サリニャックさんと城へ
「どうしたライノ? 侯爵家の連中には、あくまでも『悪いヤツら』でいて欲しかったのか?」
「そこまでは言わないけどさ。ルースランド王家なんて地元民からも諸外国からも色々と悪い評判が立ってて、ココも似たような感じかなって思ってたから、ちょっと拍子抜けしたって言うか...」
「そこはホムンクルスかどうかじゃなくて『元の人物』次第なんだろうな。この前の、マディアルグと組んでた錬金術師の爺さんだってそうだろ?」
「それはそうだけどな...」
アプレイスの言ってることは正しいんだけど、レスティーユ家は『反アルファニア王家』の急先鋒じゃなかったっけ?
もしも図書館で会ったクローヴィス国王のパラディール家が悪辣な貴族で、人民を虐げて私利私欲に肥え太っているとかって言うのなら、反王家ってのも革命みたいな感じだから分かる。
でも、そうじゃない。
パジェス先生の話を聞いていても、クローヴィス国王と実際に会った経験からしても、いまのアルファニアにそういう問題があるとは思えない。
率直に言って、なにかが釣り合ってない感じだ・・・静音の結界があっても気分的に小声になってしまうけど、思ったことを率直に口にしてみる。
「仮にだ...大結界が起動した時に、あの老錬金術師が言ってたみたいなコトが起きるんだとすれば、ここの領民だって皆、死ぬか奴隷だろ? それなのに領民を手厚く保護するなんておかしいじゃ無いか?」
「御兄様、私個人の見解ですけれど、それは逆のような気がします」
「逆?」
「ここがもしエルスカインの本拠地で、レスティーユ侯爵家の背後に隠れているのだとしたら、恐ろしく潤沢な資金源があるはずです。それこそ、持ち込まれた骨董魔道具を片っ端から言い値で買い取るくらいにです」
「それはそうだろうな。余所の土地でやってきたことをみても、エルスカインの財力は小さな国レベルだよ」
「つまり余裕がある、と言うことでは無いかと...」
「あ、そうか!」
「きっと、他の土地の多くの領主のように領民を圧迫して搾り取る必要が無いんです。それよりも平和で豊かな領地にしておいた方が余計なトラブルや心配事も出て来ないでしょうし、なによりも『領民が困窮しているのに領主が骨董品を買い漁っている』なんて話になったら、さすがに揉めますよ?」
「でもシンシア殿、その割に領境や街道の国境で通行税を取ってるのはがめつくないか?」
「アプレイスさん、それ自体は領民の負担になりませんから」
「あ、そうか」
「むしろレスティーユ家は通行量を抑えたいんじゃないかって気がしますね。あまり積極的に領内に入って来て欲しくなさそうな感じです」
「外部の人に引っ掻き回されたくないってことか...そうかぁ! そりゃあそうだよな! うん、スッキリしたよシンシア! ありがとう」
「いえ、だったら良かったです御兄様!」
スッキリはしたけど、自分の考えの浅さに赤面する思いだよ。
アプレイスに言われたことも否定できない。
俺は心の中で、『悪人はなにをやるにも悪人』だと、そう決めつけていたんだろうな・・・
でも世の中って、そんなに分かりやすくはないのか。
長きに渡って良い治政を行う領主として人民の尊敬を集め、いざ大結界の準備が出来たらエルスカインの僕として領民をアッサリ皆殺しにする・・・そこらの極悪人よりも、よっぽど恐ろしい。
++++++++++
さっきのサリニャックさんの反応からすると、三日後にガラス箱を俺から預かって彼が一人で城に持ち込むと言うことにはならないだろう。
俺も一緒に城へ行けば、『ホムンクルスになってる家臣の誰か』に会える可能性は高い。
自分でも演技力に不安があるのは事実だけど、サリニャックさんは『新米商人』として受け入れてくれたし、いまのところシンシアとアプレイスは侯爵家から遠ざけておきたい気がするんだよね。
「本当にライノ一人で実家に顔を出すつもりか?」
「実家じゃ無いってば。血縁なんて言われても話でしか知らないんだし、それに商談なんだぞ。大勢でゾロゾロ行くのは変だろ?」
「まぁそうか...」
