立て続けに起きて見たまえ! 考えたいことや試してみたいことが多すぎて、眠る暇すら惜しいと思うほどですぞ? いや、実際に惜しいな。睡眠を削れる魔法か薬品にも取り組んでみたいところだが...」
「伯父上、それはなんだか健康に悪そうな気がするので止めておきませんか?」
「そうだろうか...しかし睡眠時間を削減、もしくは撤廃することが出来れば喜ぶ人も多いのでは?」
「生き物の摂理に反してます。あと、ぶっちゃけシンシアに悪い影響が出ると困るので、出来ればやめて下さい」
「う...うーむ、そうか...うむ、確かにシンシアさんに悪い影響が出るのは良くないですな。そう言えば昔、妹も『夜更かしは美容の敵』だとか言っておった気がする」
「でしょう?」
「分かりましたライノ君。睡眠を削減する魔法には取り組まないでおきましょう」
確証はないのだけど、もし『肉体の健康』的には睡眠を取らなくても大丈夫に出来る魔法薬を作ることが出来たとしても、それに頼ると今度は『心の健康』を失ってしまいそうな気がするんだよな。
そして、いったん熱中すると寝食を忘れがちなシンシアや伯父上やパジェス先生にそんな魔法薬なんかを与えたりしたら、行き着くところまで行ってしまいそうな気がするよ・・・
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サビーナさんの方は、伯父上と一緒にパジェス邸へ避難してから数日してようやく精神状態に落ち着きを取り戻し、家事諸々でオレリアさんを手伝うことが出来るまでに回復した。
最初からパジェス先生は、今回の件が片付くまでメイドさん達を温泉で遊ばせておくままにしておくつもりだったそうで、オレリアさん一人では行き届かない部分の手入れなんかをサビーナさんが喜んで引き受けてくれた。
オレリアさんも助かってみたいだし、伯父上から聞いたところによると、むしろサビーナさんとしても『仕事がある方が心が平穏』なんだそうだ。
まぁ気持ちは分かるな。
「そう言えばオレリアさん、馬車の御者の方とか馬丁の方とか、そちらの人達の世話は大丈夫なんですか? なんだったら、サビーナさんにはそっちの仕事に回って貰うように伯父上に話しますけど?」
「あら! クライスさん達には、まだお話ししてなかったのですわね!」
「は?」
「あの御者は人ではございませんので、普通の意味での世話は不要なのですわ」
「人では無い?...え? えぇっ!」
人じゃないって、まさかホムンクルスじゃないよね?
見た目は普通のエルフ族のようだったけど、そんな妙な気配なんかじゃなかったし・・・
いや、そもそも気配をちゃんと感じ取ってなかった気がするな。
「あの御者は、人のカタチをした『魔導装置』ですのよ」
「マジで?」
「はい。姿や振る舞いが人のように見えるだけで人ではありませんし、心や意識がある訳でもございません。単に言葉で指示を受け取って馬車を走らせるだけの魔道具です」
「だけ、って...いや、それって凄いコトですよね!」
「実を言えば馬車を引いている『馬』そのものが魔導装置ですわ。本当は御者すら不要なのですけど、御者のいない馬車が街中を走っていると大騒ぎになってしまいますから」
魔導装置と言うからには、つまり馬も御者も『ゴーレム』の一種って事か!
今さらながらコレはビックリだ。
正直、あの御者は普通に『男装の女性』だと思っていたし、馬自体さえも作り物だったなんて思いもしなかった。
逆に『変な気配がなかったから気が付かなかった』ってのは言い訳じみてるかな?
「確かに御者無しの馬車が道を走っていたら、傍目には暴走ですよね。衛士隊が出動する騒ぎだ...いや、それにしても驚きました!」
俺がそう言うとオレリアさんは柔らかく微笑んだ。
パジェス先生は本当に奥が深いというか、天才であるシンシアが師匠と仰ぐほどの度を超えた天才なんだと改めて納得できるよ。




