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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第二部:伯爵と魔獣の森
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悪巧みの黒幕


「おうっ、終わりだ終わり。みんな宿舎に戻れ!」


集団の後ろから所長さんが声を掛けた。

「へーい...」

見物人たちがぞろぞろと宿舎の中に戻っていく。

所長さんは腕組みして仁王立ちしたまま、作業員たちが中に入りきるのを見守っていたが、最後まで動こうとしていない二人に怪訝な顔で声を掛けた。


「聞こえなかったのかお前ら。戻れっつってんだろ!」

「あ、そ、その、動けねぇんで...」

「はぁ?」


「その二人が仲間っていうかー、この死にたがりを(そそのか)した奴らー」


パルミュナが動けなくしていたらしい。

言われてみると、さっき食堂でお兄さんが俺たちのところにやってくるまで、一緒にテーブルを囲んでいた相手のような気もする。


「いやそのっ!」


「聞こえてたよー。『ケモノ相手に剣を振ってるだけの破邪なんて、喧嘩じゃ弱っちいもんだぜ。まとめてぶっ飛ばしちまえよ』ってー。それで負けそうになったら素知らぬふりみたいなー?」


それを聞いて、パルミュナに地面に放り出されてうつ伏せになっていたままのお兄さんが、キッと顔を上げて二人の方を睨んだ。


「この死にたがりに、お兄ちゃんやレビリスを怪我させて動けなくしておいてから、夜中に馬車を盗んでアタシを攫うつもりだったんだよねー。『あんなちっこい娘、口塞いで馬車に押し込んじまえばあっという間だよ』だってさー!」


なんだと?


「『適当にオモチャにした後は街で売っぱらっちまえば、ここであくせく働いてるよりいい金になるぜ』って、ヒソヒソ話してたもん」


それを聞いた俺はほとんど意識もせずに瞬時に二人の前に移動すると、両手それぞれで二人の喉元を掴んで身体を地面から持ち上げていた。

二人が苦しがって空中でバタバタと足を動かすが、そんなことでは俺の両手は微動だにしない。


「お前ら、俺の妹を攫って乱暴するつもりだったのかっ! 弄んだ後は、娼館に奴隷として売り飛ばすってかあっ?!」


思わず叫んでいた。

それをパルミュナ相手に、実際に出来るか出来ないかの話じゃない。

そういう目に遭わそうと狙ってたって事だ。

心の中に、これまで持ったことの無かった怒りが渦巻いている。

あの本街道の用心棒崩れたちの時よりも、はるかにリアルな怒りだ。

破邪も勇者も関係ない。


元々は建前上の演技のはずだったし、仮初めの言い訳に過ぎなかったのに・・・驚いたことに『パルミュナという妹』への思いが、いつのまにか俺の中で本物になっていた。

自分でも気づかぬうちに育っていたその気持ちが、この二人を許せなかった。


パルミュナは大精霊でも俺の『妹』なんだよ。

たぶん俺より強くて年上で、人には触れられない存在だけど、それでも大事な可愛い『妹』なんだよっ!

ふざけんじゃねえぞっ!


