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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第九部:大結界の中心
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銀ジョッキ改四号の開発


「そうだクライスさん。オレリアが刀鍛冶の人との約束を取り付けてきたら、この論文を手土産に話をしに行くのもいいんじゃないかな?」


「初っぱなからラファレリアで出すのはマズくないですか?」


「いや、外国で手に入れたとでも言えば、それで通じると思う。実際に、すぐにポルミサリア中のアチコチで出回ることになるんだし、国外とアルファニアのどちらで先に流布してたかなんて調べようも無いからね。向こうさんだって、まさか『最初の一冊』を自分が受け取っただなんて、夢にも思わないさ!」


それは確かにそうだな・・・


外国との間の貿易や交流は時間が掛かるものだから、少々の『時間差』なんて分かるはずもない。

それに俺たちは転移魔法が使えるから、これまでに転移門を設置しているミルシュラント各地やサラサス、ルースランド、ポルセトなんかに、本当に『時間差無し』で論文をばら撒いてくることだって出来るワケだ。


「分かりましたパジェス先生、そうさせて貰います。刀匠なんて呼ばれてるほどの職人なら、刀作りに関わってくるネタの方が食いついてきそうですからね」


「うん、僕もそう思うよ。ひょっとしたらクライスさんの聞きたい冶金上のことが、向こうにとっては秘密にしておきたいことだっていう可能性もある。そういう時に、いまならこの断熱の魔法を話題の糸口に出来るんじゃないかな? もちろん、すぐに知れ渡ってしまうことだけど、それはあらかじめ『外国ではこういう魔法が広がっているらしい』とでも言っておけばいいさ」


「そうですね。職人気質の人達っていうのは他人に先んじて新しい情報を知りたがるものですし」

「うん、数ヶ月でも先を走ってれば、情報通だと言って貰える世界だからね!」


その後パジェス先生は、できるだけ早く論文の草稿を書き上げると言ってくれた。

こういうモノは色々な人が書き写して広まっていくから、先々で少しずつ内容の違うものが出回ってもおかしくないのだそうだ。


そして夕食は、どれが『冷凍保存』されていた料理で、どれが『今日作った』ものなのか見分けが付かないほどで、どれも素晴らしかった。


++++++++++


翌日、パジェス先生が早速『断熱術式』の開発と論文執筆に取り組んでいる間に、俺達は庭に出て、マリタンが開発した『液体金属』の錬成と制御の実証試験を行うことにした。


「マリタン、錬成の素材はどうやって供給するんだ? 使うまで本の中にしまっておけるのか?」

「そんなワケ無いでしょ!」

「いやホラ、次元密度を上げるとかなんとか...」


「兄者殿、情報を詰め込む話と、モノを詰め込む話を一緒にしないで下さる? 錬成素材は凝結剤とかを作る時と同じようにその場にあるモノを使うか、シンシアさまから供給して貰うほか無いわね」

「それもそうか」

「そもそも空間魔法を収納に使えるのは、兄者殿とシンシアさまくらいよ?」

「だよな...」

「今回はマリタンさんに直接素材を操って貰いますけど、テストが上手く行って銀ジョッキに組み込めるようでしたら、その内部に材料を納めておくことも出来ると思います」

「その量で、どの位まで液体金属を伸ばせるものなのかな?」


「それはなんとも言えないわ兄者殿、銀ジョッキの目玉の重さ次第だもの、ね?」


「そうですね。幸い、目玉部分の延長はアルファニアに来る途中で一度考えていますから、小型化の目処は付いています。あとは液体金属にスムーズに魔力波を通せるかどうかですね!」

「素材は何を?」

「実験も兼ねて魔銀を使います。銀ジョッキ本体と同じ素材を使っておく方が、色々と都合も良いですから」


なにがどう都合が良いのか分からないけど、シンシアがそう言うからには色々と都合が良いんだろう。

マリタンも頷いてるし・・・いや、頷いているように感じられるし。


さっそく実験だ。

マリタンが術式を展開すると、シンシアが芝生の上に置いた魔銀のインゴットから『枝』が伸びた。

枝というか幹というか、クネクネした棒?

先端に行くほど細くなっているから、銀色の杖を逆さまにしてインゴットに突き立てたようにも見える。


その『銀の杖』は人の身長ほども伸びてから、今度は真横に向かって折れ曲がり、水平に伸び始めた。

そうか、この動きをマリタンが制御してるんだな!

