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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第九部:大結界の中心
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二十年の隠遁生活


「先に一つだけ弁明しておきますよ。俺は勇者になった時に大精霊に魂を練り直されているので、その影響でオーラが生来のモノとは変わっている可能性があるかもしれない。もし違っていたからといって、即座に俺を殺すって事にはしないで頂けると有り難いですね」


「勇者を殺すなんて大それた行いが、果たして私に出来ますかな?」


アベール卿が大袈裟な口ぶりで返しつつ、俺にオーラ測定器とやらを向ける。

しばらくそうして何らかの操作を続けていたが、やがて、その装置から細紐で繋がっている卓上の魔道具を眺めて大きな溜息をついた。


*「判定はどうでしたか、アベール卿?」


「えぇ...正直に言いましょう。間違いなくクライスさんはシャルティアの子供であるとしか思えませんな。このパターンの類似性は、もはや偶然の一致というレベルでは無いでしょう」


セーフだ!

そしてアベール卿はやっぱり冷静だ!

それにしても、勇者になってもオーラが変化してなくて本当に良かったよ。


・・・アレ?


もしもレスティーユ城に行った時に、シンシア謹製の『身隠しの魔法』を仕込んだメダルでオーラも変えてなかったらヤバかったのかも?・・・

思わぬ処でソブリンでの経験が功を奏したな!


「この屋敷に入れた時点で、血縁者を素材にしたホムンクルスでもありませんし...それに、私は実際に測ったことがありませんが、ホムンクルスのオーラは本物、いや、人族とは全く違うらしいですぞ?」


あー、確かにホムンクルスって気配だけで分かるもんな・・・


「どうやら貴方は本当に私の姪の子供、つまり姪孫(てっそん)のようだ。いやはや、この年になって、これほど衝撃的な出来事に遭遇するとは思いもよりませんでしたがな!」

「俺としても、嘘つきにならずに済んでホッとしていますよ」


「私も貴方を抹殺する羽目にならなくて嬉しいですぞ!」


待って待って、いまサラッと『抹殺』って言った!

どうりで魔力を阻害する障壁のこととか気軽に話してくれたワケだよ・・・もしも敵対者だと判断したら、この家から出さない気だったんだろうな。


「しかし...クライスさんがシャルティアの実の息子だと言うことは、あの子はまだ存命なのですかな? とすれば、いったい今どこに?」


「それは分かりません。正直に言うと俺は、実の母であるシャルティア・レスティーユという人に会ったことさえ無いんです」


そうして俺は、自分の知る生い立ちと大精霊に教えて貰ったことについて、全てをアベール卿に話した。

まだ彼が味方になってくれると確定したワケじゃあ無いけれど、俺の母親の伯父ならば、知る権利が有るように思えたからだ。


++++++++++


その後は随分と長くアベール卿と話し込んでしまった。


彼の方も自分の置かれている状況を詳しく説明してくれたけど、その言葉を信じるならば、いまだにロワイエ家はエルスカインにもレスティーユ家にも支配されてはいない。

それも決して『目こぼし』されているのでは無く、この二十年間『手が出せなかった』という事のようだ。


が・・・その『手が出せない』理由は予想以上に壮絶だった。


あの『錬金素材の変遷』の出版以降、エルスカイン一派からの接触はもちろん有って、中には彼が実験的に自分の屋敷に施しておいた『あらゆる魔法を通過させない障壁』を通ろうとした瞬間に、本当に土くれになって崩れ落ちたホムンクルスさえいたらしい。

障壁は魔力そのものを阻害するのだから、シンシアの言う通りのことが実際に起きていたって訳だ。


アベール卿は学術的な意味での魔導技術と錬金術の研究に没頭していたあまり、不幸にも社会的な観点がおろそかだった。

そのために『魔力触媒の連鎖反応を止める手段』が物議を醸すシロモノだと気付かないまま、迂闊にもそれを著書の一文に書いてしまったようだ。


結果として不穏な出来事が連続した挙げ句、これまで領地管理と納税以外のやり取りなどしたことも無かった上位貴族のレスティーユ家から出頭命令が届くに至る。


そこでようやく彼は、自分が存在を示した『魔力触媒の連鎖反応を停める方法』が、すなわち『魔法の発動自体を阻害する手段』でもあり、思いがけない余波を生み出していることに気が付いた。

