卑小な貴族
「予は何をしておるのかと聞いているのだぞ、モルチエ卿!」
国王らしき人物は、もう一度そう言うと回廊を降りてきた。
ただし階段を降りてくるのではなく、国王の一団がいる場所がそっくりそのまま階下に降りてくる。
以前にソブリンの離宮で見た、地下に降りる昇降機の仕掛けと同じ様なモノらしい。
「はっ、陛下。吾輩はここにおる不埒ものどもに、即刻王宮から退去するよう命じていたところにございます」
「不埒者とは?」
そう言いつつ、国王の一団はズンズンとこちらに向かってくる。
オレリアさんがそれを見てさっと跪いたけど、俺とシンシアが跪くのは色々と良くないのでそのままだ。
「ここは外縁とはいえ王宮の一角、耳の丸い半端物や混じりエルフのような下賎な者どもがうろついて良い場所ではございません。いかにパジェス魔道士の知己と言えど、分をわきまえるべきでございましょう!」
正義は我にあり、って表情だな、このオッサン。
「貴様、正気か?」
「は? 陛下、いまなんと?」
「我が国が種族の違いによる差別一切を法の下に禁じておるのは貴様も知らぬとは言わせぬぞ?」
「それはもちろん承知しております陛下。ただ、わたくしめは王宮の品格と伝統について憂慮しておるのでございます。法以前に、王宮と王家の品格を貶めるモノは排除すべきでございましょう!」
「まさか、ここまで道理をわきまえぬとは...」
「陛下?」
「モルチエ卿、たったいま貴様が見下し、罵声を浴びせた相手が誰だか分かっておるのか?」
「ですから、いかにパジェス魔道士の知己と言えどと申し上げたのです。パジェス魔道士も、すでに現場を引退した身と存じますぞ? あまり勝手気ままに王宮内を歩き回るのはいかがなモノかと」
「良いかモルチエ卿。パジェスは引退なぞしておらんが、それは良い。それよりも貴様が罵っていた方々がどなたか知らぬのだろう? そこにおられる魔道士姿の女性は、ミルシュラント公国の君主ジュリアス・スターリング閣下のご息女、シンシア公女殿下であるぞ?」
「は? え。いゃ...そんな...」
予想だにしない国王の言葉にオッサンが口をパクパクさせ、瞬く間に顔面が蒼白になる。
あ、さすがにアルファニアの国王だ。
シンシアの出自くらい知ってて当然だよな?
そもそも、最初の留学の時から調べは付いてたんだろうし・・・
「長くここの魔道士学校に留学しておられたゆえ魔道士姿を好んでおられるが、本来はミルシュラント公国の次期大公ともなりうる姫君である。その暴言、決して許されるものでは無い! 貴様はわがアルファニアとミルシュラントの国交に亀裂を生じさせる気か!」
「も、申し訳ございません陛下、そんな御方とは露知らず...」
「知っていたら言わなかったか?」
「もちろんでございます陛下!」
「ならば、貴様の先ほどの卑しい差別発言は心より出たものと言うことであるな。貴族でありながらアルファニア王国の威信と誇りを傷つけた罪は重いぞモルチエ! 今すぐここを出て館に戻るが良い。沙汰は追って通達する!」
「しかし陛下...」
「二度言わせるかモルチエ」
モルチエという不愉快なオッサンは、飛び上がるようにして後ずさると、大慌てで図書館を出て行く。
その様子を見て国王は、隣にいる宰相っぽい人に顔を向ける。
「あれが我が国の貴族というのは有り得ん! すぐさま爵位を剥奪して王都から追い出さねば...国賓への狼藉とは本来なら死罪にもなりえる罪だが、公女殿下の前であまり物騒な事を口にも出来ぬからな?」
「は! 至急、審議の手続きを指示いたします陛下」
まあそうなるか。
最後のほうは国王も『卿』と付けずに、モルチエと呼び捨てにしてたもんな。
「シンシア公女殿下、そして勇者ライノ・クライス殿、我が国の貴族が行った無礼な振る舞いに対して心より詫びを言う。かような差別主義者、エルフ族の面汚しを貴族に据えていたのは、国王たる予の責任である」
そう言って国王は、わずかとは言え俺たちに向かって頭を下げた。
「あ、いえ国王陛下、どうかお気になさらず」
「そうです国王陛下。私たちは全く気にしておりません!」
まあ、国王が来なかったら俺が叩きのめしてたけどさ。
++++++++++
さっきまで広々としているように感じていた閲覧室は、いまや狭い。
国王陛下に宰相、護衛の騎士が二人と魔道士、それにもちろんパジェス先生とオレリアさんもいる。
マリタンは机の上だから員数としてはカウント外だ。
入った時には『ここを貸し切りにするなんて悪いなぁ』なんて思っていたけど、まさかパジェス先生は国王達がここに来ることまで見越していたんだろうか?
