本棚の列
この図書館だって、きちんと分類ごとに本が並んでるはずだかから、目的のモノがありそうな棚に行った方が良いんだろうけど・・・俺には明確に捜してる本が有る訳じゃ無いから、マリタンの希望を聞いた方がいいのかな?
< マリタンは、やっぱり魔法関係の本を探してみたいのかい? >
< 実はそうでも無いの >
< あっ、そうなんだ >
< だってワタシは魔導書であって『魔法使い』じゃ無いもの。自分に記載されてない魔法のコトなんて知っても、特に役立つ訳じゃ無いのよ >
< なるほどな >
< 新しい魔法を生み出すのはシンシアさまのお力よね >
マリタンにそう言われて、あの老錬金術師の言葉を思い出す。
『・・・恐らくエルスカインさま自身には魂も無く、過去から引き継いだ魔導技術の範囲でしか、魂を扱うことも理解することも出来ない...よってエルスカインさまには、新しい魔法や魔道具を生み出すことが難しいのでしょうな・・・』
それこそ直感的に、マリタンがエルスカインと同じような存在だとは思えないのだけど、どちらも『人族では無い』という点では一致している。
ひょっとすると、マリタンが『新しい魔法を造れない』と言うことも、そこに関わっているんだろうか?
< なあ、突っ込んだことを聞くけどさ、マリタンは新しい魔法を『創れない』のかい? それとも『創りたい欲求が無い』のかな? >
< え? >
< どっちなんだろうと思ってね >
< ゴメンなさい兄者殿、意味が良く分からないのだけど? >
< いや、そもそも創りたいと『思わない』のか、それとも創ってみたいと思っても『出来ない』ってコトなのか、どっちだろうって...ああ、もし気を悪くしたのならゴメンなマリタン? >
< あら...いま兄者殿に言われて気が付いたのだけど、実は考えたことが無かったわ...>
< そうなのか? >
< 自分に載っていない魔法...でもそれって、本自身が勝手に中身を書き換えちゃうことにならないのかしら? >
< そうなるのか? >
< 分からないけど...もし、そうなったら、とてもイケナイないことだって気がするわね >
< だったらページを新しく追加するとか? >
< どうやるの? >
< サッパリ見当も付かん! >
< でしょ? 装丁をバラバラにされるなんて絶対にいやぁよ? >
< でも、仮に新しい魔法が創れるとしたら、マリタンも創ってみたい気はするのかな? >
< もしもご主人様にそれを『求められる』なら、ね。ワタシは魔導書なのよ? 名付けして下さったご主人様のために、魔法を研ぎ澄ませて行使するのが喜びなのであって、それ以外はどうでもいいの >
< 前にも思ったんだけど、マリタンの言う『魔法を研ぎ澄ます』ってのは、どういうことなんだ? >
< だって、同じ魔法を使うにしても対象や場所や程度とか、その時々に色々な調整が必要でしょ? その能力を鍛える事ね >
< じゃあ経験を積む訳だ >
< もちろんよ。もっとも、シンシアさまほどの精緻さの域に達するのは中々骨が折れそうだけど、ね? >
< 背表紙が折れそうってか? >
< 茶化さないで! >
話を聞いていると、どうもマリタンにとっては『主に求められて魔法に関する力を発揮すること』こそが欲求であり喜びの源泉であって、そのために魔法を『行使する』のか『新たに編み出す』のかは、むしろ付帯的なコトのようにも感じられる。
だったら・・・具体的にどうすればいいのかは分からないけど、『研ぎ澄ます』の延長で新たなモノを編み出すって言うことだったら、マリタンにも出来そうな気がするよな?
そんなことをつらつらと考えつつ背表紙を見て歩いていると、ふいに一冊の本のタイトルが目に飛び込んできた。
< へぇ、ちょっと面白そうな題名だな... >
< どれのこと兄者殿? >
< コレだよ、『王都物語』だってさ >
俺の目に留まった本の背表紙を指差してマリタンに教える。
< でもこれって物語の類いよね? いま探すべきなのは歴史や地理の本じゃ無いかしら? >
< 俺はラファレリアに来たのも初めてだし街を全然知らないからなぁ。こう言うのでも読めば少し身近に感じるかなって思ったり... >
< そうかしら? >
この本が書かれたのがいつ頃なのかは知らないけど、無知な俺にとってはまず、初めて訪れたラファレリアの『場の雰囲気』を掴むって感じかな?
