囮役は誰を?
「でしたら御兄様、明日はみんなマリタンさんの『変わり身の魔法』を掛けた上でこの宿を出る訳ですね?」
「その通りだよシンシア。それも徒歩でね。もちろん男女四人が宿を出たら彼らもすぐに追って来るだろうさ。ところが俺たちを街中で追っているウチに、次第に誰を追っているのか分からなくなる」
「もしも途中で服装を変えてしまえば...」
「もう見分けは付かないだろうな。でも馬車はこの宿に残っているから安心してるだろう。俺たちはその間、どこでも自由に行動できるし、二、三日後に誰でもいいから若い男女四人をココにつれてきて、変わり身の魔法を組み込んだメダルを身に着けて貰えばいい。それで俺たちの代わりにミルシュラントへ向かって旅立って貰えば、ヤツらはひたすらその後を追っていくさ」
「お兄ちゃん賢ーい!」
「やるなライノ! そいつはいいアイデアだぜ」
「私もいい手段だと思います、御兄様」
「問題は、ここから遙々ミルシュラントまで旅する囮というか身代わりを、誰に御願いするかだね。まぁ危険は無いだろうけど、勇者のことを知っていて信用できる相手は限られてるからな」
「そうですね...伯爵家や大公家の命で家臣を動かすのは簡単だと思いますけど、これは意味を知っている人にやって貰う方が良いでしょうし...」
「ならノイルマント村関係か、ライノ?」
「でも、みんな忙しいからなぁ。男だけならシャッセル兵団って手もあるんだけど、若い女性を二人一緒にってのがネックだよな?」
シャッセル兵団の傭兵のオッサンやお兄さんなら、二つ返事で引き受けてくれるだろうけど、そうなるとシンシアとパルレアの不在が目立つ。
幾ら『変わり身の魔法』を使っても、オッサンを美少女に見せ掛けるのは絶対に不可能だ。
って言うか、そんな様子は想像もしたくない・・・
「ともかく相談してみて良いのではありませんか御兄様? この荷馬車には転移魔法陣と防護結界が仕込んでありますし、新たに変わり身の魔法を組み込んだ転移と防護のメダルを身に着けて貰っておけばいつでも自由に戻れます」
「イザって時は、それで即座にノイルマント村に戻って貰えば済むか...」
「高純度魔石を多めに渡しておけば、昼間は荷馬車を走らせて貰い、夜は毎晩ノイルマント村に転移で戻って寝ると言うことだって出来ますよ? 日帰りと言いますか、囮役のために村から通うことも可能です」
おお、なんと言う贅沢なカモフラージュ方法・・・
しかし、俺たちにはそれが出来るのだし、いまはレスティーユ侯爵家を支障なく探れる状態にするのが最優先事項だもんな。
「確かにな。もしノイルマント村の誰かに打診してみるとしたら、シンシアは誰がいいと思う?」
「まずは...スタイン殿とトレナさんが良いのではないかと」
「そう来たか」
「トレナさんの料理教室は、そろそろエルケさんとドリスさんに任せても大丈夫でしょう。それにスタイン殿が警備主任なのは、お母様の差配でトレナさんと一緒に村にいる理由を作っただけのようなモノですから、二人一緒なら動いて貰っても問題ないと思います」
「なるほど...あの二人ならいいかもしれんな」
あの二人はまだ正式に結婚式を挙げてはいないけど、レビリスとレミンちゃんと同じように『事実上の』ってヤツだ。
なによりも二人の主である姫様が認めてるんだから差し障りは無い。
無いはず。
むしろ二人で馬車に乗って国外旅行なんて、ちょっとしたバカンスのようにすら思える・・・余計な尾行者は後ろに付いてくるけどな。
「もう一組の囮役には、アサム殿とリリアーシャ殿という組み合わせも考えられますね」
「組み合わせとしちゃあ適役だけど、アサムは村長だぞ? さすがに無理だろ」
「必要な時は転移門で村に戻れますし、揉め事が起きてないかも手紙箱で確認できるから大丈夫では無いですか? それにアサム殿の村長役の主眼は将来に向けての計画作りと実行の指揮ですから、日々の決裁は長老会やリーダー達に任せても問題ないはずです」
「うーん、そうかぁ...」
「なんでしたら『東西大街道』まではこの四人に一緒に動いて貰って、そこからは、スタイン・トレナ組だけで続けて貰っても構わないかもしれません」
「いや、陽動には男女二組が必要だろう?」