「ライノっ お、落ち着け!」

レビリスの声が後ろから聞こえる。


「グブゴゴグッゴゴ..」

俺に喉元を掴まれている二人が、口元から泡を吹き始めた。

それを見て少しだけ冷静になり、喉元を掴んでいた手の力を緩めて二人の身体を地面に落とす。


ドサリと地面に落ちた二人は蹲ってゲホゲホと咳き込んでいる。

自分は影に身を潜めたまま危ないことを人に押しつけて、こっそりと利を得ようとする奴ら・・・俺にしてみれば、クズの中のクズだ。


「お兄ちゃーん、アレやっていい?」

パルミュナの声に振り返る。

「ん?、アレってひょっとすると宣誓魔法か?」

「そー。この死にたがりはともかく、そっちの二人は改心するとかあり得ないからー」


「だろうなあ...よし、いいぞ」


そう言うと、地面にへたり込んでいる二人の下に、鮮やかな魔法陣が浮かび上がった。

以前に本街道で襲ってきた奴らに掛けたのと同じように見える。


「お前ら、ここで死にたくなかったら、これから俺が言うことに『はい』と答えろ。いいな?」

「あ、ああ...ぐふっ..は、はい」

咳き込んではいるが、喉をつぶしたわけじゃ無いので、ちゃんと声は出ている。


「よし。お前らこれから二度と嘘をつくなよ。嘘も、隠し事も、欺しも誤魔化しも一切禁止だ」

「は、はい...」

魔法陣が承認したことを示して、フワッと青く光った。


「それと、これからは他人に一切の危害を加えるな」

「はい」

「盗んだり壊したり、人の財産に損害を与える事はすべて禁止だ」

「はい」


「よし、いいぞパルミュナ」

パルミュナが手を振ると、二人の下の魔法陣が赤く輝いてから消えた。


どう口を出していいか分からない感じで戸惑っていた所長さんが、おずおずと俺の方にやってきた。


「あー、その、なんだ。ウチの作業員が迷惑を掛けたみたいですまんな。そいつもそうだが...」

といまだ両手を地面について身体を支えている状態のお兄さんの方を顎で示す。


「さすがに刃物を出して襲いかかったとあっちゃあ、ここで働かせとくわけにもいかない。コイツの方からタウンドさんに喧嘩を売って殴りかかったのは分かってるし、解雇して衛士隊に引き渡すのが妥当かと思うが、どうだろう?」


「所長さん、コイツは許してやって貰えませんか? 本当に頭に血が上っただけだと思うんで...もちろん本人が反省して、二度と揉め事を起こさないと誓うならってことですけど」


意外なことに、それをレビリスが庇った。

ちょっと驚いたな。


「なあ、どうだ?」

「う、うす。思い上がってて...すんませんでしたっ!」

「もう、ここで揉め事起こす理由なんか無いだろ?」

「うす。なんか、俺ならここでアタマを張れるみたいに思い違いしてたんで。もう、そんな馬鹿なこと考えたりしません! 誓います! 明日から真面目にやります!」


「って事だそうですが、どうでしょう?」

「あー、まあ、タウンドさんがそう言うならな...おい、ナイフは俺が預かっとくぞ?」

「うす」

お兄さんは背中からナイフの鞘を引き出すと、黙って所長さんに差し出した。


そっか、最初に煽って喧嘩を引き受けたのも、いったん溜まってるモノを吐き出させようと考えてのことだったのか。

えらいっていうか、本当に面倒見がいいんだなレビリス。


落ちているナイフを拾い上げて鞘に収めた所長さんは、まだ地面に座り込んだままの二人の方に向き直った。


「で、お前らは、本当にこのお嬢ちゃんを攫って売り飛ばそうなんて考えてたのか?」


「はい。そいつに破邪たちをコテンパンにノシて動けなくさせておいて、夜中に補給の馬車を盗んで逃げちまえば、もう街まで追い付かれないだろうと思ってました。もしもそいつが破邪に負けて逆にぶちのめされても、いい気味だって思うだけですから」


「へえ。その嬢ちゃんなら凄え上玉なんで、少々俺たちで楽しんだ後でも、娼館に高く売れることは間違いないって思ったんで。どうしても暴れるようなら殺して川にでも投げ込んじまえばいいだろって」


嘘をつけなくなった二人がスラスラと悪巧みを告白しはじめて、所長さんがビックリしている。


「ライノ落ち着けよ?」

「あー、大丈夫だ。心配させてすまんなレビリス」


目を見開いた所長さんが二人の言葉に念を押す。


「えっと、二人とも、なんだ? 自分たちがこの娘さんを攫って暴行して、挙げ句に売り飛ばすか殺すつもりでいたって認めるんだな?」

「はいそうです」

「へえ、間違いねえす」

「他にも企んでたことはあるのか?」


「山を下りる奴への報奨金が所長さんの部屋に隠してあることは調べが付いてたんで、出来れば逃げる前にそれも奪っていくつもりでした」

「まあ実際、寝てる所長さんを殺しちまうしかなかったっすよね」


さすがにこの告白には所長さんも絶句している。


「報奨金ってなんだ?」

どうでもいいことだけど気になったので、ついレビリスに聞いた。


「ずっと真面目に働いた奴には、長期休暇の時や仕事をやめて山を下りる時に、働いた期間に応じて所長さん権限で報奨金が出るのさ」

「それは給料じゃ無いのか?」


「別だよ。給金はここで払わずに、街に戻る時に中継所に割符を持っていって受け取ることになってるのさ。ここで金を渡すと作業員たちが賭博を始めて、身を持ち崩す奴が出ちまうからってことらしい」

「なるほど!」


それはともかく、この二人の扱いは面倒な話ではある。

パルミュナの宣誓魔法でスラスラ自白しているとは言え、どれも『未遂』の犯罪だ。

罰しようにも根拠が無いし、衛士隊だって、そんなの突き出されても扱いに困るだろう。


「お前らよ、これからどうするつもりだ?」

所長さんも、どう扱っていいか悩んでる感じだな。


「なんとか所長さんを言いくるめた後で、金目のものを盗んでこっそり逃げようと思ってます!」

「そこの筋肉バカが財布を隠してる場所は知ってんで、とりあえずそれを盗って、あとは街に逃げ込んでから考えりゃいいかって感じっす!」


宣誓魔法のせいで、聞かれたことにはあくまで正直な二人である。


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