採掘現場へ
「へっ? 防護結界って、それ一体どういうことだよ?」
「前にガルシリス城の地下でレビリスが精神魔法にやられそうになったことあったでしょー? あの時にアタシが解呪してあげたじゃない?」
「ああ、あったなあ、そういうこと」
「あの時にさー、実はレビリスにも防護結界の魔法陣を写しておいたんだよねー。本人は気づいてないけどさー」
「まじか!」
「まじー。ただお兄ちゃんと違ってレビリスは精霊魔法が使えないから、自分で結界を維持できないけどねー。あそこでもそうだったけど、アタシたちの近くに居て魔力が供給されてる時だけ防護結界が稼働するの」
「お前は本当に、いつも、いつも、いつも、いつの間にか、勝手になんかやってるな! 『いつもありがとうございます!』だけどな!」
「たださー、下手に防護結界が動いてるところとか見れちゃうと良くないでしょー? 自分の意思で使えないものがあっても、レビリスにとっては負担になるだけかも知れないしさー」
「ん? じゃあ、レビリスがあのお兄さんのパンチを避けてたのは防護結界の力か?」
「ちがーう! アレはレビリス自身の能力。だから、そういうのがごっちゃになっちゃうと良くないでしょ?」
「ああ、なるほど! それで防護結界があるってレビリス自身に気づかせないようにしたってことか」
「そー。あの死にたがりがナイフを抜くのを見て、咄嗟にレビリスの防護結界を動かしちゃったんだけどさー、やっぱ、見せない方がいいかなって思ったし、でも結界を解除しちゃうのも、もしもの事を考えると不安だしって思って、あーゆー風にしたの。駄目だったー?」
「いや、ありがとうパルミュナ。お前がレビリスを守ろうとしてくれて、俺は純粋に嬉しいさ」
「なら精霊冥利に尽きるよー」
でたな精霊冥利!
まあ、俺も純粋に感謝してるけどな。
「お兄ちゃんも誰かに防護結界の魔法陣を写し取ってあげる時は、自分の魔力が届く範囲を忘れないでねー? どこまで届くかはお兄ちゃん次第だし、他に魔力を使ってる状態にも左右されるから」
「あ、確かにそう言う話だったよな! 了解だ」
++++++++++
翌朝、三人で食堂に行って朝食をとっていると、昨日、喧嘩を売ってきたお兄さんが俺たちを見つけ、さっとやってきて頭を下げた。
「昨日は生意気なこと言ってホンットすんませんでしたっ!」
「街の外ではそこら中に死ぬきっかけが転がってるもんなのさ。それにリンスワルド家の仕事は、真面目にしっかり働いてれば絶対に報われる。だから誰かに勝とうなんて考えなくていいんだよ」
「はい、なんか俺、なんも分かってなかったです」
「そっか、それが分かったならいいさ」
「それと、その...妹さんとかお兄さんにも偉そうなことほざいちゃって本当にすみません」
「いいのよー!」
「ああ」
本音で言ってるという感じは俺も受けてたけど、パルミュナが笑顔で返したから嘘はないな。
「ほんっと、すんませんでした!」
顔中を真っ赤に腫らしているお兄さんは、そう言って、もう一度頭を下げると食事を取りに行った。
正直、意外だな。
この手のタイプは昨日パルミュナが言っていたように、その場では収めても実は根に持つ奴が多いって印象があるので驚いたよ。
このお兄さんをそそのかした、あのクズ二人は、朝一番で所長さんに放逐されたらしい。
いまも、きっと色々企んでいるのだろうが、何一つ実行できないのだから、早めに自分たちのやり方を変えないと生きていけなくなるだろう。
それはともかく・・・
今日は今回のメインイベント『岩塩採掘現場の見学』である。
レビリスやロイドも、あんまり俺が期待しすぎないようになのか、『見てもどうってものじゃ無いよ?』という感じのことは折に触れて言ってくれたけれど、それはそれ。
朝食の後、採掘現場まで作業員たちを送っていくロイドと一緒に、三人でくっついていく。
「ここは魔獣が多いって言ってたけど、どんなもんなんだ?」
「まあウォーベアみたいなヤバイのは滅多にないけど、中ぐらいのはそこそこかな?」
「じゃあ、行き帰りを襲われることなんかもあったりするのか?」
「破邪が付いてるし、移動している人数が多いから、行き帰りで襲ってくることは無いな。だけど見かけるのはいつものことだし、採掘現場に着いてからも、フラっと一人で森の中なんかに入られたら保証できない」
「実際に討伐することは?」
「しょっちゅうさ。俺たちが付いてるから魔獣が寄ってくれば分かるし、作業員が襲われる前にこっちから片付けに行くけどさ、中には、異様に猛々しいのも居てね。ちっこいくせに襲いかかってきたりするよ」
「そりゃまた...そういうのまで相手にしなきゃいけないってのは、それはそれで大変そうだなって思うよ」
「大抵は気配を出してる俺たちがいるから襲ってこないってだけだからね。普通の人たちがゾロゾロ歩いてたら、ヤバイと思うさ...」
レビリスはそう言うと、前を歩くロイドに声を掛けた。
「ロイド、今回の相方は誰だ?」
「マクミランだ。あいつは再来週までだな」
「相方ってなんだい?」