魔銀のインゴットから液体金属を錬成しつつ、同時に生成物に魔力を等して動かしてるって訳だ。


「コレって、二つの魔法を同時に動かしてるのかマリタン?」


「いいえ兄者殿。ちょっと工夫して一つの術式に液体金属の生成と制御をまとめて埋め込んだのよ。魔法陣をよく見て貰えれば分かると思うわ」

「へぇー...」

「ええ御兄様、魔法陣の外側から内側に向けて、錬成された液体金属がそのままマリタンさんに手足のように動かせる形で術が進むようになってるんです」


「なんにしても凄いなマリタン!」

「ですよね御兄様!」


魔法陣を読んでも俺にはあまり理解できる気はしないけど、その凄さにはシンシアも賛同してるんだから問題ない。


「どうですかマリタンさん、動かしづらかったり、錬成や制御に引っかかりを感じるような部分はありませんか?」

「大丈夫ですシンシアさま。魔力の通りも悪くないですし、材料の供給さえ続けば相当な距離まで伸ばせそうですわ」


「良かったです! では次のテストに移りましょう。これを『銀の枝』の先端に保持しておいて貰えますか?」


そう言ってシンシアが小箱から出したのは、小さくて細い銀色の棒だった。

おお、いつぞやの鍵穴覗き用魔石ランプか・・・もちろん俺の革袋にも入ってるけど。


シンシアが鍵穴ランプの根元を銀の枝の先端に押し当てると、その部分を包み込むように液体金属の珠が出来てしっかりと保持した。

見た目的にも、握り込んでるって感じだな!


それを水平に保持したままで、マリタンが銀の枝をスルスルと伸ばしていく。

そして途中から上下左右に曲げたり、波打たせたりしながらも枝を伸ばし続けるが、鍵穴ランプはしっかりと水平に保持されたままだ。

コレは凄い。

もしあの先端に保持されているのが鍵穴ランプじゃ無くて銀ジョッキの目玉だったとすれば、画面に映っている情景には揺れとかブレとかもほとんど無いだろう。


「シンシアさま、この程度の重さでしたら、何も保持していないのと変わりありませんわ」

「では、魔力を流してランプを光らせてみて貰えますか?」

「はい」


鍵穴ランプの魔石は麦粒のように小さい。

この昼の日差しの中では、点灯しても見分けが付かないんじゃ無いかな?・・・と思った次の瞬間、白昼でも眩しさを感じるほどの輝きがそこに生まれた。

まさに『麦粒サイズの太陽』のごとき輝点だ。


「凄いなマリタン!」


思わず声が出る。

ランプの魔石は小さくても、そこにマリタンが膨大な魔力を供給して限界まで光らせているのだ。


「あら? ちょっとやり過ぎてしまったかしら?」

「ほとんど素通しですね!」

「ええシンシアさま。かなり減衰するだろうと思って多めに魔力を流し込んだのですけれど、そのまま流れ込んでしまった感じでしたわ」

「伸縮は?」

「問題ありませんわ。魔力を循環させたままでも自由に動かせます。伸ばす距離にも、あまり関係なさそうですね」


そう言いつつ、マリタンが銀の枝をクネクネと動かして見せてくれる。

銀色に光っていて明らかに金属の見た目なのに、動きはなんだか『生き物』みたいで面白い。

いや、上下左右に曲がるだけでなく同時に伸びたり縮んだり・・・こんな動きが出来る生き物なんて存在しないか。

いたとしたら、きっと魔物だ。


「そうですか! これほど抵抗が少ないのなら、写し絵を得るための目の部分もかなり小さく出来そうですね」

「シンシア、魔力が通りやすいと目を小さく出来るのかい?」


「ええ御兄様。目が見たモノを写し絵に変える処理が、ほとんど本体側で行えますから、先端に付ける『目』自体は本当に光さえ取り込めればいいことになります。つまり魔力の通りが良いほど、先端部の構造を小さく簡単にできるっていうことなんです」

「なるほど...だったらシンシアのプラン通りに出来るかも知れないね」


「いえ? 私のプランでは無くて御兄様のアイデアですよ!」


「いやそこはまぁ...実際に手と頭を動かしてくれてるのはシンシアとマリタンだし」

「あら兄者殿、ワタシも勘定に入ってるなんて光栄だわ」


「当然だよマリタン。そもそも液体金属を制御して地下を調査するって言うマリタンのアイデアがなかったら、この『銀ジョッキ改四号』は生まれなかったんだからな?」

「そうかしら? でも兄者殿に褒められて嬉しいわ!」


そう言ってマリタンは『銀の杖』をクネっと動かすと、俺に向けて振って見せる。

先端の光の粒が揺れて、まるでマリタンの心を銀の杖の動きで表現しているみたいだな・・・


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