ロワイエ家から撤収
「なるほど。ライノ君の言っている意味が良く分かりました。そんな早い攻撃を防ぐなんて、とても私には出来ませんからね」
「だから障壁は消しちゃダメです」
「ええ...安心、いや『慢心』しててはいかんですな。ならば、庭にテーブルでも出して続きを話しましょうかシンシアさん。皆と一緒の方が良いでしょう?」
「はい。お気遣いありがとうございます」
「いえいえ」
「ところで伯父上、遺言魔法の中身はレスティーユ家、ひいてはエルスカインにも伝わっているんですよね?」
「ええ。私の遺言魔法は本当に作動していますから、私が死ねば即座に魔力阻害の手法は世間に知れ渡ってしまいます。いまは私も、それを良い事だとは思わなくなりましたが」
「じゃあ解除は出来ないですね」
「過去に魔法が動いている証拠をレスティーユ家に提示してしまっているので、遺言魔法が解除されたと知れた途端に、私は襲われてしまうでしょうね」
「遺言内容の変更は可能なんですか?」
「可能なのですが...変更したことはレスティーユ家にも伝わります。その時点で『世間への公表を取り下げた』と知られるでしょうな」
確かにエルスカインほどの頭脳の持ち主なら、それが何を意味しているかはすぐに推察するだろう。
その結果として、具体的にどんな脅威が襲ってくるかと言うよりも、コッチの考えを読まれるのが面倒だな。
「しかし、先ほども言いましたがライノ君は私の相続者ですぞ? つまり、ライノ君が生きていれば、私が死んでも魔力阻害の秘密が世間に流れ出ることは無い、という訳ですな。私がライノ君をシャルティアに代わる相続者と認定したこと自体はレスティーユ家には伝わりません。せいぜい心配させておきましょう!」
うーん、仮に伯父上が亡くなっても俺とシンシアが口を噤んでいれば、魔力阻害の秘密は永遠に知られぬままに出来るってコトだけど・・・嬉しくないというか、ぶっちゃけ重いなソレ!
「遺言魔法は本人の死と同時に発動して止めることも出来ません。あの時は色々と追い詰められていて必死でしたけど、いま考えてみれば、遺言魔法自体も割と危険なシロモノですな!」
そりゃそうだよ!
術者が死ぬと問答無用で発動する魔法なんて、使い方次第では『呪い』の一種にもなりうるだろうし・・・
探知魔法や宣誓魔法のように『悪用させない仕組み』を持たせてからじゃ無いと、とても公表なんて出来ないな。
我が大伯父に対して失礼ながら、伯父上は学者に有りがちと言うか、興味が先走ると後のことは余り考えないタイプっぽい。
「しかし通常資産の相続は、この遺言とは無関係に手続きできますから大丈夫ですよ?」
「いや、それは別に...ん? 二重に遺言を残せるんですか?」
「単なる遺産相続に、私の開発した遺言魔法は必要ありませんからね。普通に契約の魔法で記した書面を公証人に預ければ大丈夫です」
「ちなみに、ここの土地の公証人は?」
「ふむ...当然レスティーユ家の一門に関わりを持つでしょうなぁ...」
「ですよね」
「こうしましょうライノ君。幸い、私は形だけとは言え『准男爵』の位を頂戴しています。叙爵したのは昔のレスティーユ家ですが、たとえ准であろうと世襲できる爵位を持つ者は、王宮の『紋章院』から認印を貰えるのですよ」
「えっと、それは?」
「作成した遺言状を土地の公証人や寄親であるレスティーユ家に渡したりせず、直接、王宮の紋章院に預けることが出来るという訳です。そうなったらレスティーユ家も手を出せません。権力を濫用して遺書の中身を勝手に書き換えられる等という心配は無用になります」
それって、実質的に現王家の管理下に置くという事になる訳だな。
コンスタン卿は歯がみするだろうけど、クローヴィス国王にも念を押しておけば、レスティーユ家の配下から変な歪曲工作を仕掛けられる可能性はぐっと減らせるはずだ。
「あの、ふと考えたのですけど御兄様...」
「御兄様?」
俺へのシンシアの呼びかけを聞いて、伯父上がキョトンとした表情をする。
「あ、それは伯父様、私たちは婚約する前から『義兄妹』の契りを結んでいたので、つい今でもその呼び方のままなんです」
「なんとそうでしたか! あ、いや、話の腰を折って済みませんでしたなシンシアさん」