「ですが...このままミルシュラントに戻るとすれば、北上して東西大街道まで出るのが早道です。そこで西に向かえばリンスワルド領ですが、東に向かえばラファレリアです。追加の仕入れのために二手に分かれたとしても不自然ではないのでは?」
「なるほど、日中の御者台にいるのはどちらか一組の男女だけで、もう一組は荷台の幌の中にいるとすれば、姿が見えなくてもおかしく無いか」
「ええ、尾行者の人達は『人』よりも、この『荷馬車』を標的にして追う形になるはずです。四人がいつの間にか二人になっていても、どこかの宿で別れたのだとしか思えないでしょう」
「そうか、そうだな。よし、ダメ元でいいから、まずこの四人に打診してみよう。ダメだったら次の策を考えてみるよ」
「分かりました御兄様。早速、私がお母様と相談してノイルマント村に行ってみますね!」
「お、おう。頼んだシンシア」
アッと言う間にシンシアは部屋の床に転移門を貼ると、ミルシュラントめがけて転移していった。
いやはや、最近のシンシアの行動の速さには凄いモノがあるな・・・結局、その日のうちにシンシアは姫様に確認をとり、ノイルマント村で話をまとめてきてしまった。
四人とも乗り気で、すぐに準備と引き継ぎを終わらせてこちらに来れるようにするそうだ。
もちろん、忘れ物があろうと懸念事項が残っていようと、必要な時はしばらく馬車を停めておけば、そこから転移門でノイルマント村に戻れるのだから支障はない。
まあ、なにしろ日頃のお役目と喧噪を離れて、恋仲の相手とのんびり旅が出来るのである・・・しかも、勇者とシンシアからの依頼という『大義名分』の元にだから、大手を振って『カップルで』村を離れられるってワケだ。
そう考えると、なんだか少し羨ましくなってきたな。
「御兄様、予定通りに四人に私たちの『影武者』を演じて貰える事になりましたが、それで、これから私たち自身はどう行動するお積もりですか?」
「影武者って言い方はチョット怖いな。彼らは勇者の身代わりじゃ無くて、あくまでも『若い骨董商の代役』なんだからさ?」
「そうでした...」
「で、俺の見たところ、レスティーユ侯爵家はクロだと思う。謁見の間に変な結界を張って気配を遮断してたし。な? パルレア」
「だねー。お城の中だって、まっさらで清い雰囲気に溢れてたし、フツーじゃない感じ?」
「いやパルレア殿。なんで、清かったら普通じゃねえんだよ?」
「だって、人族ってそんな生き物じゃ無いし、お城だってそんな場所じゃ無いもん。お城って戦争のために作った場所だよ? 汚れや澱みが一切無いって、逆におかしくない?」
「おぉ、目から鱗だな!」
「ドラゴンの目に被さってるのって、鱗じゃなくて『瞬膜』だろアプレイス?」
「トカゲと一緒にすんな」
「ともかくー、隠して覆ってるから綺麗なんだと思うなー。清涼な地下牢なんてあったらおかしいモン!」
「だよな」
「じゃあライノ、この先はレスティーユ城に潜り込んで何を隠してるか探るって感じか? とんでもないモンが出てきそうだけどよ?」
「もちろんレスティーユ城を探る必要は絶対にあると思う。あそこに何も無いってはずないし、ラファレリア旧市街でやってることに関わってる何かがあっておかしくない。ただ俺は、その前にロワイエ准男爵家の様子を探ってみたいんだよ」
「お、ライノの祖母の実家だっけか?」
「そーそー!」
「二人とも、その『実家』って言い方ヤメロ。俺にそういう意識はまったく無いからな? ともかくレスティーユ侯爵に会って実感したのは、古代の物品に対する異様な拘りだ。連中は、それを辿って行けば何かを見つけられるって分かってるからだよ」
「オリカルクムの蝶番にも、スッゴく食い付いてたしねー!」
「確かに、あの蝶番の出所は魔石サイロでしたものね。もしエルスカインからの知識で魔石サイロの構造を知っていれば、あの蝶番が何に使われていたのか想像が付いたかも知れません」
「そうかもな。はるばる俺達をミルシュラントまで尾行してでも出所を突き止めようってホドだもの」
「マリタンさんの変わり身の魔法があって助かりましたね。そのままロワイエ准男爵家に向かっていれば、明らかに『怪しい』と認識されていたと思いますから」
やっぱりロワイエ家より先に侯爵家を探ることにしたのは正解だったな。
もしもそこで一悶着起きていたら、レスティーユ城に招かれて入るなんて不可能だったろうし・・・