知識の方はシンシアにお任せだ。
これは決して苦手なコトを投げ出しているのでは無く、あくまでも適材適所である・・・なんか、以前にも同じコトを自分に言い聞かせたことがあるような気がするケド。
< まあ、面白くないなら最後まで読まなきゃいいんだし、チョット目を通してみようかなって位の感じだよ。マリタンも興味を引かれたモノがあったら遠慮無く言えよ? >
< 有り難う兄者殿。そうさせて貰うわね >
とりあえず、その本を小脇に抱えて棚を移動し、マリタンの興味を惹きそうな『魔法と錬金術』の場所に移動した。
マリタンは他人の魔法には興味が無くても、凝結壁みたいな魔法素材のコトとかだったりしたら興味を持つかもしれないし・・・
さっきは俺がよく考えずに閲覧室を出てすぐのところ、つまり端の方にあった棚の通路に入り込んだから物語や民話が並んでいたらしく、ちゃんと見渡すと中央部のかなり広い面積が『魔法と錬金術』の棚で占められているっぽい。
さすがは魔法立国アルファニアだな。
って言うか・・・コレを全部見て回るのって、一日じゃ無理っぽくね?
まあ、シンシアが『ラファレリアの復興と発展』をそれなりに読み解くには時間が掛かるだろうと、棚の間をブラブラと散歩する。
時々、俺自身でも目に留まった本を手に取ってみるけど、どれも難解だ。
あと、さすがに精霊魔法に関する本は無いみたいだな・・・あるワケ無いか。
誰が書くんだそれ?
頭の中で、アスワンが眉をしかめながら本を書いてる姿を想像して、ちょっと楽しくなったけど。
< 兄者殿、そこの『錬金素材の変遷』っていう本を少し見てみたいの。取って頂けるかしら? >
マリタンの視線・・・と言うのも妙だけど、表紙部分から本棚に向けて意識が向けられている先を見ると、確かに『錬金素材の変遷』というタイトルの分厚い本があった。
手に取ってマリタンにも見えるようにパラパラとページをめくってみる。
< 面白そうだわ。最近の本だからワタシの知らないことばかり書いてあるみたいだし... >
< このまま他の本棚も見て回るかい? それとも閲覧室に戻ってコレの中身を読んでみるか? 俺はどっちでもいいぞ >
< そうね...折角だから記述内容をよく確認してみたいわ >
< じゃあ閲覧室に戻ろう。つまらなかったら、また別の本を探しに出るから遠慮無く言えよ? >
< ええ、有り難う兄者殿 >
小脇に二冊の本を抱えて閲覧室に戻ると、まだオレリアさんは戻っていなかった。
シンシアも一心不乱にメモをとりつつ『ラファレリアの復興と発展』の内容を調べているようなので、邪魔にならないように端の方にそっと腰掛け、持ってきた二冊の本をテーブルに置く。
< マリタン、お前はこの本の手前にでも立てればいいのか? >
< それでいいけど、どうして静音の結界の中で概念通信って言うか指通信なのよ? >
< 無論、シンシアの邪魔にならないようにだ! >
< 了解だわ >
< 俺が一枚ずつ本のページをめくってやろうか? >
< 嬉しいけど必要無いわ兄者殿。地下を探る魔法のバリエーションを使えば、閉じたままでも本の中身は分かるの >
< 凄いな... >
< 前に言わなかったかしら? えっと、紙の存在を土と同じように考えて無視すれば、文字のインクがビッシリと重なって浮いてるような感じね? 紙一枚分の厚みずつ掘り下げていけば、ページ順に文章を読み取れるってワケ >
< なるほどね! >
< それに半分は裏返しの文字だからページを見分け付けやすいの。もちろん繊細な作業だから集中力は必要よ? >
マリタンは分厚いから、平らな場所なら閉じたままでも余裕で自立する。
表紙側が『錬金素材の変遷』という本に向くようにして手前に立ててやり、俺は自分用に持ってきた『王都物語』を開いて、目次を眺めてみた。
さっき本棚のところでパラパラッとめくった感じでは、演劇物に良くある英雄譚や摩訶不思議な伝説などではなく、ラファレリアで代々暮らしてきた裕福な一族の日々の暮らしや、様々な人々との出会いとそれにまつわる事件などが話の中心のようだった。
だからこそ、この街に関する『雰囲気』を掴むのに良いようにも思えたのだ。
まあ、読むと言っても本気で物語に没頭したい訳じゃ無いから、目次から適当な章を拾っては字面を追ってみるという程度で読み流していく。
この分厚い本を数刻で読み終わるってのは、さすがに無理だろうしね。




