新しい家族
「さてクライスさん。私としては本当なら『奇跡的に巡り会えた家族』である貴方とこのまま語り合っていたいのですけど、夜中にここを訪問された様子から見るに、恐らく貴方は非常に急いでいるのではないかと思えますぞ?」
「ええ、正直あまり時間の猶予は無いと考えているので...先ほどの話に戻りますが、アベール卿には諸々を信じて頂けたということで、件の『魔力の連鎖反応を停める方法』をご教示頂けますか?」
言われるまでも無くエルスカインを止めるための『残り時間』は少ないだろうけど、なによりも嫌なのは『後どのくらいの猶予があるか?』が俺たちには全く判らないってコトだな。
「もちろんすぐにお教えいたしましょう! いかに捻くれている私だって、世界を道連れに滅びたいなんて思いはしませんぞクライスさん? それに、可愛かったシャルティアがまだ生きているかもしれないと分かった上に、相続者まで現れたんですからな」
「相続?」
「クライスさん、貴方は間違いなく肉親で、私の相続者だ。姪孫なんですから、自分自身の子供がおらず姪のシャルティアの消息が不明な今、私にとっては第一、いや、唯一の相続者ですぞ!」
「あ...それはまぁ...そうかも知れませんが....」
「そうですとも。後ほど、『エドヴァル出身の破邪ライノ・クライス氏』にロワイエ家の全てを譲渡するという書面を作成しておきましょう」
「いえ、特に資産をお譲り頂く必要は...」
「もちろん『魔力を阻害する手段』、つまり『連鎖反応を停める方法』についてはすぐにお伝えしますぞ。この技術も広い意味ではロワイエ家の知的資産の一部と言うことになりますからな!」
「おおっ、有り難うございますアベール卿! 心から御礼を言わせて下さい!」
やっぱり思い切ってダイレクトに訪問して良かった・・・
もしも、銀ジョッキで探れなかったということで『敵判定』して立ち去っていたらと考えると、逆にゾッとする。
「クライスさん、身内だと分かったのですから『卿』はやめて下さい。私の事は...大伯父では少々年寄り臭いですな...単に『伯父さん』とでも読んで貰えれば幸せです」
「っと...では、伯父上くらいで?」
「ええ」
「だったら、俺のことはライノと呼んでください」
「正体は勇者さまなのにですか?」
「伯父上は、その勇者の身内ってワケでしょう? さん付けもナシで呼び捨てのライノでいいです」
「では親しみを込めてライノ君と呼ばせて貰いましょう」
俺を呼び捨てじゃあ無くて、わざわざ『君付け』で呼ぶなんてエドヴァルの農村で暮らしてた頃の村長くらいだったよな。
ちょっと、こそばゆい感じだ。
「じゃあそれで。伯父上、早速の相談なんですけど...魔力を阻害する手段に付いては、俺よりも魔法に詳しい仲間に教えて頂くってことにしても良いですか?」
「ライノ君のお仲間ですか。で有れば、もちろん構いませんが?」
どう考えても、連鎖反応を停める方法については、俺が聞いて皆に教えるよりも直接シンシアに聞いて貰った方が、千倍くらい確実で情報の精度が高くなるって気がするからな!
