悪党の片付けかた
「もうどんなに悪いこと考えても実行は出来ないから大丈夫なのー」
パルミュナが所長さんに助言する。
「隠し事が出来ないって、下手に牢屋に入れられるよりキツいかもな」
「俺の大事な妹を酷い目に遭わそうとしてたような奴には、この程度の罰は受けてもらう。生き延びられるかどうかは、こいつら次第だ」
「たしかにな...」
「おい、お前ら内心では、このお兄さんのことをどう思ってたんだ?」
まだ立ち上がれないお兄さんを指差して二人に聞いて見る。
「腕っ節がちょっと強いだけで、頭空っぽの馬鹿ですよ」
「おだてるとすぐいい気になって、こっちの言いなりでさあ」
さっきから筋肉馬鹿呼ばわりされているお兄さんは、目を見開いて怒りに顔を染めているが、地面に座り込んだまま動こうとはしない。
一応、もう揉め事は起こさないって誓いを守る気でいるらしい。
言ってる二人の方は、自分たちがどんなに危ないことを口にしているのかの自覚はあるので、喋りつつ顔が引き攣ってるな。
ただ、それでも自分の口が止められない。
どうあがいても、聞かれたことには本音を喋ってしまうのだ。
「それで?」
「まあ、あんまり調子に乗るようなら、採掘場で岩を落として腕か足でも潰せば怖い相手じゃ無くなるんで」
「油断だらけっすから、最後はどうにでも出来たと思うっす」
さすがに所長が止めに入った。
「もういい。お前らは仮に、ここを放免されたらどうするつもりだ?」
「山を下りたフリして適当なところに潜んで、補給の馬車を襲って逃げるのがいいと思います」
「それか夜中に宿舎に忍び込んで金目のものを盗んで逃げるかっすね」
いざ実行しようとしても身体が動かずに不可能なんだけど、悪事を思い浮かべること自体は禁止されていないので、つい考えてしまう。
そして、それを隠さず口にしている状態だ。
「救いようが無いな...」
さすがに面倒見の良いレビリスも、うんざりした口調になってるぞ。
「うーん...コイツラこそ、もうここには置いておけんなあ...このまま放逐するか」
「いや所長さん待って下さい。こいつらは全然分かってないって言うか危機感を持ってないけど、ここは魔獣の出る山なんです」
レビリスが所長を止めた。
「もうじき暗くなるし、こんなトロい奴らが暗い中をトボトボ歩いて降りてたら、魔獣の餌食になりかねないですよ」
「まあそれも仕方ないんじゃねえかな? こんな奴らだぞ」
「それはそうなんですけどね...この採掘場の安全を任せられてる破邪としては、誰であろうと魔獣の被害者は出したくないんですよ」
レビリスって・・・本当に凄い男だ。
++++++++++
結局、二人は明日まで宿舎内に留め置かれることになった。
宣誓魔法の力がある限り、どんなに悪いことを思いついても実行できないというパルミュナの説明で、所長さんも渋々同意した感じだ。
ただ、金のために自分を殺そうとまで思ってたような連中を野放しにしておきたくないという事で、採掘道具入れの倉庫に押し込めておくことになった。
連中は倉庫の中のモノを盗むことも傷つけることも出来ないので問題は無いし、衛士隊に引き渡しても意味がないので、夜が明けたら解雇してそのまま放逐する段取りだ。
その後もなんとか悪事を働こうと画策するだろうけど、なにも実行できない上に、むしろ狙ってる相手にそれを喋ってしまう状態だからね。
そういった、なんやかやを済ませて食堂に戻ると、俺たちが座っていたところの食べかけの皿は、すっかり片付けられてしまっていた。
「あらら、ほったらかしにし過ぎてたか!」
俺がそう言うと、近くのテーブルでエールをやっていた作業員が声をかけてくれた。
「流石に冷めきってちまってたからな。調理のやつが下げてったけど、新しいの出すから言ってくれってよ」
「食べかけだったの無駄にしちゃうみたいで、なんか申し訳ないなあ。こんな山の上まで食料運んでくるのだけでも大変なのに」
「まあいいんじゃねえか? 残飯は刻んで鳥の餌にするみたいだしよ?」
「は? 鳥の餌?」
レビリスも知らなかった。
「なんだいそりゃ? まさか麓までわざわざ残飯運んでいくのかい?」
「違う違う。ここに来たとき聞こえなかったか? 鳥の鳴き声」
「いや、ざわついてる音はしてたけど、あれ鳥なのか?」
「おうよ。まあ基地の向こう端だから気が付かねえか。ここで鶏飼ってんだよ最近」
「えええぇ?」
「どうしてもよ、山の上だと食い物が日持ちのするモンしか持ってこれねえだろ? 野菜とかはまだいいけどよ、夏場の肉や魚は塩漬けとかになっちまうじゃねえか? それじゃあ体に良くないってんで、ここで新鮮な卵や肉を食えるようにって伯爵家の方が言い出したそうでな。最近、試しに鶏を飼い始めてんのよ」
どこまで食い物にこだわるんだよ、リンスワルド伯爵家!
