師匠問題とウェインスさん
面倒見が良い故に悩み多き男、それがレビリスだな。
破邪としての今後のあり方にもずっと悩んでいる話だし、良い方に流れが向いて欲しいとは願うが・・・
「それにしてもレビリスって、あのお兄さんがああいう...なんだ...すぐ調子こくし後先考えない直情型だけど、根は真っ直ぐって言うのか? そういうタイプだって分かってたのか?」
「どうかな? そんな気はしたけどさ、分かってたとは言えないなー」
「そうなのか?」
「最初はさ、二回地面に転がしたところであいつが諦めてれば、まあ今後の仕事ぶりを様子見って感じかなって思ってたんだけど、そこで収まらなかっただろ?」
「むしろキレたもんなあ」
「あいつが上着の下にナイフを隠してたのは背中を見て分かってたしさ、飛びかかってくる時も気配で知ってたけど、本当はそのまま飛びかからせるつもりだったんだよね」
「ええっー!」
「いや、もちろん刺される気は無いからさ、直前で避けて叩き落とすつもりだったんだけど、アイツがそこまでやっちゃったら、さすがに所長さんも首にするしか無いだろ? その方がここで働いてる人たちのためにもいいかな? とか思ったりしてたんだよ」
「そうだったのか...」
「でも、パルミュナちゃんがアイツを懲らしめて『死にたいの?』って言った時にさ、ちょっと思い出しちゃったことがあってさ...」
「うん?」
「前に、フォーフェンじゃあちこちから流れついた破邪が師匠になって、若いのを育て始めてるって話をしただろ?」
「ああ」
「やっぱ、そういう中には甘いっていうか甘々な師匠もいてさ、正直、コイツに印を渡していいのか?って思うような弟子を育てちゃったりもするんだよ」
「それはエドヴァルでもまれにあるな」
「おっ、やっぱそうか!」
「変に大切に育てられすぎたせいで、実力以上に生意気になっちまうのとかは、たまーに出てきたりはするぞ?」
「それそれ! まさにそれ! 前にそう言うのが一人出てきてさ!」
「まあ、エドヴァルの破邪衆寄り合い所だったら、すぐに誰かにボッコボコにされて終わるかな?」
「そこがさ、フォーフェンの場合は師匠筋が多すぎて、みんなお互いに言えなくなっちゃう感じもあるんだよ。弱い奴と組みたくは無いけど、ちゃんと連携してたいしさ?」
うーん、レビリスの言ってることも分からんでも無いかな。
師匠同士もよく知ってる間柄でないと、互いに遠慮が出ちゃうんだろうね。
「そもそも大抵の破邪ってさ、修行の途中で何度も死ぬ思いをしてたりするもんだろ?」
「中には、本当に修行中に死んじまうのもいるしな」
「だから印を貰う奴よりも、途中で怖くなって修行を辞める奴の方がだんぜん多いくらいが普通さ」
「でも、そうじゃないと結局は印を貰ってから死ぬだけになるだろう? 『いま一歩間違えてたら自分は死んでたな』って、そういう気持ちを持ったことの無い奴が、印を貰っちゃいけないと思うよ?」
「あー、その点で言うとライノのお師匠って相当に強烈そうだ」
「そうだなあ...今のところ魔獣や魔物に殺されかけたことよりも、修行の途中に『俺ここで死ぬのかな?』って思った回数の方が多いな」
「すごいな。さすがライノの師匠だ...だけど、その新人は印を貰って有頂天になっちゃっててさ、正直そいつの師匠も、印を認めた別の師匠たちも同じ筋だから、ハッキリ言っちゃうと依怙贔屓が出来てたわけさ」
「それって、言っちゃあ悪いが最悪のパターンだな。その筋から出た奴は絶対に誰か死ぬぞ?」
「それを止めたのがウェインスさんなのさ」
「へ?」
「そいつが印を下げて寄り合い所に現れて、『すぐに俺がここの一番になる』なんて言い始めてさ。まるでさっきのあいつとおんなじ」
自分の実力をまるで把握できてないし、相手の力も読めない。
つまり、破邪としては強い弱い以前に『致命的』だって事だ。
ハッキリ言えば不適格だな。
「もう、これまで見たことないほどウェインスさんが怒ってさ。そいつをコテンパンにのしたのさ。しかも、体術・剣技・魔法全部使わせて、そのどれもが欠片も通用しないって事を、言い訳できないほど叩き込んだ」
「やるなー、ウェインスさん!」
「しかもそれで終わりじゃ無いんだ。その後、そいつ絡みの師匠筋を寄り合い所に呼びつけてさ、『お前たちは師匠づらするために若者を殺すのか!」って、それはもう凄まじい剣幕。アレ、もし自分に向けられてたら、俺なら泣いてたね」
マジか!
