アルファニアに潜む影
「ところで話は変わるけどクライスさん、今日、貴方が出掛けている間に王宮からメッセンジャーが来たんだよ」
「え、俺にですか?」
「うん、デラージュ宰相とクローヴィス国王から。どうやら、あのモルチエが必死に古代の魔道具を探していた理由は、レスティーユ侯爵家の動きに関わっているらしいんだ」
またここでもレスティーユ家の名前が出てきたか。
モルチエはレスティーユ家に取り入るチャンスとばかりに、なりふり構わない行動に出ているようだもんな。
「ソレって、モルチエがレスティーユ侯爵家の四女だかを嫁に貰うために取り入ろうとしてるんでしょう? 実はハーグルンド氏の商館でも、その話が出てたんですよ」
「いや違うよクライスさん」
「え?」
「レスティーユ家は昔から古代の遺物収集で有名なんだけど、最近では特にあちらこちらに働きかけてるらしい。それもただの骨董芸術じゃなくて『魔道具』に限定してね!」
「じゃあモルチエは...」
「レスティーユ家に取り入りたいのは事実だろうけど、魔道具探しはモルチエが自主的にやってることじゃなくて、レスティーユ侯爵家の指示を受けてやってたことのようなんだ」
なんだと・・・?
「組下の貴族は、寄親や格上貴族の命令には背けない。まぁモルチエは逆らうどころか自分の能力をアピールするチャンスとばかりに、逆に張り切りすぎてたみたいだけどね?」
「それでモルチエは、あちこちで『古代の魔道具を探せ』と騒いで回ってたんですか?」
「デラージュ宰相は、『お陰でレスティーユ侯爵家の動きが分かった』と言ってたそうだよ。バカだねぇ、モルチエって男は!」
むしろ、これほど周囲の意見が一致するヤツも珍しいな。
「で、レスティーユ侯爵家は、寄子の貴族達に何を探させてたんですか?」
「それがさぁ、『古代の魔道具』ってだけなんだよね。変わった魔道具ならなお良いってさ。まあ僕自身も人のことをとやかくは言えないけど、骨董品を集める連中ってのは確かにそういうところがある。珍妙で珍しいモノほど価値があるみたいな考え方だね」
「でもチョット変ですね」
「うん、なにか欲しいものが決まっているはずなのに、骨董や芸術に詳しいって言うかウルサいはずのレスティーユの連中が、ただ『古代の魔道具』って...そんな雑な探し方をする訳ないよ」
「となると、カモフラージュですか?」
「ああ、確かにカモフラージュだね! 『本当は何を探しているのか』が周囲にバレないように、色々なモノを手広く買い付けるって訳だ」
「ですよね」
「だったらクライスさんは、レスティーユ侯爵家の本当の狙い、実際に探しているモノはなんだと思う?」
「うーん...役割としてはさっきの『魔力触媒を起爆剤にする』為に必要な何か、とか?」
「さっきマリタンさんは魔力触媒のことを『兵器』だと言ったけど、世界戦争でも魔力触媒が何らかの形で使われたってコトだよね。それってどんな風だったの?」
「あー、それはですね...ちょっと酷い話になっちゃうんですけど...」
俺はパジェス先生にエンジュの森と南部大森林で見たことと、ヴィオデボラでドゥアルテ卿に聞いた話から推測できる当時の有様を掻い摘まんで話した。
最初はさも興味深そうに耳を傾けていたパジェス先生の表情も、俺の話が進むに連れて曇り始め、やがて大きく溜息を吐いた。
「ストップ、クライスさん。いまはもう十分だって言うか、続きを聞かせて貰うのはまた今度にして欲しい」
「ええ、もちろん」
「それでエルスカインは、そんな凄まじい破壊力を持つ魔力触媒を、今度は大結界を動かすための起爆剤として利用しようと考えてる訳だよね? そこにさっきの『古代の魔道具』ってのを足し合わせると、クライスさんの想像するような『ナニカ』になる」
「なんて言うか...古代文明には『奔流を弄る』ための魔道具があったんじゃ無いかなって気がするんです。むしろ、そう言うモノがあったからこそエルスカインが大結界を創ろうなんて発想する元になったというか、ヒントになったというか?...」
「有り得るね! 僕もクライスさんの推理は正しいと思うよ」
「そうですか?」
「うん。そしてレスティーユ家の連中は、その魔道具がいまでもどこかに現存してるってことを知ってるんだな。だから、むやみやたらにでも古代の奇妙な魔道具を買い漁っていれば、それにぶつかる可能性は高いと踏んでるワケさ」
