災いのあった場所
「...御兄様...あの、御兄様?」
シンシアに呼びかけられて思考を中断する。
読み流すと言いつつも、我ながら意外に没頭していたらしい。
「おお、スマン」
「ここを見て頂けませんか? 街の復興を記録した部分なのですけど、少し気になる記述があったんです」
「へぇ、どんな?」
「現在のラファレリアは世界戦争の焼け跡に、生き延びた人々が少しずつ集まって再び街を造ったというのが成り立ちだそうですけど、以前からかなり大きな街だったらしくて...それで気になったのはココなんですけど、かなり後代の記録です。畑にもされず家も立てられず、ずっと空き地のまま放置されていた区画があって、そこをいっそ市民のための公園にしようって話が持ち上がったそうです」
そう言ってシンシアが開いてあるページを俺に指し示した。
「公園って広場のことかい? でも街の中に広場を作るって、その街を統治している王家や貴族家がやることだろ? それに作るとした空き地じゃ無くて、だいたい街道の交差点とかじゃないかな?」
「いえ、広場ではなく公園です。市民の寛ぎの場ですね」
「へぇー! 優雅だな」
「ですね。キュリス・サングリアにも公園はありますけど、なにか謂れがあって歴代の王家が整地した場所です。街の重鎮達が率先して計画を立て、王家に陳情して公園を作るなんて珍しいです」
「だろうな」
「それで、どうしてその場所が使われないまま放置されていたのかがチラッと書いてあるんですけど...」
そう言うシンシアの指先が、本の中程の文字列のところをなぞる。
公園造成を言い出した金持ち商人の言い分としてそこに書いてあることは、『街の人々が怖がって使おうとしない区画を放置していても仕方が無い。あそこに大きな建物を造るのは危険があるし、造成して居心地良い公園にでもしたほうが価値があるだろう...』という意味のことが書いてあった。
「怖がるとか、大きな建物を造ると危険とか、ソコってなんだったんだ?」
「それは書いてないんですけど、世界戦争時代の出来事を引っ張ってるように思えて、引っ掛かったんです」
「古代の墓地とかかな?」
「ありそうですよね。それで先生も最初に『地下墓所』なんて言葉を口にしたのかなって思いますし」
土と瓦礫に埋もれてしまった墓所か・・・まぁ縁起が悪いと言えば悪いのかもしれないけど、墓を潰して上に家を立てるとかならともかく、大昔ソコの下に地下墓所があった位だったら、それほど気にしない人も多そうな気がする。
「でも墓地って『危険』かな? 魂魄霊だって、何百年も留まってたりはしないだろう?」
「後は、何かの魔法薬で汚染されたなんて事も想像したのですけど、それで悪いモノが残っているのでしたら、憩いの場として公園を作るなんて話にはならないでしょうしね?」
「ヒュドラの毒とまでは言わないけど、害のあるなにかが残ってるんだったら立ち入り禁止にして終わりだな」
「ですよね...ともかく、この公園が作られたという場所が、いまどうなっているのか調べた方が良さそうですね」
「今は公園じゃ無いんだ?」
「いえ、この本の中でも単に『街外れ』って呼ばれてるだけで、具体的にどこなのか正確な記述が無いんです」
「そっか...」
縁起云々は抜きにして、いかに古代のモノと言っても墓所を掘るのは避けたいところだけど、もしエルスカインが集積所をそこに造っている可能性があるのだとしたら贅沢は言ってられない。
せめて広い空間がそこの地下にあるかどうかだけでも、マリタンの探査で掴めるといいんだが・・・
などと考えていると、丁度そこに幾つもの冊子と巻いた紙を抱えたオレリアさんが戻って来た。
巻いた紙って言うのは明らかに地図の類いだろう。
セイリオス号の船長室でも、沢山の海図をああいう風に巻いた状態で棚に整理してあったからな。
「シンシアさま、出来るだけ古い地図を見繕って持って参りましたわ」
「あ、オレリアさん有り難うございます。それと『さま付け』では無く、『さん呼び』か『君呼び』で御願い出来れば嬉しいです」
「あ、俺もですオレリアさん! さま付けナシで御願いします!」
シンシアに乗っかって俺がそう言うと、オレリアさんはニッコリと微笑んだ。
「承知しましたわシンシアさん、クライスさん」
