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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第九部:大結界の中心
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覚悟の訪問


「ヤツらは俺たちがホムンクルスを見抜けることを知ってるだろう。当主が生きているように見せ掛けても俺たちにはすぐに見抜かれるんだったら...俺なら屋敷を廃墟にしてしまって中にニセの手掛かりでも置くか、もう蟻一匹も逃がさないような激烈な罠を周辺に張ると思うね」


「確かにそうですね御兄様。私たちを警戒させてもメリットはないですから、罠を張るか先手必勝で動くかですね」


「な? やっぱり不自然だって言うか間尺に合わない気がするよ。ロワイエ家の当主がホムンクルス化されてエルスカインの手下になってるなら、あんな防御手段はいらないだろ」

「そーよねー! もしもアプレースが言うみたいに動かせないモノがあるんだとしたら、ここもラファレリアの旧市街みたくしちゃえばいーんだしさー!」


「だよな。近寄れないように惑わせる結界でも張って、それでも踏み込んできたヤツは徹底排除だよ。目立たせたくないなら、魔法が消える障壁なんてむしろ邪魔じゃないかな?」

「邪魔...そうですよね御兄様っ!」

「なんだい?」

「もしも、あの屋敷には一切の魔法が持ち込めない...魔法が通り抜けられないとすれば、中に入ろうとしたホムンクルスはどうなるんでしょう? 屋敷の中には入れないんじゃありませんか御兄様?」


「あれ? そうなるのか!」


「だってホムンクルスは魔力で体を造成して生きてるんですから。魔力が切れたら事切れると思いますよ」

「おおぅ、それって怖いな。扉の中に一歩踏み込んだ瞬間に土塊になって崩れ落ちるってワケだ!」

「エグい罠だなぁ!」

「ですが御兄様、だとしたらロワイエ家の当主は...」


「ホムンクルスになってないかも? そうなるとロワイエ家の位置づけも話が変わってくるよな?」


「その可能性はありますね。とは言っても、自分や味方が出入りする時に障壁を消せばいいだけかも知れませんが」

「まあ、そう来るよな」

「そうで有っても、先ほどの御兄様の違和感は解消されません。こんな見え見えの警戒をする必要は無いはずですから」


「そこだ。それが納得できないんだよ!」


「ただ逆に...もしもホムンクルスにされてないとしたら、なぜロワイエ家がエルスカインやレスティーユ侯爵家からお目溢しされているのか謎ですから、迂闊には安心できませんけど」

「確かにな。でも俺の中では希望って言うか、上手く運ぶ可能性が膨らんできた気がするよシンシア」


ロワイエ家は二十年前に『錬金素材の変遷』を出版したことでエルスカインに目をつけられ、そこにヒントだけが記載された『魔力の連鎖反応を止める方法』に関する技術か素材か魔道具か、何かを巡る騒動の中に巻き込まれたのだ。


もちろん、俺の産みの母親が暗殺されかけたのも、その流れの中での出来事だろう。

だけど、何らかの理由でエルスカインは『アベール・ロワイエ氏その人自身』をホムンクルスには出来なかったんじゃないか?


領地も爵位も奪われておらず、少なくとも表向きは長閑な田舎暮らしをそのまま続けられているように見える。

物理的な暴力を行使して『言うことを聞かせる』という手段も取れていないし、そして二十年経ったいまでも手を出せないままでいる、と。


その理由こそが、エルスカインあるいはレスティーユ家が『ロワイエ家に手を出せない理由』こそが、魔力の連鎖反応を止める手段と深く結びついているような気がする・・・


まぁなんにしても、屋敷の中をどうやって調べるかが問題だな。

困ったことに、頼りにしていた銀ジョッキは使えず、俺たちが不可視になって侵入するっていうのも論外。

だけど外から様子を伺うだけでは、重要なことが分かるとは思えないし・・・


「よし、俺が直接、アベール・ロワイエ氏に会いに行こう」

「えっ?」

「本気かライノ!」


「だって、銀ジョッキで探れない以上は中に入ってみるしかないし、ホムンクルスにされてる可能性はゼロじゃないとしてもかなり低いだろ。不可視結界も使えないとくれば、変に忍び込んだりするより正面からまっすぐ会いに行ったほうが良い気がするんだよな」


「まぁ、ライノの言わんとするコトは分かるけどよ...」

「御兄様、もう少し様子が分かってからでないと流石に危険では?」


「もし本当に『連鎖反応さえ止める手段』があるんだとすれば、それはエルスカインに対する大きな切り札になる。それにな、ソレがあるからこそ、この二十年もの間、エルスカインやレスティーユ侯爵がロワイエ家に手出し出来なかったんじゃないかって感じがして来たんだ。例によって『ただの直感』だけどさ?」