同時に、単なる実験のつもりで屋敷に張り巡らせた障壁が、自分の命を護っていたらしいことも・・・


慌てたアベール卿は一計を案じ、まずレスティーユ家に対して『自分はとある魔導実験の悪影響で、魔法を阻害する障壁の中から一歩も出られなくなっているので、コルマーラを訪問できない』と返事を書き、さらに『独自の遺言の魔法によって、自分が死んで相続人がいない場合は、自分が持つ全ての錬金術と魔導技術の知識は全て無償で公表されることになっている』と書き添えたそうだ。


彼としては、『自分が死ねば公表される』と釘を刺して自分の命を護ることと同時に、『相続者がいる限り公表されない』という条件も付けることで、レスティーユ家にいる姪っ子、つまりシャルティアの身の安全を確保するつもりだったらしい。


ところが、『ならばシャルティアを手中に収めれば良い』と考えたレスティーユ家は逆に、彼女を言いなりになるホムンクルスにする目的で殺そうとしたのだ。

それは失敗して逃亡されたが、コンスタン卿は世間に向けて『シャルティアは狩猟会での事故で谷底に落ちて死んだ』と証拠を確認できない嘘を発表して、彼女が表舞台に戻れないように謀った。


もちろんアベール卿はシャルティアの死は信じたものの、それが暗殺だと察してレスティーユ家と対峙する道を選んだワケだ。


レスティーユ家も唯一の相続者であるシャルティアを確保できなかった以上、アベール卿が死ねば『魔力阻害』の秘密は世間に公表されてしまうのだから、アプレイスが言ったように軍隊で押し掛けて力尽くで言うことを聞かせる、という訳にも行かない。

むしろ、追い詰められて自暴自棄になったアベール卿が自身の命を(かえり)みずに公表に踏み切ることを恐れて、ロワイエ家に対して『不干渉』を表明し、一切のアプローチを取りやめたそうだ。


エルスカイン側にしてみれば、大結界が動き出すまでの間、アベール卿が世間と触れ合わずに大人しくしてくれているならそれで結構、そして大結界が動き出した後は公表など出来る状況ではないって事だろうな。


以来、二十年間に渡ってアベール卿はこの屋敷のある敷地から一歩も外に出ていないらしい。

魔法の研究以外にする事は無く、訪問者に会うのは屋敷の中でのみ。

そりゃあ退屈だろうね・・・

俺が敷地に入ってきた時に、待ち構えていたようにドアを開けてくれたのも分かる気がするよ。


ただ、二十年籠もっていたと言っても、敷地から出てないのはアベール卿だけだろうな。

さっきの使用人女性も二十年前から一緒に籠もっているとは考えにくいし、屋根裏部屋で本を読んでいた子供はどうなんだってことも有る。


まさか、この屋敷で生まれてから一度も外に出たことがないとか?

そんな悲惨な育ち方をしているとは、さすがに考えたくないけどな・・・


++++++++++


「ところで、お子さんかお孫さんか分かりませんが、アベール卿は子供さんと一緒に暮らしてますよね?」

「いや、私の他には使用人しかいませんぞ?」

「でも、屋根裏部屋で本を読んでいた子供の姿を外から見たんですが?」


俺がそう言うと、アベール卿はまたぎょっとした表情を見せた。


「どうやって見たのですか?」

「覗き見したようですみません。勇者なんで短距離なら空も飛べるんです。先に屋敷の様子を外から窺おうとした時に天窓から見えました」


「なるほど。しかし、ここの敷地を球形にくるんでいる警報空間に踏み込んでいれば、私に察知できたはずなのですが?」


「精霊魔法の不可視結界を使っていましたから、検知出来なかったんだろうと思いますよ」

「よもや精霊魔法とは...噂でしか聞いたことがありませんでしたが、さすがに本物の勇者となれば精霊の魔法も使えるのですな」

「大精霊の力を借りてますからね」

「世の中には、まだまだ知らないことが多いですなぁ...それはともかく、クライスさんが見た少女は、その...もう実在してはいないのですよ」


えっ? 

実在してないって、どういうことだ?


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