四人との入れ替わり
翌朝からは早速、行動開始だ。
宿屋に馬車を預けたまま、四人とも徒歩で街に出て見物して回ることにする。
案の定、俺たちの後を付けてくる男の気配は察したけれど、市場の人混みの中を歩いているうちにそれも希薄になった。
さらに込み入った市街を歩いて尾行の目を捲き、人気の無い路地裏で不可視状態になったら、転移門を張って宿屋の部屋に戻る。
全員、それまで着ていた商人風や街娘風の服を脱いで、革袋と小箱から別の服を出して着替える。
コルマーラまで着てきた服は、これからサミュエル君達に着て貰うためだ。
畳んだ服を持ったシンシアがノイルマント村に転移した後、しばらく待っていると、俺たちの渡した服に着替えた四人がシンシアに連れられて現れた。
俺の服を着ているサミュエル君は体格的にも似ているから問題ない。
パルレアの服を着ているリリアちゃんも、シンシアの服を着ているトレナちゃんも同様。
アプレイスの服を着ているアサムは・・・耳が目立つな!
アサムも体格の良いアンスロープだから、上背はアプレイスに負けず劣らず十分なんだけど、だからこそ余計に、頭上にピンとそそり立ってる三角の耳が目立つ。
改めて見てみると、リリアちゃんも白くて丸っこい耳が頭の上に立ってるんだけど、こっちは、なんと言うか雰囲気に合っていてスルーしていた。
「ねぇライノさん、俺とリリアは獣人族だよ。耳を見られたらさすがにマズいかな? 帽子でも被った方がいい?」
「大丈夫ですよアサム殿。お二人の耳くらいは別の魔法で元から誤魔化せます。エルフ族が人間族の集団で過ごす時によく使っている手法がありますから」
「そうなのシンシアさん? それってまた元に戻せる?」
「もちろんですよ。リリアーシャ殿のこんなに可愛い耳をずっと隠してしまうなんて有り得ません!」
そう言えば以前にパルミュナが、俺の父さんと母さんも元から耳が丸かったかも知れないけど、そうじゃなくても魔法で誤魔化せたはずだみたいなことをいってたもんな・・・
そしてシンシアから『丸い耳が可愛い』と褒められたリリアちゃんが、照れてモジモジしている。
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俺たちの服を着て『変わり身の魔法』のメダルを身に着けた四人に宿屋を引き払って貰うと、狙い通り宿屋の主は四人が俺たちと入れ替わっていることに全く気が付かずに、笑顔で送り出してくれた。
俺たちは不可視状態のまま一緒に宿を出て、シレっと荷馬車に乗り込む。
しばらく一緒に移動して、コルマーラから東西大街道へ向けて北上する道筋を四人に教えつつ今後の段取りを相談するためだ。
いまはサミュエル君が手綱を握って横にトレナちゃんが座っているけど、トレナちゃんもルマント村で乗用馬車を御した経験があるし、アサムとリリアちゃんも荷馬車は動かせるから、馬の食事や休憩にさえ気を使っておけば、御者の交代に問題は無い。
そして、なんとなく予想はしてたんだけど、宿屋を出た俺たちの後ろを二騎の騎士が付いてきていた。
姿をちゃんと見せているし荷馬車からあまり離れないようにしているから、これは城から戻る時と同じような『護衛』だろう。
「クライスさま、後ろの騎士達のことは気にせず、街を出たらそのまま道なりに進めばよろしいですか?」
「いいけどサミュエル君、そろそろ様付けは止めてよ。って言うかシーベル城の頃は先輩騎士達への遠慮があったのも分かるけど、さすがにもういいでしょ? 俺の呼び方は『ライノ殿』ぐらいで」
「しかし...」
「もう俺にとっては、サミュエル君とトレナちゃんは親戚みたいな感覚だもん。むしろ様付けとかされる方が嫌だから。御願いな?」
「し、親戚...はっ! かしこまりました!」
「そういうかしこまった態度もナシで! 封印! どうしてもやりづらいなら、公式の場に限って解禁するけど」
「わ、わかりました...」
「いきなりは無理かもだけど、できるだけ友達同士な感覚でね? だいたい年も近いんだしさ?」
「ぷっ、ライノと歳が近いって?...」
「笑ったかアプレイス?」
「気のせいだ」
「俺とサミュエル君の実年齢は近いだろ。お前こそ実年齢なら何歳だよ?」
「黙秘する」
「なんだそれ。ともかく、サミュエル君もトレナちゃんも御願いな? 身内だけの場ではライノ殿、シンシア殿、って感じで頼むよ?」
「あの、シンシアさまに対してもでしょうか?...」
「もちろんですスタイン殿。御兄様を殿付けで呼ぶのに私には様付けとか、絶対に有り得ません! 私からも御願いしますね?」
「しょ、承知し、しましたライノ殿、シンシア殿」
「はい、これからはそう呼ばせて頂きますね、ライノ殿! シンシア殿!」
うん、トレナちゃんは元から肝が据わっているので躊躇いが無いね!
