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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第二部:伯爵と魔獣の森
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身の程知らずの破邪知らず


レビリスがさっさと外に向かうと、なぜか件のお兄さんだけで無く、周りの作業員たちがほぼ全員、わいわいと一緒に表に出て行った。

歩きながらも小声でボソボソと話しているのが聞こえてくる。


『アイツ、破邪に喧嘩を売りやがったぞ...』

『バカじゃねえのか?』

『つーか馬鹿だろう』

『ちょっと痛い目に遭った方がいいんだよ、あの新入りは』

『そうだな。ああいうイキッたのは一回ガツンとやられないと』

『バカは痛い思いしないと学習しねえからな!』


あー、そういう感じね・・・


周りの人たちが積極的に止めてこなかった理由が分かった。

もちろん誰一人レビリスが負けると思ってないことも雰囲気で感じる。

みんなほとんど物見遊山の気分だな!


仕方が無いので俺とロイドも席を立って、一緒に表に出て行く。

パルミュナも大きな肉の塊を咥えたまま元気に席を立った。


だから淑女として、そういうお行儀は良くありません!

「歩きながら食べるな」

パルミュナの口から肉塊をもぎ取り、皿の上に戻す。

「えー」

「すぐに終わるから、ちゃんと座ってゆっくり食べろ。あと手を拭け」

「はーい」


表に出ると、レビリスが腰に吊した剣を鞘ごと外して、顔見知りらしい作業員の一人に手渡しているところだった。

絡んできた方のお兄さんは真っ赤な顔でレビリスを睨み付けている。


「破邪だかなんだか知らねえけどよぉ、調子こいてんじゃねぇぞ。こっちは王都でそれなりのシマまとめてたんだからな!」


あ、なるほど!

街生まれ、街育ちの悪ガキ上がりか。


いまのセリフで理解できた。

本人は荒っぽいスラムで鳴らしてきたつもりでも、生まれてこの方ずっと、破邪にも魔獣にも縁の無い『安全圏の中』で暮らしてきた奴特有の勘違いだ。


「はっ、それが続けられなくて食い詰めたから流れて来たんだろ? ここで働きたいなら、ここの流儀に従って大人しくしてろよ?」

「てめえっ、いい加減にしないとホントにぶっ殺すぞ!」


言い終わると同時に、お兄さんはレビリスに殴りかかった。

まあ結構早いかな?

街の喧嘩じゃいい線を行ってたのかも。


レビリスは、素早いフットワークで突っ込んできたお兄さんの打ち出す拳を軽く躱し、数歩後ろに下がった。

「おらっおらっおらぁっ!」

自分が攻勢にあると勘違いしているお兄さんが、威嚇するような声を上げながらレビリスに向けて鋭いパンチを繰り出していく。

これはあれだな。

どっかで拳闘とかの格闘技を習ったことのある奴のパターンだ。


でも、相手は現役の破邪なんだけどね?


言うまでも無くお兄さんが次々と繰り出すパンチは、一つとしてレビリスに擦ることも無く空振りさせられている。

その合間合間を縫って、レビリスもちょちょいと軽くパンチを入れる。

そしてこれまた言うまでも無く、レビリスのパンチは百発百中なんだけど、彼が相当に力を抜いて手加減していることは一目で分かった。


これ、あえて一撃でノックアウトしないようにしてるな?


見ている間に、お兄さんの顔はどんどん赤くなっていくが、本人はダメージが少ないからすぐに気がつかないと言うか、レビリスの拳が弱いから耐えられてると、逆に勘違いしているっぽい。


「おらぁっ、ちょこまか逃げ回ってんじゃねえぞ!」


そう叫んだ瞬間、ニヤッとしたレビリスが鼻先と顎に軽くワンツーを叩き込む。

いままでは、あえて避けていたポイントだ。

「ぶっ!」

カウンター気味にレビリスの拳を喰らったお兄さんは、こらえきれずに後ろにひっくり返った。

実はここまでに眉間や頬に何発も貰っていて、脳みそ揺らされまくっているのだ。ピンチに気がついていないのは本人だけで、もう少しで膝がガクガクし始めるだろう。


「誰が逃げてるって? お前がいまから尻尾巻いて逃げるって言うならさ、追わないでおいてやるぜ?」

「チキショウっ! ホントにぶっ殺してやる!」


お兄さんはなんとか膝をついて立ち上がったが、さっきまでの勢いは無い。こういう時って一旦崩れると、それまでに溜まってたダメージがどんと来るんだよね。


「おいおい聞こえなかったのか? 逃げ出すんなら見逃してやるって言ってるんだぜ。それとも、二度と立てなくなるまでやるつもりか?」

「うっせえ、このクソ野郎!」

その場から、もう格闘技もへったくれも無く勢いだけでレビリスに突進するが、すでに何の攻撃にもなってない。

レビリスは、お兄さんの殴りかかってきた方の手に自分の手刀を当て、体を逸らさせると同時に脇腹に掌底を入れた。

それだけで、デカい体のお兄さんが、あっけなくコロコロッと地面に転がされる。


地面に転がったお兄さんは両手を付いてゲホゲホと咳き込んでいる。

うん、これはもう無理だな。

って言うか、顔全体が赤く腫れ上がった上に目の上とかも切れてるし、これで明日仕事できるのかな?


