巨人族とドワーフ族
「知っての通り、現代では『巨人族』とは、わずかな伝承やお伽話の類いに痕跡を残すだけの存在となっておりますが、北部大山脈には遺跡も残っておりますし、実在したことに疑いはありません」
「ええ、遺跡があることは俺も耳にしていますよ」
「その遺跡を実際に見てきた者の話によると、扉や門の大きさから推定される背丈は、儂らの三倍近くあったと思われるそうですな」
平均的なドワーフ族の三倍なら、人間族やエルフ族でもっとも背の高い者と較べても、二倍以上あるだろう。
お伽話に出てくるように『森から頭を突き出して歩いていた』とか『石の塔の天辺に手が届く』なんてのは誇張だとしても、人族としては相当な巨体だ。
想像するだけで強そう・・・
「彼等は儂らを『小さきもの』つまりドワーフと呼び、儂らのご先祖は彼等を『大きな者』つまり巨人と呼んだ訳です。まあ、互いに自分たちを基準にしたということですな」
「いま街を歩いていたら物凄く目立ちそうですね」
「とても普通には暮らせますまいて。庶民の家でも王宮並みの天井高が必要になりますぞ?」
「おぉぅ、それはごもっとも...」
「しかし彼等は歴史に文字を残す前に滅んでしまった。いや、残っていたのかも知れませんが、古代の世界戦争の記録はほとんど残っておりませんから、その時点で消えたのでしょうな」
「え? でも巨人族は古代文明が発達する以前に、もういなくなってしまっていたんですよね?」
「そうです。ただし巨人族が文字を持たなかった訳では無い。その証拠に遺跡には文字らしきモノがいくつか刻まれているそうですぞ。もっとも、誰にも読めませんがね?」
「読めないから消えたと...」
「いえいえ違います。高度な魔導技術が盛んになっていた時代には、ほぼあらゆる記録...文字や写し絵ですな...それらの多くは紙では無く、一種の魔道具に記録されておりました」
「どんな魔道具なんです?」
「有り体に言えば『板』ですよ」
「板?」
「左様。様々な大きさの一枚の板が魔道具になっておりましてな。その板の中に、まるで本のように沢山の文字や写し絵を書いておき、後から自由に呼び出して見返すことが出来るという素晴らしい魔道具です」
おお・・・これはアレだ。
間違いなく、エルダンでシンシアが手に入れた帳簿、『魔帳』と同じ種類の魔道具だろう。
あの時にアプレイスは『魔帳』のことを、『ドワーフたちが財宝目録として使ってた』と言っていたな・・・しかもそれは、『どっかの戦争で負けた国の宝物庫から王冠やら宝石だのと一緒に流れ出たシロモノ』だと。
「儂も何度か見ていますし、自分で売り買いしたこともありますぞ? ただ、動かせるほど状態の良いモノがたまに出てくることは有っても、すべて中身は空っぽなのですよ」
「空っていうと、何も書かれていないワケですか?」
「ええ、まっさらです」
「それは、新品という意味じゃ無くて...」
「中身が消えているんですな。恐らく魔導機構は生きていでも、魔力の供給が途絶えた時点で、それまでに記録された内容は文字も写し絵も、全て消え去ってしまうのでしょう」
「ほぅ...」
「それに、古代文明が盛んだった頃にも紙の本が作られなかった訳ではありません。ところが世界戦争前後に作られた本は、紙質が異常なほど脆くて、数百年と保たずに風化してしまうのです。なにかの偶然で完全密閉されて保存されていたようなレアケース以外は、ほとんどの本が手に持つとボロボロと崩れ去ってしまうほど脆くなっていますな」
またしても思い出したのは、ヒップ島の別荘で砂粒のようにボロボロに崩れていたカーテンとかの布類だ。
思うに何らかの理由で、古代文明では『モノの耐久性』はあまり重視されていなかったんだろうな。
まぁ、大切なモノは凍結ガラスの箱にでもしまっておけば良かったのだし。
「そんな訳で古代の記録は断片的にしか残されておらんのですよ。むしろ古代文明の時代に作られた本よりも、先史時代に造られた羊皮紙の古文書の方が、良い保存状態で発見されたりするくらいですからなぁ」
「じゃあ巨人達の記録は...逆に古代の高度な魔道具や本に『移し替えられていたからこそ消えた』と、そういう話なんですか?!」