開いた口が塞がらない。
何か、食い物に執念でも持ってるのか?
俺たちが戻ってきたのを見つけた食堂の人が、温かい四人分の食事を持ってきてくれた。
有り難く礼を言ってテーブルにつき、中断していた食事を再開するが、さっきは途中まで食べてたのにまた新品が出てきたから、これって量的に五割増しだよね?
まあ、食べちゃうけどな。
それよりも、俺には大きな悩みがあるのだ・・・
「はー、やっぱり俺って判断が遅いのかな?」
「えー、なんでー?」
「だってなあ、最初に食堂でお兄さんを止めようとしたらレビリスに先を越されるし、レビリスを刺そうとしたから、さすがに止めようと思ったらパルミュナが先に動いちゃうし、結局俺ってなにもしてないよな...」
「お兄ちゃん、アタシのことで怒ってくれた時は、瞬きする間もなく動いてたよー?」
「あれは考えて動いてねえ...むしろ良くないよな。ロクに考えもせずに気がついたら身体が動いちゃってたんだからさ...」
「アタシはとっても嬉しかったからいいのっー!!!」
「そーいう問題じゃないだろ、これ。まあ、つまりは自分でなんとかしなきゃいけないことだし、ここで愚痴っても仕方が無いけどな」
「でもお兄ちゃん、ちゃんと手加減してたよ?」
「さすがにそれが出来てなかったら、俺も自分でヤバイって思う...レビリスには心配掛けちまったけどな」
「気にするなよライノ。アレで良かったと俺も思うぜ」
「そっか。すまんなレビリス...それにしても今日はどうしたんだパルミュナ? ちょっと、いつものお前らしくない振る舞いだったな?」
「へへっー、レビリスのお手伝いー!」
「はあっ?」
「だって、レビリスはお兄ちゃんだけの友達じゃなくて、アタシの友達でもあるんだもん。だからお手伝いしたのー!」
「やあ、パルミュナちゃんからそう言って貰えるのは嬉しいね!」
「レビリスが仕事としてああいう連中の相手をしてるんだって、すぐに分かったしさー。きっと単にノシちゃっても駄目だろうし、どうするのがいいかなって思って、本街道で野盗に襲われた時のお兄ちゃんの真似してみたー!」
「え、なにそれ? ライノって本街道で盗賊に襲われてたのか? そんなの聞いてなかったぞ?」
「あー、まあ大したことじゃ無かったんでな。別に魔物に取り憑かれて狂ったとかそう言うのじゃ無くって、ただの小悪党。しかも、俺と同じエドヴァル出身って言うバツの悪さだよ」
「そうなのか。そいつらはどうしたんだ?」
「ちょっとだけ懲らしめて追っ払った」
「その時にも、さっきの宣誓魔法を?」
「おう、そういうこと」
「ふーん、そうなのか...これからは、殴るだ懲らしめるだってだけじゃ無くて、そういうやり方も、どんどん必要になってくるかも知れないなあ」
「パルミュナの宣誓魔法はちょっと特殊だぞ?」
「まあそうかもだけどさ、いまはフォーフェンの街もどんどん大きくなってるだろ? いろんな奴が流れ込んできてるし、その中には故郷にいられなくなって出てきたような危ない奴だって結構混じってるんだよ」
「そりゃあそうだろうな」
「大体さ、地元で楽しく暮らせてるなら、わざわざそこを出てフォーフェンまで来る理由なんて無いからな...あっ、これはウェインスさんの事じゃ無いぞ!」
「慌てるなよ、分かってるって」
「と、とにかく、いろんな奴が流れ込んでくるようになるとさ、さっきみたいな連中の出てくる割合だって増えてくるだろ?」
「それも必然だな。雇う奴をよく見て弾く以外に方法は無いよ」
「けど、この採掘場周りの仕事で喰ってるフォーフェンの破邪としては複雑な気分さ。対人相手のあれこれなんか本来の仕事じゃ無いのに、どうしても頼られちまうからさ」
「確かにな...」