「俺の産みの親と育ての親、両方の身に起きたことを考えても、レスティーユ侯爵家とエルスカインの間になんらかの繋がりがあることは明白だと思いますよ。そこにさっきの『遺跡からエルスカインを発掘した誰かが存在する』って話を足し合わせると、限り無く怪しい気がします。まぁ、直感なんですけどね」
いつものごとく根拠のない直感だけど、レスティーユ侯爵家は、単にエルスカインを政敵を片付けるための『魔獣使い』として雇っているだけでは無いように思えるのだ。
やはり、レスティーユ侯爵家にはもっと大きな謎が隠されている。
「いやいやいや、直感は大切だよクライスさん。それに、僕の直感も同じように感じてるんだ」
「私もです御兄様、先生!」
「ねぇ兄者殿、ワタシに直感ってモノが有るかはさておきだけど、耳にした情報からするとレスティーユ侯爵家が一番エルスカインに近い人達じゃ無いかって気がするわ」
「マリタンもかよ...これは侯爵家を調べるしか無いだろうな」
「それに兄者殿、ワタシが気になるのはあの本、『錬金素材の変遷』の著者なのよね?」
「アベール・ロワイエ? ロワイエ准男爵家か?」
「そう。兄者殿の母上さまのご実家、ね」
「まあ関わりがありそうなコトは先日の話でも分かってるよ。レスティーユ家の連中としては、ロワイエ家の血筋か継承権か、理由はともかく子孫を断ちたいんだろうな」
「ねぇパジェス先生、あの『錬金素材の変遷』が出版されたのは、およそ二十年ほど前でしょう?」
「おいマリタン、まさか!」
「ハッキリした証拠なんて無いのだけど、あの本に書かれてる内容が関係してるような気がするのよ、ね」
「魔力触媒の作り方があの本に出てるのか!?」
「いいえ、触媒を錬成するなんて話は出てこないわ。でも、錬成過程の一つとして、さっきパジェス先生が仰った『連鎖反応』が出てくるのよね。ある手順を踏むと、錬成が勝手に進んでどんどん素材が出来上がってくる...でも逆に素材を使い果たすまで止まらないから使いどころが難しい...みたいな?」
「それって、まるで魔力触媒みたいじゃないか!」
対象の『魔力を使い果たす』まで止まらない魔力触媒と、いまマリタンが言った『素材を使い果たす』まで止まらない錬金手法は、同じ連鎖反応を起こしてるように思える。
止める方法は魔力や素材が供給されるのを防ぐこと・・・でもさっきパジェス先生が言ったのは、大結界の場合は周囲の天然の奔流が次々と引き寄せられて、魔力が供給されていくから止まらないって事だ。
つまり、動き出したら止める方法がない。
「ここからが本題よ兄者殿。続けてこう書いてあるの...『いったん発生した連鎖反応を止める方法はあるが、それは非常に難しい手順を必要とする。従って、誰かが気軽に試して惨事を招くことを恐れて、素材生成における連鎖反応を引き起こす条件と、連鎖反応を停止させる手段についてはここに書かない』って」
「止める方法があるのかマリタン!」
思わず叫んでしまった。
「この書き方なら有ると思えるわ。そして著者は『いつの日か、錬金術師達が秘密主義を捨てて互いの知識を共有し会える日が訪れたなら、私は改めてそれを公表したいと思う』って、そうまとめてるわね」
「なんてこった...」
「コレが、レスティーユ家がロワイエ准男爵家の血筋を執拗に狙った理由じゃないかしら兄者殿?」
「もしも連鎖反応を停める手段を知ってるなら、エルスカインにとっては最大の危険物だよな。その知識か魔道具が継承されることを恐れて、俺の母親は襲われたってことか?」
アベール・ロワイエ氏が『錬金素材の変遷』という本を出版してしまったから、その近い血縁者である俺の産みの母親も狙われることになったってことか。
だったら、他のロワイエ家の人々も一人残らず狙われてても不思議じゃ無いな。
推測に過ぎないけど、エルスカインの作ろうとしている大結界にとって、魔力触媒に連鎖反応を引き起こさせるのは『最後の詰め』だ。
連鎖反応を停める方法を知っているかもしれない、あるいは、それが出来る魔道具を持っているかもしれないロワイエ准男爵家なんて、一番に消し去ろうとして当然だろう。
「御兄様、もしそうだとすると...」
シンシアが口を開いたものの途中で言い淀んだ。
うん、分かっている。
「多分、アルファニアに残っているロワイエ准男爵家の人達は、みな殺されてるか、ホムンクルスに入れ替えられてるかだろうな」
「そうですよね...」
こうなったら、自分の目で直接レスティーユ侯爵家とロワイエ准男爵家を調べてみるしか無さそうだ・・・




