坑道の所在
「凄いです御兄様! きっとアタリですよ!」
「いやまあ、たまたまこの本に、そう言う話が載っていてね。それで坑道のことを連想できたんだ」
「王都物語...それは歴史書ですか?」
「いや、史実じゃなくて物語の棚にあったよ。民話とかお伽話とかと一緒のところだな。代々ラファレリアで暮らしてきた一族の物語を描いたモノらしいね」
俺がそう言ってシンシアに『王都物語』を指し示して見せると、オレリアさんが少し不思議そうな顔をする。
「確かに『物語』だと表紙にも書いてありますね」
タイトルも物語だけど、その下には小さく副題が記してあって、それは『王都と共に歩んできた、とある一族の物語』となっている。
オレリアさんは本を手に取ると、俺が開いて見せていた農地開拓失敗のくだりではなく、本の最後の部分を開いて目を走らせた。
「後書きですかオレリアさん?」
「ええシンシアさん、何か著者が重要なことを記してないかと...」
「なるほど」
少ししてオレリアさんは本に目を落としたまま内容を読み上げ始めた。
「作者の後書きにはこう書いてあります...『この壮大な話は、一族に伝わっている伝承や残されている資料を基に書いたが、不明点も多く、状況の伝聞や想像で補ったこともかなりある。よって故人の名誉を守るためもあり、これは過去の記録ではなく、あくまでも物語として上梓することにした。史実のみでは無いと言うことを念頭に置いた上で、偉大なる王都ラファレリアの歴史に思いを馳せて貰うことが出来たなら、作者としては望外の喜びである』と...」
「すると、つまり...」
「その農地陥没の話は実話だと思います御兄様! そんな話を想像で創る理由がありません!」
「ええ、わたくしもそう思いますわクライスさん」
だとすると、その農地は実在して、使えないから放棄された。
その話がみんなの間に広まって、以降は誰もその土地を買って利用しようとはしなくなったってことか・・・
「怖がられるって言うのも、色々あるな!」
「ですね御兄様。この本のどこかに、その失敗した農地が街の何処にあるか書いていませんでしたか?」
「いや、ざーっと流し読みしてたからな...」
「あ、少々お待ちくださいシンシアさん。ここに土地を購入するくだりが書いてありますね...えっと、街の西の外れ、山際の森を出たところに...とあります。この物語上で一家が農地購入に失敗した年代は...」
そう言って、さっき抱えてきた地図や図版の束をひっくり返し始めた。
「前後の記述から年代はおおよそ分かります。西の山の端まで森があったと言うことは、まだ旧市街も成立する前の時代のはずですので、この地図が一番当時に近いと思います」
オレリアさんが広げた地図はいかにも古びた羊皮紙だし、地図その物の描き方も古めかしい。
保存の魔法でも掛けていなければ、すでにバラバラに崩れていてもおかしくない年代物だ。
建物が幾つか書き込まれた街っぽい場所は中央の一部分だけであり、あとは『○○の森』とか『××の川』みたいな通称で表現されている場所の方が多い。
オレリアさんは、その地図の端の方を指で押さえた。
「王都物語で農地化に失敗した土地は、恐らくこの周辺でしょう。現代の地図で重ね合わせてみれば...ここですね!」
古地図の横にオレリアさんが広げた現代のラファレリア地図は広大だった。
最初は縮尺の違いでピンと来なかったけど、物語の中で『西の山』とされているのは丘という方が適切な小山で、単に当時は森が生い茂っていたから『山』と呼ばれていたらしい。
そこは今では旧市街の一角という扱いで、丘の斜面には沢山の家が建ち並んでいるという。
二つの地図を並べてみると、ラファレリアという街がどれほど大きく広がったのかが分かるな・・・古代においても大きな街であり、それが世界戦争で一度滅んでから、再び集まった人々が原野に街を作り上げたのだ。
足かけ三千年以上にわたる、この土地の興亡を思うと気が遠くなる思いがするよ。
「伝承を考慮すると、世界戦争より前の『古代ラファレリア』の街があったと思われる場所の中心からもかなり離れていますね...それに旧市街の西側で丘の麓に公園があるのは存じません。恐らく、坑道崩落の危険が忘れられた頃になって、建物が作られたのでしょう」
「そこはもう大丈夫なんでしょうか?」