「ありがとうございます。それで早速なんですがオレリアさん、ここに書かれている『公園になった街外れの空き地』というのが何処にあって、いまどうなっているか調べたいのです」
「公園ですか...?」
オレリアさんは、訝しげな顔でシンシアの指差している箇所に目を走らせる。
「街の人達に怖がられていた場所みたいなので、元は墓所の類いだったのでは無いかと考えたんですけど、ひょっとしたら広い地下墓地だった可能性もあると思いまして...」
「なるほど。もしそうだとすれば目的の空間の可能性もございますね?」
「ええ」
「ですが、その『復興と発展の歴史』には具体的な場所や広さは書かれていないのですよね?」
「そうなんです。ただ『街外れ』と言うだけで」
「その章に書いてある時代ですと、さすがにエルフ族と言えど古代の世界戦争からの記憶を持っている人物が存命しているはずありません。なのに、それほど嫌がられているとすれば別の理由しれませんね」
「墓地ではなく?」
「シンシアさん、墓石の消えてしまった墓地、訪れる人のいなくなった墓地というのは、意外に早く人々の記憶から消え去るものでは無いかと思うのです。墓地とは、そこに目に見える墓標があるからこそ、埋葬した場所として認識されるモノでは無いかと...」
「ええ、そうかもしれません」
「それに、墓地はかつて生きた人々を悼む場所であって、怖がるものでは無いようにも思います。仮に魂魄霊が出るとしても、恐ろしいのはその魂魄霊であって、墓地という場所ではないかと...」
それもそうか。
魂魄霊が出るなら、魔法に秀でた破邪か魔法使いでも呼んで対処して貰えばいいだけだよな?
その土地の利用を諦めるって話にはならないだろう。
「ですので、もっと出来事自体として酷いことや悲惨なことがあった場所ですとか、あるいは時代を超えて不吉なモノが残っていたり、そういう事象が起きていたりするので無ければ数百年を超えて記憶に残るのは難しいでしょう」
「酷いこと、ですか...」
シンシアがそう言って考え込む。
その時ふと俺は、オレリアさんとシンシアが口にした『酷いこと』というフレーズで、さっきまで俺が読み耽っていた『王都物語』の一部が思い浮かんだ。
拾い読みなのでストーリー自体はそれほど頭に入っていないのだけど、その中で、登場人物のご先祖達が『住み移った土地が悪かったせいで『酷い目』に遭う』というくだりの話が出ている。
その内容は、ある程度の財を為したご先祖が街外れの空き地を購入してそこで畜産をしようと奮闘するのだが、どうにも土地の様子が悪く、思っていたよりも水はけが悪いしデコボコしている箇所が多い。
大きな木の根でも掘り出した隙間が残っていたのか、ある日いきなり地面に穴が空いて、飼っていた羊がそこに落ち込むという事も何度か起きた。
挙げ句の果てには、最初に建てていた家屋が盛大に傾き始めているということも発覚し、とうとう『この土地はどうにもダメだ』と見切りを付けて別の場所に農園を構え直すに至ったという流れだ。
酷いことと言っても戦争云々とは関係ないのだけど、ふと閃いたのは『地面に穴が空いた』って話だ。
地面に穴が空くとか建築物が傾くとか、コレって、地下の坑道が崩落した影響だったりしないだろうか?
「シンシア、まるで見当外れかも知れないけど、酷いのは地面その物だって事は無いかな?」
「過去の使われ方や出来事じゃなくて、地面そのものですか?」
「うん。どうにも使えない土地、みたいな意味でね。この物語を読んでいてそう言う話が出てきたんだけど、農地にしようとしたら地面に穴が空いたり、そこに建てた家が傾いてきたり...」
「つまり?」
「もしも地下の浅いところに坑道が張り巡らされてて、それが時々勝手に崩落したりしたら、上の地面にそういう困るコトが起きても不思議じゃない気がするんだよな?」
「あ、坑道!」
「そうそう。忘れられてる古代の坑道。蟻の巣みたいに張り巡らされてる地下のトンネル...それが地表近くに残ってる場所があったとすれば...」
「地面の陥没や建物の倒壊だって起きかねませんね!」
「だろ? 見えない地下の出来事で、地表がいつどんな災難に見舞われるか分からないとしたら、そんな土地は、みんな怖がって使おうとしなくなるんじゃないかな?」
そう聞いて、シンシアの顔がパァッと輝いた。