「常駐してる破邪のうち一人は、交代で採掘現場の小屋で寝泊まりすることになってるのさ。まあ無いとは思うけどさ、万が一採掘場の穴の中に魔獣が入り込んだりしたら困るからね」
「おお、それは恐ろしいな!」
作業員が出口の無い場所で魔獣に直面したら、どうしようもない。
「だから、作業を始める前に必ず破邪の一人が採掘抗の周りを確認することになってるのさ。ただ、採掘抗もどんどん掘り下げてるから、そのうち一人じゃ見てられなくなるかも知れないな」
++++++++++
「ほー、なかなかの規模なんだな」
採掘場に着くと、そこそこ大きな屋根が張ってあり、作業員たちはその下に吸い込まれていく。
見た目だけなら、普通の鉱山とあまり変わらない感じだけど、金属系の鉱石を掘り出してる場所特有の埃っぽさというか、赤茶けた感じはあまりしていない。
「あの屋根の下に採掘現場があるのか?」
「以前は、露天掘りって言うのか? 地面に剥き出してる岩をそのまま砕いて塩を取りだしてたんだけど、それをやり過ぎると山全体がハゲて土砂崩れなんかもおきやすくなっちまうらしい」
「それで、いまは穴を掘り下げてるのか?」
「俺もよく知らないけどそうらしいよ」
「そうなのか。でも屋根もあって、作業も地面の下なら雨が降っても関係なさそうだけどな。これでも雨の日は休業なのか」
晩飯にエールが飲みたい作業員たちは、雨が降ると呪いの言葉を口にするという昨日の話を思い出した。
「結局、積み出す塩も濡れちまうって事じゃないかな? たぶん」
「まあ、それはあるか。馬車に布を掛けても完全には防げないよな」
俺とレビリスがそんな会話をしていると、ロイドが口を挟んだ。
「いや、雨の日に作業をしないのは事故防止さ。雨が降ると地面も滑るし、作業員も運搬用の馬車も事故を起こしやすくなるだろ? そうまでしてあくせく掘らなくてもいいっていう伯爵家の判断だそうだ」
「ほー、なんか色々と凄いなリンスワルド家って...」
そう言えば養魚場の事故の後も休業中の給料を払ってたっていう話だったし、凄いのは食い物への執着だけでは無かったか。
作業者たちが次々と採掘抗に入っていくと、その入れ替わりに一人の破邪が中から出てきた。
今回のロイドの相方のマクミランという男性で、昨夜はここにある小屋に泊まっていたという。
レビリスに紹介して貰って握手を交わした。
「ロイド、昨夜と今朝でレイザーラクーンを三匹片付けた。暖かくなったせいか増えてきてる感じがするから、周辺にも気をつけてくれ」
「おう、分かったぜ!」
「え、一晩でレイザーラクーンを三匹も?」
俺は思わず声を出した。
いくら何でも多すぎないか?
「正確には昨夜二匹で、今朝一匹だ。どっちも採掘孔に入りたそうにウロウロしてやがったよ。難儀なもんだな」
「それって、穴の中に入りたいけど魔獣避けの護符が邪魔で入っていけないって感じなのかい?」
「そんな感じだろうな。魔獣で無くてもケモノってやたら穴に入りたがるじゃ無いか? 巣穴にでもしたいのか知らんが、やたらと寄って来やがるよ」
「だよなあ。捌いても捌いても、次から次へと湧いて来やがる」
レイザーラクーンは小型の魔獣だ。
小型とは言っても鋭い牙と爪を持っていて、襲いかかられたら対抗手段を持たない普通の人にとっては危険極まりない。
「レイザーラクーン以外も出るのか?」
「デカブツはここまで上がってこないけどな。この辺りによく出るのはグレイウィーゼルとか、後はスティングホッグも多いかな」
どれもサイズ的に凶暴・凶悪とは言わないが、それなりの攻撃力を持った魔獣であり、見過ごせる存在では無い。
それに、護符で防いであるとは言っても、いつか、それが効かないようなデカい魔獣が入り込んだ時こそ悲劇だろう。
「そりゃあ、気が抜けなくて大変だな」
「おかげで仕事には困らないでいられるが、神経はすり減るぜ」
「やっぱりライノも、他所と較べても多いって思うか?」
「多いな。一カ所にまとまってるから、フォーフェンの破邪が忙しくないだけだろう。そんな頻度でそこら中に出ていたら、普通なら地元の破邪はてんてこ舞いだ」
「やっぱりそうなのか...」
「だって、魔獣の強い弱いは、魔法も剣術も使えない人にとってはあんまり関係ないだろ?」
「どうせ勝てない相手なら、なにが出ても関係ないか」
「そういうことだ。破邪でも気を抜けないほど凶暴な相手じゃ無くても、戦えない人にとっての危険は変わらないじゃないか。レイザーラクーンやスティングホッグみたいに割と簡単にいなせる相手だろうと、普通の人が出会って攻撃されたら死ぬぜ?」
「それもそうだよな。この頻度が街の近くで出ていたら、大忙しか」
それにしても、昨日、パルミュナが『色々な意味で寒々しい』と言っていたのもよく分かる。
別に濁った魔力が澱んでいるという場所でも無いのに『ちびっ子たち』が見当たらないのはともかく、普通の感覚で言っても山の標高の割に木も草も少なくて痩せている感じだ。
ロイドとマクミランが手分けして周辺の見回りに行くと言って採掘孔から離れていった後、パルミュナがそっと俺の手を握ってきた。
瞬間、精霊の視点がくっきりと脳裏に浮かぶ。
「そういうことか...」