あの温和さが滲み出てるようなウェインスさんに、そんな一面があったとは・・・
正直ビックリだ。
「他の破邪たちも大勢いる前で罵倒されたから、プライドを傷つけられて逆に怒り出した奴とかもいたんだけど、それも全部ウェインスさんが片手でのした」
「なんて言うか...さすが、北部大山脈をひとりで通り抜けてきたってだけのことはあるな!」
「とにかく命を粗末にするな、させるなってね。イキがって飛び出す若者を止めるのが年寄りの役目なのに、自分が威張りたくて若者をダシに使うような奴らに、破邪を名乗る資格は無いってさ。もう、そこまで言われると、誰もそいつらを『師匠』なんて扱わないさ」
「凄いな。その駄目な師匠筋の奴ら、どうなったんだ?」
「消えたねー。いつの間にか見かけなくなってたよ」
「まあ、寄り合い所の世話役にそこまで言われたら居られないか」
「だろうねえ...だからウェインスさんが、ライノにフォーフェンに残って欲しいって願ったのもさ、実はウォーベアを討伐するような危険な仕事を頼みたいって言うよりも、そういう辺りを一気に変えられる切っ掛けになると思ったのが大きいんじゃ無いかなって思うよ」
いや、それはどうかな?・・・
「で、さっきの男をパルミュナちゃんが懲らしめてる時に、それを思い出してさ。『コイツは自分が死ぬかも知れない側』に立ったことが一度も無いんだなって」
「本当の意味で命の危険を感じたことが無いって事か?」
「そうそう。別に破邪で無くてもさ、狩人でも兵士でも、いやそれどころか、ただ街道を旅してるだけでも命の危険を感じたり、死にそうな目に遭ったりすることくらい普通にあるわけだろ? でも、大きな街の中で育った奴の感覚って、死が遠くにあるんだよ」
なるほどね・・・
レビリスの『死が遠くにある』という表現は言い得て妙だ。
大きな街では、だいたい周りに魔獣なんか出てこないし、街中に出る思念の魔物なんてのは、そっち系に慣れた破邪が夜中に始末しちまう。
世の中には、なんの前触れも無く自分の命を脅かすモノがあって、さっきまで笑ってた奴が、いま隣で冷たくなってる・・・
しかも、それは右側に立っていたか左側に立っていたかの違いだけで、一歩間違えば自分だったかも知れない・・・
大きな街の中だけで暮らしていると、そういう状況に陥る可能性を身近に感じることが一度も無いまま大人になる。
それ自体は平和でいいことなんだけど、その危機感のないまま街の外に出て勝手気ままに振る舞っていれば、待っているのは死だ。
「だからさ、パルミュナちゃんが言ってた『死にたがり』ってのは、そういうことなんだよね。本当の意味で死の恐怖を味わったことが無くってさ、失敗した時や相手が予想以上だった時に、自分が『そこで死ぬ』っていうことを分かってないんだ」
「それで、諭そうとしたって訳か」
「まあ諭すなんて大袈裟って言うか、偉そうなことじゃないんだけどね。あいつも一度、死を間近に感じれば変わるんじゃないかな?って思ったのさ」
レビリスって、本当にいい奴だな・・・
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追加で増量された食事も全員食べ終わったし、特にすることも無いので借りた部屋に入っていようかとパルミュナに聞くと、『ゴロゴロしていたい』とストレートに言うので荷物を置いている部屋に戻ることにした。
「おう、レビリス。ちょっと俺の借りてる部屋に来ないか?」
テーブルから立ち上がると、ロイドがちょっと声を潜め気味にレビリスに声を掛けた。
「あ? いいよ」
「実は部屋に秘蔵のエールがあるのよ。一杯やろうぜ」
「お! でもいいのか? 大事なブツだろ」
「どうせ来週で交代だからな。飲んじまおう」
「おお、それなら喜んでご相伴にあずかるぜ!」
「ライノ、アンタたちも一緒にどうだ?」
俺は一瞬、パルミュナがエールという言葉に惹かれるかと思って顔をチラッと見たが、特に興味なさそうな表情を保っているので辞退することにしたよ。
夕食後、そのままパルミュナと二人で部屋に戻って、ちょっと気になったことを聞いてみた。
と言っても、さっきの続きだし、大した話でも無いのだけれど・・・
「なあパルミュナ、さっきはあのお兄さんを懲らしめたことを『レビリスのお手伝い』なんて言ってたけどさ、絶対にそれだけじゃ無いよな?」
「んー、バレないようにしたのー」
「バレないようにって、なにが? せめて主語と述語くらいは明確にしてくれ」
「だからー、レビリスはお兄ちゃんだけじゃ無くて、もうアタシにとっても友達でしょ?」
「そうだな。レビリスはそう言われて本気で喜んでたぞ?」
「ホントーは、誰もあの死にたがりを止めなかったとしてもレビリスを刺すことなんて絶対に出来なかったのよー」
「えっ、なんでだ?」
「だって、レビリスには防護結界が効いてたからねー」
ええぇっ?