レスティーユ侯爵家
俺の十歳の誕生日に俺の父さんと母さんは、恐らく俺を狙って送り込まれてきたブラディウルフに殺されている。
当時のエルスカインに俺を狙う理由は無いから、あくまでも魔獣使いとしてレスティーユ家の誰かに『依頼を受けて』おこなったことだろうけどね。
破邪の『父親』が、父さんに託した『印』が入っていた箱には、シャルティア・レスティーユの書いた手紙と家紋のペンダントも入っていたはずだ。
あの森で消えたらしい手紙とペンダントは、その後ここアルファニアまで運ばれたのだろうか?
もしかしたら、レスティーユ家の誰かの元に・・・
「陛下、やはりレスティーユ家の爵位継承には裏があったということでございましょう。すでに二十年近い歳月が過ぎておりますゆえ、当時の犯罪を暴くことは難しいとは思いますが」
「無理であろうな。仮に証拠があったとしても『家内のこと』として躱されるのが見えておるわ」
「よもや、それにエルスカインが絡んでいるとは予想外でございました」
「ああ。しかし、まさか勇者殿がアルファニア貴族の縁者であったとはな。しかもそれが反王家のレスティーユ家とは、驚かされるにもほどがある」
「まったくでございますな」
「反王家、ですか?」
「うむ勇者殿、何処の国でもそうであろうがアルファニア貴族も一枚岩ではなく、自らの権力や権益拡大をひたすら追い求める者もいる。レスティーユ家はその代表だ。他国なら『辺境伯』とも呼ばれる地位であり、領地内の自治権も大幅に認められている故に、他の貴族よりもそういう意識になりやすいのであろうが...」
辺境伯か・・・
偶然とは言え、個人的な経験談としては、あまり良い印象のない呼称だな。
「だったらレスティーユ侯爵家の人達は、アルファニアの貴族と言うよりも小国の王みたいな意識があるんですかね?」
「そういうところで有ろうな。実際に歴史の経緯としては、もしそうなっていてもおかしくはないゆえ」
「なるほど」
「しかしデラージュよ、政敵を国外に追い払って死んだことにして数年も経てば、もはや爵位継承権を争う相手としての脅威は無いに等しかろう。にも拘わらず、シャルティア姫本人のみならず、ご子息まで十年も追い続けるというのは尋常ではないぞ?」
「それほどまでに、シャルティア姫の血筋を絶つ必要があったのでしょうか?」
「つまり、レスティーユ家と言うよりシャルティア姫の実家か...確かシャルティア姫の母君は侯爵家配下の地方貴族の出だったな」
「ロワイエ准男爵家ですな、陛下」
「正直、あまり印象に無いのであるが...ロワイエ准男爵家とは、なにか特別なことのある家柄であったか?」
それに答えたのはパジェス先生だった。
「陛下、ロワイエ准男爵家は代々、優れた魔法使いや錬金術師を生み出してきた家柄ですよ」
「そうであったかパジェスよ!」
「そもそも、かつて准男爵として叙爵された理由も侯爵家に対する魔法関係の貢献だったはずです。もっとも学者肌というか、田舎の領地で魔法研究に没頭してきた一族なので、中央貴族の間ではあまり知られておりませんがね」
「陛下、パジェス殿の仰る通りですぞ。いずれの当主殿も富や名誉にはあまり興味が無かったようで、王宮魔道士になった者は一人もいなかったと思いますが、この図書館にもロワイエ准男爵家の研究者が書いた魔法関連の本が何冊か収められておりましょう」
後ろに立つ王宮魔道士もパジェス先生の言葉に賛同する。
王宮図書館に収められるレベルの魔法書を何冊も書いてるとは相当な研究者なんだろうな。
でもシンシアならともかく、俺がそんな学者肌の血筋を引いてるとか、チョット、いや、かなり予想外なんだけど?
シャルティア・レスティーユが俺の産みの母親だってのも、なにかの間違いだったりしないだろうか?