それこそ許可されれば、アスワンとだって『タメ口』で話せそうだ。
ノイルマント村の住人たちの中でも、アサム達兄弟とは友達ファーストで付き合いが始まったし、他の村民達やリリアちゃんもその流れでゆるっとしてられてたけれど、『リンスワルド家の家臣』の人々は、どうも俺やシンシアに対してかしこまったところがある。
それはもちろん立場的には当然で仕方の無いことだけど、トレナちゃんとサミュエル君あたりとは友達か、せめて親戚付き合いっぽくしていきたい。
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荷馬車を街から出して街道に向け、来た時とは逆に北上するコースをとった。
建前として俺たちは侯爵家から大金を受け取ってホクホクだから、帰りの道中は余計な小商いで時間を喰ったりせずに、最短コースでミルシュラントに戻ろうとするのが当然だ。
大金を抱えてウロウロする時間は少ないほどいいからね。
それにレスティーユ領の中では、侯爵にとって監視の手段は色々と有るだろうし、いつ、どこの村や街を通り抜けたかの報告も都度得られるはず・・・だから俺たちを本格的に隠れて尾行し出すのは、たぶん領地を出てからだろう。
街道に出たところで、後ろに付いてきた二人の騎士は速度を上げ、俺たちの荷馬車に並ぶと、手綱を握っているサミュエル君に声を掛けてきた。
「失礼しますクライス殿、我々はレスティーユ侯爵家から派遣された護衛の騎士です。領地を出るまでに限られますが随伴させていただきたく。少し離れて危険が無いかを見守るだけですので、我々のことはいないものとしてお過ごしください。一切の気遣いは無用にございます」
「有り難うございます騎士様、それは心強い。どうかレスティーユ公爵閣下にも感謝をお伝えくだされば僥倖です」
おぉ、サミュエル君の受け答えが俺になりきってる感じで実にいい。
いまここで『変わり身の魔法』を解除して、彼らがサミュエル君の放つ気配を察知したら大層ビックリするに違いない。
普通の『商人』から、こんな手練れな剣士の気配が漂ってくるはず無いからな!
「かしこまりましたクライス殿、お伝えいたします。それでは我らは後ろに下がりますが、もしもの時にはすぐに駆け付けますのでご安心を!」
騎士達は、馬の速度を少し落として自然に後ろに下がっていく。
絶対無いと思うけど、もしも山賊みたいなのに襲われたら、サミュエル君とアサムには正体がバレるなんて気にせずに、トレナちゃんとリリアちゃんを守るってことに徹して貰わないとマズいよな・・・
並みの山賊達が相手ならアサムが変身するまでも無く、サミュエル君だけで五人や十人はどうとでもなるはずだ。
そんな状況に遭遇したら後ろの二人の騎士は目が点になるだろうけど、チョットだけその表情を見てみたい気もする。
「なぁライノ、なんであの二人は前に出ねえんだ? 正体を見せてるんだから尾行もへったくれも無いだろ?」
「コッチへの気遣いだよ。前に出たら、領地を出る方向に俺たちを引っ張っていくことになるからね。あくまでも俺たちが進みたい方向に勝手に馬車を走らせてて、その後ろをついて行くって体なんだよ」
「なるほどな」
「だから『いないもの』と考えろって言ってたんだけど、まあホントに建前だけどな。普通は後ろからだってプレッシャーは感じるだろうし」
レスティーユ領は東西に長くて南北に短いから、俺たちが向かっている北向きのコースだと、二日目には領地を出るはずだ。
彼らも途中で一泊か二泊することは覚悟しているだろう。




