魔力触媒の力
少しばかり重い気分でパジェス先生の屋敷に戻った俺は、フィヨン氏とハーグルンド氏から聞いた内容を皆に包み隠さず話した。
未知の『魔力触媒』なんて厄介なモノまで登場してきた以上、古い魔法にも造詣が深いパジェス先生の力も借りたい。
「なるほど『魔力触媒』ねぇ...確かに、高純度な魔石に包含されている魔力を一気に解放して、更にそれを『魔力触媒』で十倍にも百倍にも高めるとなったら、原初の昔から流れ続けている奔流の向きを好き勝手に変えることも出来るかも知れないね」
「やっぱりそうですか」
「ま、その時にはラファレリアも跡形無く消え去ると思うけど?」
サラッと言ってのけるのはパジェス先生の達観か。
「先生、エルスカインが魔力の奔流の流れを変えるのはずっと前からやって来たことですけれど、御兄様の言う『触媒』の働きが最後の一押しみたいになるのでしょうか?」
「うん、シンシア君が見せてくれた奔流の変化の図があったよね。あれで言えば、エルスカインがあちこちに作ってきた魔力の『井戸と水路』で、魔力の奔流を通すための道はもう出来上がってる訳でしょ?」
「恐らくは」
「ただし経路は出来上がっていても、押し流すための力が足りないって可能性はあるんだよ」
「押し流す力ですか...」
「えっとねシンシア君、重たい岩が坂道の天辺に置いてあるとして、それは重すぎてしっかり地面に食い込んでる...だから風が吹いたって動いたりしないけど、誰かが力一杯に蹴飛ばせば別だよね?」
「あ、その動き出せる境目が臨界で、魔力触媒を必要としている理由は、その状態を造り出すためなんですね?」
「うん、そして重たいからこそ、一度転がり始めたらもう誰にも止められないんだよ。ムリに止めようとすれば、蹴飛ばした時の何十倍、何百倍もの力が必要になるだろう」
「ああ!」
「分かったシンシア君? そう考えると、さっきクライスさんが言った起爆剤という表現は正しいかもね? 臨界点を超えさせるための『キツい一発』って感じだもの。多分そうやって、人工的に作った大結界に沿って奔流を一気に循環させる訳だろうさ」
「なるほど...」
「その後は文字通りに『坂道を転がり落ちるように』って感じかな...しかも、坂道なら下まで落ちれば止まるけど、コレは止まらないよ? どこまでも進んでいくことになるんだ」
「えっ、どうしてです先生? 触媒があっても魔力を放出しきったら止まるんじゃ無いんですか?」
「僕の予想だと止まらない。恐らく、いったん循環し始めた流れは周囲の奔流を取り込んでますます強まっていくよ。専門的には『プラスのフィードバック』なんて言ったりするけど、強くなった流れは更に遠くの奔流も取り込むようになるだろうな...言わば『連鎖反応』だね!」
「えぇ...」
「だから、一度勢いがついたら、それはもう昔からある天然の奔流と代わらない存在になる。その向きをまた変えるとなったら、その時にも同じくらい大掛かりな仕掛けが必要になるだろうな」
「つまりそれは、大結界を一度動かし始めたら、もう元に戻す方法は無いという事ですね?」
「そうなるだろうねシンシア君...そしてクライスさんの推理によれば、そんな物騒な起爆剤がこのラファレリアの地下に、先史時代から数千年もひっそりと眠っていたという訳だね」
「気の滅入る推理ですけどね」
「それは仕方ないさクライスさん。だって今回の一件は、ドコをどうほじくり返しても良い話なんて出てくるワケ無いだろう?」
大きなダイニングテーブルの向こう側で、パジェス先生がフォークを振り回しながら言う。
そうは言われても、山を吹き飛ばして街を土砂に沈めるとか火山を故意に爆発させて平原を溶岩で埋め尽くすなんてのは、『過去の人々による愚かな行い』って認識でいたのに、ソイツが現在進行形だって言うのはマジで頂けない。
このままなら、魔力触媒は確実に世界を破壊するだろう。
先史時代のドワーフ達が『滅びの石』と呼んだのは、核心を突いてたと思うよ。
「そうですけど、さすがにちょっと怖すぎますよ。なぜエルスカインは、この街の地下に魔力触媒が埋もれていることを知ったのか、とか。謎に一歩近づくと二歩遠ざかる、そんな感じです」
「あら、兄者殿ったら中々に詩的な言い回しね?」