「いえ伯父様、こちらこそ説明不足ですみません」
伯父上はシンシアから『伯父様』と呼ばれるのが、ことのほか嬉しそうだな。
なんとなく気持ちは分かるけど。
「で、なんだいシンシア?」
「王宮の紋章院に公正な遺書を残せるのでしたら、そこに『魔力阻害の手法を含む知的資産も全て譲る』と、伯父様に記載して貰えばいいのではありませんか? こちらの指示するタイミングで遺言内容を公表するように話しておけば、御兄様が伯父様の全てを受け継いだとエルスカインに知らせることが出来ます」
「いやそれだと伯父上の身が危険になるだろう?」
「今と変わらないかと? レスティーユ家はシャルティア・レスティーユ姫の子息である御兄様が生きていることを分かっているはずです」
「ああ、それはそうだよ」
「そして、この遺言の公表で『勇者ライノ・クライス』と『ロワイエ家の継承者ライノ・クライス』が同一人物であることをハッキリと知ります」
「ん、そうなると...」
「連中は大慌てするでしょうな!」
「そうです伯父様!」
俺が言おうとしたことを、伯父上に先を越されてしまった。
ともかくシンシアの言いたいことは、あえて大っぴらに俺が魔法阻害の秘術を得たと広めて、エルスカイン達を慌てさせることだ。
そうなったらもう、これまで以上に連中はなりふり構わず俺を潰しに来るだろうね・・・
「俺たちがここに来ていたことは早晩、連中も気が付くだろうな。そうなったら危険度は同じか」
「そう思います」
「でも、ここに伯父上を一人残していくのは避けたいな。いくら魔力阻害の守りがあっても、エルスカインの本気の攻撃は防ぎきれないかもしれないし...ここに伯父上がいることで、領地の人々に危険が及ぶ心配もあるからね」
「ヒップ島はどうでしょう?」
「ああ、俺も考えてた」
「それに、魔力阻害と遺言魔法の扱い方については先生にも相談してみるのが良いと思います。魔力阻害の方法自体は伯父様に教えて頂けても、地下に溜め込まれている大量の魔石に対して魔力触媒を用いた連鎖反応が始まった場合、それを止めるのは単純な話では無いように思えますから」
「ああ、坂道を転がり始めた岩を止めるのは、動かし始める時の何百倍もの力がいるって話だな?」
「そうです御兄様。高純度魔石の量が『瓶や壺の中』という程度ならともかく、倉庫いっぱいとなると、伯父様の障壁の応用でどこまで押し留められるか検討が必要かと...」
「ふむ...さきほどライノ君も、ラファレリアの地下に高純度魔石が数万個あるかもしれないと言ってましたが、確かにその量となると...単純に魔力阻害の障壁でくるんでも、爆発的な反応に押し負けてしまう可能性がないとも言えませんな...」
「はい伯父様。間違いなくアルファニアと周辺諸国を滅ぼすに足る量が蓄積されているはずです」
「伯父上もすぐに俺たちと一緒に来て下さい。連中に覚られる前にここを出たほうがいいでしょう」
「しかしライノ君、屋敷の使用人達は残していっても良いのだろうか? サビーナをここに残していくのは心配なのだが...」
「他に何人ぐらいいるんですか?」
「住み込みで働いて貰っているのはサビーナだけですな。私も出掛けないし客も来ないので、普通なら面倒を見る相手は私一人ですからね。庭師は通いですし、馬車も手放しましたので馬丁も不要というわけで」
「他の通いの方々は、これまで普通に屋敷や領地を出入りしてたんですよね?」
「うむ。敷地を出られない私の代わりに、買物や外での用事は全て人に任せていたからね」
「だったら大丈夫でしょう。エルスカインは無駄なことは一切しませんからね。伯父上が姿を消せば、通いの使用人達が狙われる理由はありません...ただ、留守中にホムンクルスを送り込まれないようにと言う意味でも、屋敷の障壁はそのままにしておく必要があります」
「ではそうしておくとしましょう」
紋章院に遺書を預ければ、伯父上が領地を出たことはすぐに伝わるだろう。
留守宅を荒らしたりはしなくても、ここに戻って来た時の罠としてホムンクルスを近場に仕込んでおこうする可能性が無いとも言えないからな。
まぁ、屋敷に踏み込もうとして魔力阻害にやられるより前に、パルレアの結界に尻尾を巻いて近づきも出来ないだろうけど、念には念だ。