「そう言うことですか...私にも御兄様の読みは分かります。ですが、全く逆の可能性も考えられるんですよ?」

「分かってるよシンシア。それでも確かめないわけにはいかないさ」


「ですが...」


「このままコルマーラにトンボ返りしてレスティーユ城に忍び込んでも、なんだか上手く行かないって気がするんだよな...それにラファレリアの王宮図書館でマリタンがあの本を見つけた時以来、なにか見えない歯車がハマり始めてる気もしてるんだ」

「仰りたいことは分かります」

「ここには絶対に見逃せない何かがあるし、銀ジョッキが使えなかったのも、その巡り合わせのように思えるんだ」


「...そうですね御兄様、分かりました。では、私も一緒に」


「いや、あの中では魔法は一切使えないって可能性もある。最後は接近戦で武力勝負だとしたら俺一人の方が戦えるよ。魔力の塊みたいなアプレイスも論外だし、パルレアやマリタンも同じくだ」

「えー、アタシは革袋に入ってけばダイジョーブだと思うけどー!」


「ダメだパルレア。って言うか、革袋はシンシアに預けていくからね?」

「マジですか御兄様!」

「うん。だって障壁を通る時に一切の魔力が働かなくなるとしたら、革袋だって危ないもの」

「えー、精霊魔法なんだしさー、魔法自体は現世と隔絶した革袋の中の空間に働いてるんだからダイジョーブだと思うけどなー?」


「そうかも知れないけど、試してみてから『ダメでした』なんて目も当てられないだろパルレア? でもガオケルムは佩刀していくよ。破邪の装いに着替えていくからね」

「そっかー...」

「破邪なら丸腰の方がおかしい。破邪姿を、夜中に扉をノックする言い訳ぐらいにはできるだろ」

「朝を待ちませんか御兄様?」

「多分、明るくなっても危険度は変わらないと思うよ? むしろ使用人がウロウロしなくなってる時の方がいいかな」


「分かりました御兄様。ですが十分にお気をつけくださいね」


シンシアが諦めたような口ぶりで俺の顔を窺う。

心配させて申し訳ないとは思うけど、ここは一つの勝負どころだ。

絶対に見ないフリのできない何かが、あの屋敷の中にはある・・・


それが吉と出るか凶と出るかは論理的には分からないんだけど、どうも直感的には大丈夫だって気がしているのだ。


根拠はないけど!


++++++++++


出発前にシンシアが銀ジョッキを再び浮かび上がらせ、周囲から屋敷の様子をチェックしたが、あの『魔力を阻害』する仕掛けは屋敷そのものに働いているようで、少し離れたら全く影響はないらしい。


明かりの点いている部屋は一階に一つ、二階に二つ、使用人の部屋は三階で、まだいくつか明かりがついている。

それと、さっきの子供が本を読んでいた屋根裏部屋もだな。


これまた根拠のない直感なのだけど、実は屋根裏部屋でコッソリと本を読んでいる子供の存在も、俺にロワイエ邸への直接訪問を決断させるきっかけの一つだった。


なんて言うか、エルスカインが支配している場所には『楽しそうな子供の姿』と言うのが存在しない感じがする。

いや、『存在できない』って感じかな?


もちろんルースランド王家の離宮に『保管』されていた子供たちのように、ホムンクルス化した王の『スペアパーツ』として生を受けた存在は言うまでも無いけど、そこまで酷い話じゃなくても何かこう・・・

大人と違って感覚の鋭敏な子供は、ホムンクルスとの生活に不安を感じるんじゃ無いかって気がするんだよね。


破邪の装いに着替えた俺は屋敷の庭まで飛翔して、周囲一帯に人影がないことを確認してから着地した。

同時に不可視結界も解いて、さも道を歩いて来たかのように屋敷に向かう。


今日はわずかな月明かりがあって、夜目の利く破邪じゃなくても魔石ランプを持たずに歩ける程度には地面が照らされているけれど、あえて腰に吊るして来た魔石ランプを点けておく。

これは、出来れば二階の書斎の窓から、俺が屋敷に向かってくる姿を当主に見つけてもらえないかという期待だ。


あらかじめ誰かが向かってくることを予期して貰ってる方がいいし、姿を隠そうとしていないということから、不審者じゃ無いと判断して貰えるなら一層ありがたい。


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