「褒めてるか?」
「もちろんだわ兄者殿」
「マリタンとエルスカインは、ほぼ同じ時代に生まれたはずだろ。どうしてエルスカインだけがそれを知ってるんだ?」
「魔力触媒なんて生活魔法じゃないでしょ? 当時だって兵器として使われたんだと思うし、一般市民が手にするモノじゃ無かったハズよ」
「ごもっとも...」
「それにエルスカインも、ワタシのようにガラス箱の中で眠っていたからじゃあないかしら、ね? そしてきっと目覚めてからラファレリアの地下に魔力触媒の鉱石だか原料だかが埋まっていることを誰かに教えられたんだわ」
「...まぁ、そう言う展開が妥当だよな」
ヴィオデボラにあった『ドゥアルテ卿の記録』、ヒップ島に隠されていた『バシュラール家の秘密施設』、恐らくエルダンのガラス箱に入っていたマリタンやリリアちゃんって実例もある。
「御兄様、私もその可能性は高いと思いますよ。エルスカインが何故、四百年前に急に目覚めたのかは分かりませんけど、奔流を弄って大結界を作り始めたのはその時からです」
「ああ、以前もその話が出たよな? 確かに、三千年前に古代の世界戦争が終わってから四百年前に大戦争が始まるまでの間、エルスカインは全く活動してなかったって感じはする」
いやそもそも、三千年前に誰の手でガラス箱に収められたんだって問題もあるけどな・・・それはいま考えても仕方が無いか。
「僕も『凍結ガラス』の存在を教えて貰った時は、腰を抜かしそうに驚いたよクライスさん。それこそ冷凍なんて目じゃない魔導技術だもの」
「そりゃあ古代文明ですからね」
「でも聞く限りじゃあ、凍結ガラスの中に入れられたモノにとっては、その瞬間から時間が止まる。だから中にいるモノが自分で自分のガラス箱を開けるってことは出来ないハズさ」
「ですね。もしヤツが、マリタンみたいに凍結ガラスの中にいたのなら、誰が蓋を開けたんだって話です」
「そこは宝箱じゃないかい?」
「え、どういう意味ですかパジェス先生?」
「探検家が洞窟で古代のドラゴンが隠していた宝箱を見つけて、ワクワクしながら開けると、中に入っていたのは金銀財宝なんかじゃ無くて古の魔物だった...って、お伽話に良くあるでしょ?」
「ありますね。大抵は、『欲に駆られて訳の分からないものに手を出すと災いを呼ぶことになる』って寓話ですけど」
「そうそう。それだよ」
「つまり四百年くらい前に古代の遺跡を発掘していた誰かが、偶然、エルスカインの入っていたガラス箱を見つけて蓋を開けたと。で、中から出てきたのはポルミサリアを滅ぼそうとしている魔物だと...」
「それこそ寓話の通りですね御兄様」
「寓話ならいいけど現実はキツいな。これって嬉しくない方向の『典型的なストーリー』って奴だ」
「ですが、ともかく誰かがエルスカインの入っていたガラス箱を見つけて蓋を開いた。そして、魔力触媒の存在を教えたということだと思いますよ」
「その間に、もう何段かの経緯があるって気はするけどな? だって、箱から出された時のエルスカインがどんな格好をしてたのかも分からないけど、教えたヤツにしても、なんで、そんなことをエルスカインに教えたのか意味が分からないよ。それこそなんのメリットがあっての話だ?」
「僕が思うにはクライスさん、そこは発見者とエルスカインの間で、なんらかの対話と恐らくは取引のようなものがあったんだろうね」
「対話ですか?」
「だって、未知の相手に色々と話を聞くのはワクワクしないかい?」
「それはまあ」
「数千年の経過を感じていないエルスカインが面白くて、色々と現代の知識を渡したのかもしれないし、古代の情報と現代の情報を互いに教え合うなら、いい取引だろ?」
「そりゃ確かに。俺たちとマリタンの出会いだって似たようなもんですしね...もしもエルスカインの入っていたガラス箱を見つけたのが学者タイプの人物だったら...」
「僕みたいな?」
「ぶっちゃけそうです。もしもパジェス先生みたいな人なら、昼夜を忘れて対話に熱中しただろうと思いますね」
「あはっ、それは僕自身としてもそうなる自信があるな!」
パジェス先生が、さも愉快そうに笑いながら言う。
ココまでの話の中には不安になりこそすれ、笑えるような要素は一欠片も無かったハズなんだけど・・・