「ああ、シンシア、それは地下の空隙がある程度埋まったら崩落も落ち着いたってコトかもね。街が大きくなっていく過程で、遊んでいる土地を使いたいと思う人は沢山出てくるだろうと思うよ?」
「確かにそうですね。丘の上まで住宅が建ち並ぼうという時に遊ばせておく土地はないでしょうし」
「ただ、公園じゃないとしたら...」
「掘り返すのは困難かも知れませんね、御兄様」
もちろん公園だったら人の土地でも勝手に掘り返していいってワケじゃ無いけど、障害の大きさが段違いだ。
いまは出来る限り時間を節約してスピーディーにコトを進めたいからな。
「シンシアさん、わたくしは市政資料に含まれる詳しい区画図や土地売り買いの来歴を探して参ります。区画図には街路や屋敷の区画なども記されておりますので、よく調べれば『過去に公園だった』形跡のある場所も見つかるかも知れません」
「そうですね、是非御願いします!」
「では、少々お待ちください」
++++++++++
オレリアさんが市政資料のある場所に向かった後、残った俺たちは『現場での探し方』を議論する。
「マリタンの探査魔法で地下の空隙を探せるとしても、さすがに潰れて埋まった坑道は無理だよな?」
「周囲が軟らかい土の場所だったら、痕跡を探せる可能性はあるかも知れないわ。きっと坑道って石や木枠で補強されていた穴なんでしょう?」
「そうだよマリタン」
「だったら密度...その坑道のあったところだけ、周りと堅さとかが違ってるかもしれないのよね」
「ですが御兄様、潰れている坑道を見つけても、そこから更に内部へ入り込むのは難しいのではありませんか?」
「そうだけど、掘り下げる目安にはなりそうだからね。坑道は人夫や鉱石を運ぶために出来るだけ浅い角度で横に掘り進めることが多いんだ。井戸みたいに垂直に掘り下げることは滅多にないんだよ」
とか言われても、実際に鉱山の中に踏み込んだことのないシンシアにはピンと来ないか・・・
俺の場合は採掘じゃなくて、廃坑に住み着いた魔獣や魔物の退治だけどね。
「つまり、坑道がどちら向きに走っているか、登っているか下っているかを知ることが分かれば、その先に崩落していない坑道へ繋がっている場所を見つけられるかもしれない」
「そうなんですね!」
「まあ、そう机上の空論通りに行くかどうかは分からないけど、少しでも見つける可能性を高めるには、そういう探し方もあるかなって感じだよ」
「たしかに闇雲に掘る訳にもいきませんし、坑道がどちらに向かっているかだけでも分かれば探しやすくなりますね。できるだけ人様に迷惑を掛けない場所から掘ることが出来るかも知れません」
出来ればそうしたいんだけどね・・・
いや、もっと言うならなんとか地面を掘り返さずに済めば、それに越したことはないんだけど・・・
「あの、シンシアさま...」
「なんでしょうマリタンさん?」
「兄者殿のお話を伺っていて考えたのですけど、一つ思いついたことがありますの...ただ、それはワタシ自身に記載されている魔法ではないので、魔導書の分を超えているというか...」
「えっ、そんなこと気にしないでくださいマリタンさん。と言いますか、そんなこと気にされてるなんて、今の今まで思ってもいませんでしたよ!」
「あら、それは失礼しましたわ」
「それで、思いついた内容というのは?」
「この、『錬金素材の変遷』という本に載っていたことを参考に考えたのですけれどね、コレに記載されている『液体金属』という素材を、潰れた坑道の探索に応用できるんじゃないかしら、と」
「へぇ? そりゃ、どういうアイデアなんだいマリタン?」
「液体金属という素材を錬成して、『潰れた坑道のありそうな場所』に兄者殿が縦穴を開けてソレを流し込むの。潰れていると言っても元々は坑道って言う大きな空間のあった場所と、土や岩で埋まっているところは隙間のありなしが全然違うと思うのよ?」
「それはそうだろうな」
「それで、潰れた坑道に流し込んだ液体金属をワタシが魔力でコントロールすれば、ある程度は自由に動かせると思うのね」
「うんうん」
「そうすれば、岩と岩の隙間に水を流し込むように液体金属を延ばしていって、その横穴がどちらに延びているか、どちらに上がってどちらに下がっているか、そういうことを探り出せると思うのよ。ね、いかがかしら兄者殿?」
「マジか!」
思わず叫んでしまった。
マリタンって天才か?・・・