「助かります伯父上。彼女は俺よりもよほど理解が早いと思うし、俺の婚約者でもあるんです。だから信頼して下さい」
「ライノ君の婚約者ですと? では私にとっても新たに身内が増えることになる訳ですな! それは大変喜ばしいことです」
「早速ここに呼び寄せたいんですけど、いまからでも良いですか?」
「ええ勿論ですとも」
アベール卿・・・もとい『アベール大伯父さん』に仲間を呼び寄せる仕組みを説明してから、俺一人で庭に出て指通信をする。
大伯父さんは興味津々だったけど、精霊魔法の説明は後回しだ。
指通信を起動すると、呼び出す・・・と言う間もないくらい瞬時にシンシアと繋がって、むしろちょっとビックリした。
< お、シンシア、聞こえるか? >
< 御兄様っ、ご無事で!? >
< ああ、何の問題も無い。アベール・ロワイエ卿は無事で、本当に俺の『大伯父さん』だったよ。それで色々あってアベールさんと話し込んでいたんで連絡できなかったんだ >
< そうでしたか! ともかく無事で嬉しいです! >
< 大袈裟だなぁ >
< 大袈裟なんかじゃ有りませんっ! 私がどれほど心配していたのか分かって下さい! >
場を和らげようとしたらシンシアに怒られた。
< もう御兄様はいつもいつも人の気も知らずに...バシュラール家の別荘の時だって...>
< あ、うん。ゴメンゴメン...でな、早速、例の連鎖反応を停める手段は無事に教えて貰えることになったんだけど、俺が聞くよりもシンシアに聞いて貰った方がいいと思ってな? >
< では一緒に聞かせて下さい >
< そうしよう。ただ、アベールさん...伯父上の身の安全を守るために、この屋敷自体の魔力障壁は解除できないんだ。いまは俺も庭に出てから指通信してるんだよ >
< そうすると... >
< ああ、魔力の塊みたいなマリタンやアプレイスは、まだ屋敷内に踏み込まない方がいいだろう。一応パルレアもだな。シンシアも小箱はアプレイスに預かって貰って、そこに置いてきた方がいいと思う >
< わかりました >
< 伯父上の許可は取ったから、いまからここに来て貰えるかい? >
< はい! すぐに行きます! >
じゃあ庭で...と続けて言おうとしたら、もう道の向こうにシンシアが立っていた。
俺の身を案じて屋敷が見える場所で待機してくれていたんだろうけど、即座に小箱をアプレイスに押しつけて跳躍してきたな?
小走りに駆けよってきたシンシアを連れて屋内に戻り、伯父上に紹介する。
「伯父上、彼女が勇者の一員で俺の婚約者でもあるシンシアです。生まれはミルシュラントですが、ラファレリアにも長く滞在していました。シンシア、この人がアベール・ロワイエさん。平たく言えば俺の祖母の兄、つまり大伯父だな」
「では、アベール卿は私の大伯父さまになられるんですね! シンシアです。どうぞよろしくお願いします!」
シンシアのこの言葉を聞いて、伯父上が思いっきり相好を崩した。
見るからに好々爺って感じ!
「私の方こそ、どうぞよろしくお願いしますぞシンシアさん。ああ、ライノ君に出会えた上に、いきなり家族が二人も増えるとは! 人生にこんな喜ばしいことが起きるとは夢にも思いませんでしたなぁ...」
「私も、おにぃ...ぉ、夫となる人の家族に出会えて本当に嬉しいです!」
「うんうん、そうですか。ならばお互いに良かったですなぁ!」
「はい!」
俺の血筋は言うまでも無く、リンスワルド家も四百年以上前はレスティーユ侯爵家の傍流に繋がる家門だったってのも因果な巡り合わせだよな・・・
まぁ姫様は「レスティーユ家は王家とも血縁がある」って言ってたし、大貴族ともなれば、色々な有力家と婚姻関係を結んでるんだろうけどさ。
ともかく伯父上にシンシアを紹介し終わると早速、連鎖反応を停めるための『魔力阻害』の手段について伝授して貰うことになった。
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そしていま・・・ダイニングテーブルに座る俺とシンシアの前には、山のような本とノートが積み上げられていた。
これらが全て、伯父上が魔力反応の阻害現象を発見するに至った研究の記録と、その参考書籍だ。
真面目に全部読んでいたら・・・読んだ内容が俺に理解できるとしても・・・読むだけで数ヶ月はかかりそう。
もちろん必要なこととは言え、それほどの時間的猶予は無いだろう。
伯父上は『遺言魔法で世界に公開する』とレスティーユ家に宣言していた以上、要点をまとめた論文はとっくの昔から用意されていて、いまも説明自体はその論文をベースに話してくれているのだけど・・・正直、伯父上の丁寧な説明も、俺にとってはスルスルと理解できるとは言い難い。
理由は俺の、魔法に関する根本的な知識不足だけどさ。
いつぞやアーブルで出会ったバティーニュ准男爵から、シンシアが経済について教えて貰うことになった時と同じような雰囲気だな・・・
これなら伯父上には、むしろシンシアに対して一対一のマンツーマンで伝授して貰う方が、俺が足を引っ張ると言うか進行を妨げない分だけ効率が良いような気がする。
これもまた適材適所ってヤツだろう。
シンシアは少しだけ反対したものの、ぶっちゃけ彼女の判断でも『学習効率が良いのはどちらか瞭然』ということで受け入れてくれたのでホッとしたよ。




