打ち明け話
「そりゃ考えましたよ。勇者だって普通に死にますからね。その上で話し合う道を取ることにしたんです」
「ほう、そうですか。では焦点は話し合いとやらの内容ですな?」
「ええ。それが先ほどの...」
俺が言葉を繋ごうとした時、客間のドアがノックされて、それとほぼ同時にサビーナさんが大きなトレイを両手に抱え、背中でドアを押し開けて入ってきた。
器用な人だ。
ドアノブがレバー形式だったのはそのためって訳でも無いだろうけど、ノックの音が少しくぐもった感じだったのは、ひょっとして靴の踵でドアを蹴ったのでは?
「お待たせしました旦那様、お客様。簡素で申し訳ありませんが、ドライソーセージとチーズに胡瓜の酢漬け、それに薄切りのパンを添えて持ってまいりました」
「ああ、ありがとうサビーナ」
「サビーナさんありがとうございます。頂戴します」
「あらやだ、私にさん付けなんてしないでくださいな、お客さま!」
室内にはそれなりに緊張した空気があったと思うんだけど、全く気づかないのか、それとも意に介さないのか、サビーナさんはニコニコとそう言いつつ、俺とアベール卿にお茶を淹れてくれる。
「まあ、摘んでくださいクライスさん」
「ええ、頂きます」
なんだろう?
ひょっとして『殺し合い』が始まるかもって流れのはずなんだけど、その相手から穏やかにスナックを勧められ、しかもそれが妙に美味しそうでそそられる。
勇者の体で毒の心配なんかしても仕方ないので、素直にドライソーセージとチーズの載った薄切りパンに手を出した。
うん、見た目の予想に違わず美味しいドライソーセージとチーズだ。
サビーナさんが退出するとアベール卿も寛いだ姿勢になり、優雅な仕草で御茶を啜っている。
不思議な状況だな・・・
「それで話を戻しますがクライスさん...私はあの本に『錬成素材の生成過程における連鎖反応』が起こりうることと、それを起こす方法もあれば止める方法もあると言うことは確かに書きましたが、『魔力触媒の連鎖反応』についてはハッキリと書いてないのですぞ?」
「そうでしたね」
「ですが貴方は、最初から『魔力触媒を通した連鎖反応』を止める手段について知りたいと仰った。しかも反応を引き起こす方法では無く、『止める方法』を知りたいとね?」
「ええ、確かに」
「その理由をお聞かせ願えますかな?」
「意図的に引き起こされる魔力触媒の暴走を阻止したいからです」
「意図的な暴走ですと? 誰がそんなことを?」
「エルスカインですよ。ご存じでしょう? それに、どうやらレスティーユ侯爵家も関わっているようですが」
アベール卿は、手にしたティーカップの中を見つめて黙り込んだ。
一瞬で硬直した仮面のような表情だ。
その下でどんな思惑が動いているのか分かりづらい。
だけど、『魔力を阻害する』ような守りで屋敷を覆っているのだから、エルスカインの存在に触れたことが無いとは思えない。
「クライスさんは、いったい何者なのですか?」
「勇者ですよ」
「ですが、勇者は人の世政に関わってくる存在では無いでしょう? 確かにレスティーユ侯爵家は強大で、ひょっとするとアルファニアという国その物の支配を狙っていても不思議ではありません。ですが、それは勇者にとってはあずかり知らぬ事なのでは?」
「もちろんそうです」
「その『勇者』が貴族の勢力争いに関与するのはなにゆえに? 貴方は誰の意図を汲んで訪れたのでしょうかな?」
俺が勇者だと言っても、エルスカインの名を出しても、アベール卿の基本的な態度は変わらないようだ。
もちろん、もっと情報を引き出すために『何食わぬ顔をしている』可能性は排除できないけど、俺にはそうは思えなかった。
レスティーユ侯爵家はともかく、少なくともエルスカインからの支配を受けてはいないように感じられる。
「もしもそれを誰かの意図と言うならば、『大精霊アスワン』の意図ということになりますけどね...」
「不可知の存在で有る大精霊が、自ら人の世の治政に関わると?」
「誤解がありますねアベール卿。もちろんアスワンの意志に貴族だの王族だのは関係ないですし、どこの国かも関係ない。さっきの言葉をより正確に言い直せば、俺達は『意図的に引き起こされる魔力触媒の暴走によって世界が崩壊する危機』を回避したいんですよ」
「世界の崩壊ですと? そんな馬鹿な」
「そうでしょうか?」
「魔力触媒の効果がどれほど大きくて、かつ不安定だと言っても、世界を滅ぼすというのは少々大袈裟に過ぎますぞ」
うーん、まあこれが普通の人の反応なのかな?