「改めて勇者ライノ・クライス殿、そしてシンシア公女殿下、予がアルファニア国王クローヴィス・パラディールである。忍びの用件とは聞き及んでいるが、此度は御両名のラファレリア訪問を嬉しく思う」
「いえ、こちらこそ急に騒がせてすみません。本来は静かに調査を進めようと思っていたんですが」
「うむ、パジェスよりあらかたは聞いた。しかし勇者殿がそれほど危機感を持つ相手とは、やはりエルスカインは恐ろしい存在のようであるな」
「陛下もエルスカインの名をご存じでしたか」
「様々な逸話が王家にも伝わっておるゆえな。ただ、正直に言って金や権力を求めて暗躍する秘密結社の一種であろうと捉えておったが」
「そう考えている人は多いでしょうね」
「アルファニアには寿命の長いエルフ族が多く、よって人々の関係も長きにわたって錯綜する...あまり良い話ではないが、恨み辛みも長く尾を引く傾向にあるのだ。さきほどの痴れ者はモルチエという子爵家の当主であったが、パジェスの一族に恨みを抱いておってな、それで、オレリア嬢の姿を見たとたんに食いついたのであろうよ」
「そうだったんですか」
「だからと言って、あの者の卑しい言動がわずかたりとも酌量されることはありえ無いがな!」
どんな恨みがあろうと、それで弱いものいじめに走るようなヤツは所詮クズだからな・・・過去の原因は関係ない。
「時にシンシア公女殿下、ここでの話は非公式...言うならば存在せぬ時と場所での会話であるが、姫君のお立場はミルシュラントとは無関係と考えるのがよろしいか?」
「はい陛下。いまの私は勇者と共に歩む一人の魔法使い...そして今後もずっとそうでありたいと願っています。それゆえに『公女』や『姫』と呼ばれるのは、いさかか抵抗がございます」
「これは失礼した」
「いえ、お心遣い痛み入ります。いまは一人の民として、ただのシンシアと呼ばれたく...」
「ならば、この場では単に『シンシア殿』と呼ばせて頂くこととしよう」
「はい、有り難うございます」
「では早速であるが本題に移ろう。此度、勇者殿がラファレリアを訪れたのは旧市街の地下に眠る古代の遺構を探してのことと伺った。そして、その発見と制圧にラファレリアの民、ひいては我が国の存亡さえ掛かる秘密があるとするならば、無論、我らも勇者殿に力を合わせる所存であるが、いかんせん情報が少ない」
「それについては申し訳ありません陛下。多くの人々にとっては知ったところで恐怖を得るだけで処す術がない話ですので、出来るだけ騒ぎにならないようにと考えていたのです」
「そこはもちろん理解できる」
「ですが、この地がエルスカインの謀略、いや暴力の中心となることが分かったいま、むしろパジェス先生の言う通り、陛下には実情を詳しく知って頂くべきだと考え直しました」
「うむ。それは有り難い。何を決断するにしても、正確な情報をどれだけ理解しておるかが肝要。まあ、情報が正確だから判断も正しいとは言えないのが為政者の辛いところではあるがな...」
今のは愚痴かな?
それとも場を和ませるジョークだろうか?
「陛下は先ほど、エルフ族は長生きなので、恨み辛みも長く続くと仰いましたが、それどころか人の寿命を遙かに超えて、恨みや辛み、野望や欲望を抱き続けている存在がいる...それがエルスカインなんです」
「人の寿命を超えて?」
「ええ。ざっと三千年ほど前の出来事からですね。陛下は『闇エルフ』という名前に聞き覚えがありますか?」
「まさか?」
「その、まさかです」
「有り得ない!」
「たしかに人ならば有り得ないでしょうね。ですがエルスカインは人ですら無い。三千年前にポルミサリア全域を焦土にし、当時の高度な魔導文明の社会を崩壊させた世界戦争を引き起こした存在が、またしても復活して歴史を繰り返そうとしているんです。しかもその計画は、すでにかなり進んでいます」
「なんと言うことか...とても信じ難いが、さりとて勇者殿が嘘をつく訳もないか...」
「陛下に向かって生意気なことを言いたくはありませんが、これからお伝えする内容を信じて頂くのが、全ての人々のためだと心の底から思っていますよ」
そして俺は、エルスカインとイークリプシャンに関する諸々をクロヴィス国王に話したのだった。