「俺だって自分の演技力に自信は無いし、あまり侯爵家の連中に顔を見られたくないっていうのもあるんだけどな...それでだ...マリタンの生活魔法に『変わり身の魔法』があっただろ。あれでなんとか出来ないかと思ってるんだけど?」
パーキンス船長達がアルティントの街で『昔の知り合い』にうっかり会っても大丈夫なように使ってる魔法だ。
俺も、同じ状態でレスティーユ城に行けば、顔を見られても覚えられなくて済むはず・・・
「あら、変装するつもりなの兄者殿?」
「うん。あれって、術を掛けると周囲の人間からは『誰と特定出来ないような見知らぬ相手に見える』ワケだろマリタン?」
「そうね。分かっているのに顔が一致しないというか、その場を離れると顔を思い出せないというか...平たく言えば『いま会ったのって誰だったかしら?』みたいな感じになるはず、ね」
「その状態でレスティーユ城に行こうと思うんだ。サリニャックさんは一緒にいる間は、相手が俺だと認識できるだろ? でも侯爵家の家臣達は、俺が帰った後にはもう顔を思い出せないって事になるよな?」
「ええ、そうなるわ」
「だったら、もし相手側にホムンクルスが紛れていても、俺の顔を覚えられてない方が後々行動しやすく出来ると思うからね」
「分かりました御兄様、パーキンス船長達にお渡ししたモノと同じ機能をメダルに組み込みましょう」
++++++++++
それから三日の間はコルマーラ周辺を探索して、古代の遺跡やエルスカインの存在に繋がりそうなものが何か無いかと探ってみたのだけど、怪しいものは何一つ見つからなかった。
一つ分かったのは、コルマーラ近隣で骨董品を仕入れることはほぼ不可能と言うことだ。
何しろ、どこに行っても品物が払拭しているんだからね。
もう徹底的な品薄。
この仕入れ活動はアリバイ作りの為のフリだけなので、周辺の豪農や下位貴族の屋敷などを片っ端から尋ねて周って門前払いを喰らう、というコトを何度も繰り返した。
その間にシンシアの手で『変わり身の魔法』を仕込んだメダルも人数分が完成したので、そろそろいい頃合いだろうと三日後にサリニャックさんの店を訪ねると、満面の笑顔で出迎えてくれた。
これは、いい感じに侯爵家と交渉が出来たかな?
「ようこそクライスさん方。お待ちしておりましたよ!」
「どうも。話はつきましたか?」
「えぇ、えぇ、それはもちろん。話を持っていったら、翌日には『実物を見せて欲しい』と返事が来ましたよ! いつでもモノを持っていけば、すぐに家令の方が見て下さるそうです」
「そうですか!」
「最近は骨董関係は品薄でしてな...侯爵家でも買い取る機会が減っておるのでしょうて。私としても、クライスさんのお陰で侯爵家への顔つなぎが出来れば万々歳ですよ」
「やっぱり品薄ですか。実は今回、逆にミルシュラントに持ち帰って売れる商品を仕入れられないかと、少しだけ周辺を回ってみたりしたんですが、まるでダメでしたね」
「でしょうとも。もうコルマーラ周辺の貴族家や、いや農家や商家であっても、売れるような骨董品は出尽くしておりますよ。どこに行こうと、屋根裏も納屋も空っぽですな」
「やはり、侯爵家がほとんど買い取ったからですかね?」
「それにレスティーユ家の寄子...つまり組下になる貴族達も、侯爵家に倣って骨董を嗜む家が多いですからな。皆さん、レスティーユ家に気に入られる糸口や、夜会で話を弾ませるネタにしたいと切実ですから」
「なるほど!」
「一時期はアルファニア中の骨董がコルマーラに集まる勢いだったそうですが、それも一段落して供給が滞り始めているのが実情ですな...それでクライスさんは、いつなら侯爵家にいけますかな?」
「いや、いつでもいいですよ? なんだったらこれからでも構いません」
「おお、それは助かります。でしたら早速向かいましょう!」
「御一緒するのは俺一人でいいですか?」
「ええ、もちろんですとも。すぐに当家の馬車を準備しますので、クライスさんも一緒にお乗り下さい」
「では、俺も馬車から荷を降ろしてきますね」
荷馬車に戻って『ガラス箱』の包みを取り出し、シンシアとアプレイスには、馬車と一緒にどこか適当なところで時間を潰してくれるように頼んだ。
ただし、危険なことはしないようにと、しっかり念を押しておく。