もっとも、連鎖反応を停める技術を発見し、こんな奇妙な守りを施した屋敷に籠もっている人物を『普通』と表現していいかは微妙だけど。
「可能ですね」
「そう思われる理由は?」
「過去に実例があるからですよ」
「馬鹿な!」
「かつて北方地域に住んでいた巨人族は、偶然掘り出した『魔力触媒の鉱石』を迂闊に扱って滅びました。恐らくは種族全体に作用する魔法の効果を触媒の力で倍増させようと試みて、制御しきれなくなったのだろうと言われています」
「巨人族? いや、まさか...」
「いまでは巨人族は、僅かな遺跡とお伽話の伝承に痕跡を残すだけの存在ですけど、先史時代にはそれなりに有力な種族だった。でも、それが一人残らず消えたんですよ?」
「だからと言えど...」
「巨人族と交流を持っていたドワーフの間では、彼らが『滅びの石』を掘り当て、そのせいで滅んだという伝承が確かに残っているんです。その滅びの石というのが魔力触媒の鉱石でしょう」
巨人族の顛末を耳にしたアベール卿の顔からほんの一瞬だけ仮面が消えて、ぎょっとしたような表情が生じた。
「では、我々エルフに対しても同じ事が起こりうると、そう仰いますか?」
「エルフも人間もドワーフも、獣人やピクシー、コリガン、諸々の種族ひっくるめて全ての人族が、です。エルスカインは、そのための巨大な仕掛けをすでに完成させようとしています。魔力触媒は、その起動に使われるはずです」
俺は破邪の装いのポケットに入れておいた高純度魔石を一つとりだして、アベール卿に掲げて見せた。
「ラファレリアの地下に、これと同じ高純度魔石が何千個...いや何万個と蓄積されて、それが魔力触媒による連鎖反応を起こし始めたら、ラファレリアはどうなると思います?」
「...跡形も無く吹き飛ぶかも知れませんな」
「かもしれません。でもヤツの狙っていることはラファレリアの消滅なんてちっぽけな話じゃないんです」
「クライスさん、アルファニアの王都消滅を『ちっぽけな話』と仰るのは、いささか無慈悲に思えますぞ?」
どう言葉を返そうか思いつけずに咄嗟に口にした・・・アベール卿の口ぶりはそんな感じにも思えた。
いまふと思いついたけど、ひょっとしたらレスティーユ侯爵は単純に、『ラファレリアを消滅させるだけ』だとエルスカインに吹き込まれている可能性もあるよな・・・で、王都と王家一切が消えた後に、コルマーラがアルファニアの新たな首都となり、レスティーユ家がアルファニアを支配する、と・・・いかにもエルスカインなら言いそうなことじゃないか。
「実際にエルスカインが引き起こそうとしていることは、ラファレリアの消滅が小さく見えるほどの大災害だからですよ」
「なんですと?」
「アルファニア全土と周辺国家のかなりの部分がエルスカインの構築した仕掛け...『大結界』の範囲に含まれて、その中にいる人族は全て死滅します。生き残るのはエルスカインに恭順して特殊な処置を受けた者だけ...まぁ生き延びたとしても、全員がエルスカインの奴隷になるんですけどね」
「処置?...それはホムンクルスにされて奴隷になる、という事ですかな?」
「いや、それは違います。もちろんホムンクルスも沢山造られるでしょうけど、むしろエルスカインの造る新しい国においてホムンクルスになるのは『上級市民』だけらしいですよ?」
「上級市民?」
「貴族みたいな感じでしょう。古代の社会でも、現代の庶民と貴族家のような階級の区別はあったそうですから」
「むしろ、それが無いのは、ごく小さな共同体だけででしょうな。人というものはそういう生き物だ」
確かにコリガンやピクシーに貴族がいるとか階級があるって話は聞かなかったな・・・
『村長《むらおさ》』は世襲じゃ無くて代替わりの度に選ばれるらしいし・・・まぁ逆に、あれくらいの規模の集落で『貴族』とか言われたら目が点になりそうだけどね!