「もうやめとけ。これ以上やると明日からの仕事に差し支えるぞ?」

「うるさいっ!」

「おまえ、こんなことで仕事を首になりたいのか? どこでも自分が昔いた場所と同じようにやっていけるってのは、大きな勘違いだぞ?」

「やかましいってんだろうがっ!」


たぶん、こういう思い上がったと言うか、自分の力量を勘違いしてる跳ねっ返りは時々現れてて、そういう輩を『たしなめる』のも、ここでは破邪の役目の一つみたいな感じになってるんだな・・・

まあ誰かしら常駐してるんだもんね、本業では無いと言え、暴力沙汰に関しては頼りたくもなるだろう。


「まあいいからさ、部屋に戻って少し頭を冷やせよ。そして、明日からどうするのがいいか、ちゃんと自分で考えろ」


そう言ってレビリスが背を向けた瞬間、ようやく立ち上がりかけていたお兄さんが背中に手を回して、上着の下からナイフを抜き取った。

「しゃぁああっ!」

もはや声になってない叫び声を上げつつ、ナイフを構えてレビリスの背中に突進しようとしている。


な・ん・で、ただの作業員がそんなもん隠し持ってんだよ?


これでやられるレビリスでは無いと分かっているけど、もしもということもある。咄嗟に動いてお兄さんを抑えようとしたが、その瞬間、ナイフを構えて飛び上がったお兄さんの動きが宙で凍り付いた。


「本当にバカじゃ無いのー?」


あれ?

隣からアイスドラゴンのブレスのように冷たい声が聞こえた。

パルミュナが俺の横から、お兄さんに向けてスっと手を伸ばしている。


「アナタより強いのなんて、いくらでもいるよー? そんな風にやり続けたら、今日レビリスから見逃して貰えても、すぐに死んじゃうよー?」


パルミュナがそう言うと、お兄さんは、全身が凍り付いたような中途半端な姿勢のまま、首だけ回してこちらに目を向けた。


「明日からどうするのー? 盗賊にでもなる? アナタみたいな弱さじゃ、きっと一人きりになったらすぐに死ぬよー。死にたいのー?」


パルミュナの言葉が、これまでおよそ口にしたことの無いタイプのセリフだってことに、かなり驚く。

コイツは、自分に関係のない人族の生き方やら生活やら喜怒哀楽やら、そう言うモノには、およそ興味が無いって感じだったのにな。


お兄さんの顔に明らかな恐怖が浮かんだ。

自分がどれほどの力で空中に縫い止められているのか分かったのだ。

パルミュナが指を一本クイッと動かせば、それだけで全身の骨が砕け散るだろう。

まあ、やらないだろうけどさ。


パルミュナがスッと手を動かすと、空中でナイフを構えたままのお兄さんの全身がくるりと向きを変え、俺に向けて正対した。


え、なんで俺?


「どうしても死にたいならさー、アタシのお兄ちゃんに頭を下げて頼んでみて。お兄ちゃんなら、あなたが瞬きを終わる前に、命の火を消してあげられるから。アタシがやるより楽に死ねるよー?」


嘘でも、そーゆー振りはやめようやパルミュナ!

なんか俺が、人の命なんてなんとも思ってない極悪人みたいに見えるんだけど!!!


「どうするー? どっちで死にたいー?」

「い、いやだ...死にたくない。まだ死にたくない!」

「そう? だって、あなたはさっきレビリスを殺すつもりだったでしょー? 人を殺すつもりだったのに自分は死にたくないって、不公平じゃ無いかなー?」

「わ、悪かったよ! た、助けてくれ! 俺はまだ死にたくないよ!」


「ふーん...」


パルミュナのアイスドラゴンボイスは、俺でも少し怖いぞ?

周り中が息を飲んで止まっている中で、レビリスの静かな声が響いた。


「パルミュナちゃん、そいつを許してやって貰えないか?」

「でも、レビリスを殺すつもりだったみたいよー?」

「まあ、カッとなった勢いって奴さ...」


「いいのー? こういう人って今日は謝っても、明日には逆恨みしてレビリスを付け狙ったりするかもしれないよ? 禍根はここで断っておいた方がいいんじゃないかなー?」


「しねえ! 絶対にそんなことしねえからっ!」


「パルミュナちゃん。そいつは、ずっと安全な王都の街中で暮らしてきたから勘違いしてるだけなのさ。ちょっと脅せば周りは自分の言うことを聞く、そう思ってられる場所を出たことが無かったから、悪い癖に染まっちゃってるだけなんだよ」


あー、なんかラスティユの村から本街道に出てすぐに出会った、エドヴァル出身の用心棒崩れたちを思い出すな・・・


「まあ、レビリスが許すって言うのなら、いいけどー」


パルミュナがそう言うと、宙に縫い止められていたお兄さんの身体が、ドサッと地面に落ちた。


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