「ご明察ですクライス殿」
「勿体ない...」
「ですなぁ。しかし消えてしまったモノはどうしようもありません。これは巨人達のことに限らず、同時期を生きていた種族や文化に関する記録のほとんどが消えたということです」
「だから巨人族のことは伝承やお伽話でしか伝えられていないんですね」
「ええ。彼等は僅かな伝承だけを残して、歴史の記録から消えてしまった...しかし儂らドワーフは穴ぐら暮らしが長かったせいで、幸いにも世界戦争後も手元に残されている資料が多かったのです。世界が荒廃した後に、いち早く鉱山と冶金について他種族よりも秀でることが出来たのは、蓄えていた知識の助けも大きかったのでしょうな」
技術というのは、知識の蓄積から生まれるものだ。
一つ一つの技術は、シンシアやパジェス先生が言うように『アイデアの閃き』で生まれるのかもしれないけど、そうして生まれたアイデアが形になり、モノになっていくことで、更に次の技術に繋がっていく。
さながら、パジェス先生の探知魔法を元にして、シンシアの手で方位魔法陣が生まれたように・・・
だからハーグルンド氏が言うように、『世代を超えて知識を蓄積していく手段』すなわち『文字と書物』が存在しなければ、高度で複雑な技術を持つ社会は存在し得ない。
一人の人間が覚えていられることなんて、ごく僅かなのだから。
「それでクライス殿、儂がいきなり巨人族のことをお話ししたのは理由がありましてな...」
「ほう?」
「実は、とある鉱山での出来事が巨人族の滅亡に関係しておるのですよ」
「鉱山で?」
おおっ、あまりにも唐突に話が変わったから少し訝しんでいたんだけど、ちゃんと鉱山に繋がりの有る話だったのか。
「巨人族はドワーフのように土魔法に長けては無かったようですが、彼等には並外れた膂力がありましたので、ツルハシの一振りで大岩を砕いたと言われております。ですので巨人族の鉱石採掘はドワーフのように地下深くまで坑道を掘り進めるよりも、いまで言う『露天掘り』が主体だったようです。もっとも、先史時代のことですから、掘り出すモノはせいぜい鉄鉱石や銅鉱石、僅かな錫位だったでしょう」
「鉄や銅だと言っても、北部大山脈では精練に使えるような鉱石が地面にゴロゴロ転がってたんですかね?」
「クライス殿、それは北部山脈とは関係なくですな、『先史時代の当時ならば』ですぞ?」
「あぁ!」
「地表近くにある資源はほとんどが世界戦争の前後で浚い尽くされておりますから、もう今後は地面に落ちている鉱石を拾って金属を取り出すなんてことは難しいでしょうな」
「なるほど。利用しやすい資源は使い尽くされてしまったと」
「そういう事ですな。もっともそれは北部ポルミサリアの話で、東の果てや南方大陸の奥地まで行けば、また違うのかも知れませんが...いずれにしろ先史時代には、さほど深く掘らなくても有用な鉱石を得られたことでしょう。巨人族達はそうやって鉱石を得て、自分たちが使う銅器や鉄器を作っていた訳ですが、ドワーフ族との交易を通じて彼等も金属製錬の技術を発達させ、さらに様々な道具を作り始めたようです」
「巨人族の造った道具類は、さぞ大きかったんでしょうね」
「ええ。だから鏃やナイフならともかく、斧や剣となると大きすぎて造るのも運ぶのもドワーフの手に余る。彼等は自分たちが使う道具を自分たちで造り出す必要があったのです」
「なるほど」
「そのために、彼等は良質な鉱石を求めて、どんどん採掘を進めていったのですな...そしてある日のこと、巨人族の坑夫はとんでもないモノを掘り当ててしまった。最終的に、それが巨人族達が滅びる要因となってしまったのです」
「とんでもないモノだと? 滅びの原因たぁ穏やかじゃねーけど、一体全体なんだいそりゃあ?」
お俺よりも先に、フィヨンさんが素っ頓狂な声を上げる。
ハーグルンド氏は意味ありげに間を置くと、少しだけ首をかしげるようにして言った。
「そうですなぁ...お二方は触媒、特に『魔力触媒』というモノの存在を聞いたことがおありですかな?」
『まりょくしょくばい』・・・なんだそれ?