しないか・・・しないよな。
俺の魂の由来を知ってる大精霊アスワンが、大地の記憶を読み取って教えてくれたことだもんな。
アスワン自身が不確かなことだと考えていれば、そもそもパルミュナに伝えたりしてなかっただろうし。
「そうなるとレスティーユ侯爵は、シャルティア姫の持つ魔法関連の才能を恐れたということか?」
「そう考えるのが妥当ですな陛下」
「陛下、それにロワイエ准男爵家には、これまでの魔法と錬金に関する研究の膨大な蓄積があるはずですよ。シャルティア姫の母君がレスティーユ家に輿入れしたとは言え、実家との繋がりを無くした訳ではないでしょうからね」
「ならばパジェスよ、現レスティーユ家当主は単に政敵を排除するだけでなく、その成果を狙ったと言うことも考えられるな?」
「ええ、シャルティア姫の才能か、ロワイエ准男爵家の知的資産や魔道具の相続権か、あるいはその両方か。そこはなんとも言えませんが」
「ふむ...」
「陛下、私としては至急ロワイエ准男爵家の現況を調べるべきかと思います」
「よし、任せたぞデラージュ」
「御意」
「先ほどモルチエ家が『古代の魔道具』を入手したという話も出ておったからな...どうも因縁と言うか焦臭い気配を感じる」
そう言ってクローヴィス国王は眉をしかめた。
しょっちゅう眉をしかめている感じがするけど、やはり国王というのはそれだけ悩み多き立場なんだろう。
クローヴィス国王はエルフ族らしい端整な顔立ちで、そこに風格と言うか威厳と言うかが備わって、ある種の近寄り難ささえ感じさせる。
これまで三人の王様に間近で会ったけれど、豪快で真っ直ぐなジュリアス卿や、開けっ広げな雰囲気ながらも深慮遠謀に長けていると思わせるパトリック王とはまた違う、独特の人物だ。
三者三様とは良く言ったもので、王様と言っても色々なタイプがいるのだと分かって面白い。
そんなどうでもいいことを考えていたところに、急にマリタンから概念通信で呼びかけられてビックリした。
< ねぇ兄者殿、この『錬金素材の変遷』って言う本って... >
そう言われて机の上に目を落とす。
マリタンは場の空気を読んで俺たちの会話には口を挟まず、ひたすら新魔法と素材の思索に没頭していたみたいだから俺もシンシアも触らずにいたのだけど、こっそり概念通信で話し掛けてくるとは、ただ事では・・・
さっきマリタンの希望で棚から持ち出した『錬金素材の変遷』の表紙に、『アベール・ロワイエ』という著者名が書いてあるのが見えた。
うん、本当にただ事じゃ無かったな!
俺は手を伸ばしてマリタンの前から『錬金素材の変遷』を持ち上げると、みんなに見えやすいように表紙を向こう側に向ける。
「ロワイエ家の方って、ひょっとしてこの本の作者だったりしますか?」
シンシアが驚きのあまり口元を押さえ、件の魔道士もパジェス先生も表紙に書かれている名前に気が付いて目を見開いた。
「なんと...」
「勇者殿、その本は貴殿がお持ちになったものであるか?」
「いえ、本棚に有りました」
「ここの蔵書と。しかし勇者殿はロワイエ家のことを知っていた訳では無さそうであったが?」
「もちろん偶然ですよ」
自分でそう言いつつも、偶然と言うには繋がりを感じる・・・まるで色々な運命の交差が、このラファレリアに集まってきているかのようだ。
エルスカインが、ここを大結界の中心に定めたことにも理由があるだろうし、シンシアがかつてここに留学していたこと、いや、それ以前に俺やリンスワルド家の出自がアルファニアに源を発していることさえも、ずっと以前に輪廻の円環の中で筋道が浮かんでいたのでは無いかという気さえする。
「なんという運命の力だ...」
「さすがは御兄様ですよね...引き寄せる強さが尋常じゃ有りません」
「この本を見つけたのはマリタンだけどな?」
俺がマリタンの名前を平然と出したことで、マリタンも自分のことを皆に教えようと考えた俺の意図を理解したようだ。
今度は概念通信では無く、声に出して喋りだす。
「あら、兄者殿と一緒で無かったらゼッタイにその本に辿り着いてたりしてないわよ? シンシアさまの言う通り、兄者殿が引き寄せたんだと思うわ」
急に響いた新しい声の持ち主を探して、パジェス先生以外の人々が室内を見回す。
魔法の類いだろうとは察しても、さすがに声の主が机の上に置かれている本だと想像した人はいないみたいだ。
「ですよねマリタンさん!」
「そんなもんかねぇ...」
「勇者殿、この部屋には他にも、見えていない誰かがおられるのか?」
「最初からそこにいますよ?」
そう言ってテーブルの上のマリタンを指差す。
「は?」
すでにマリタンのことを知っているパジェス先生以外は、みんな揃って『キツネに摘ままれた』ような表情になった。
しばらく一緒に過ごすと良く分かるが、エルフ族の人々というのは人間族の勝手なイメージとは違って、実は表情豊かなのだ。




