みんなで王宮図書館へ
パジェス先生の指示ですぐに馬車が用意されて、俺たちも一緒に外に出た。
さきほどの家政婦長っぽい女性も一緒に出てきたので見送りかと思ったら、唐突に『オレリア』という名前を紹介されて驚く。
「言い忘れてたけどオレリアは僕の姪っ子でね。ちょいとワケあってウチに居候中なんだけど、色々手伝って貰ってるんだ。資料探しとかも得意だから一緒に来て貰うことにしたよ」
「そうだったんですね、さっきはすみません」
「え? 何がでございましょう?」
「いえ、俺はてっきりお家の方...侍女とか家政婦長とか、そういう立場の方かと思い込んでしまってて...」
俺がそう言うとパジェス先生が吹き出すように笑う。
「あははっ、僕に侍女なんている訳ないだろう!」
「ですが家政婦というのも間違っておりませんわクライス様。わたくしは今、アニエス叔母様の元で家事修業中ですので」
「はあ...」
「ま、オレリアなりに色々と思うことあってね。たまたま今回は、メイドさん達に休暇を出してたんだよ。いまはオレリアがいてくれるから良い機会だと思って、全員揃って湯治に行かせたのさ」
「湯治?」
「ラファレリアから馬車で数刻のところにアヴィアンって村があってね。そこは地下から熱泉が噴き出してて天然の巨大風呂が造られてるんだよ」
「へぇーっ! 凄いですね!」
「うん、一度シンシア君と一緒に行ってみると良いよ。シンシア君は留学中に行ったことがあるから案内できるだろうし」
「え、ええ...」
「温泉に浸かってのんびりするってのも、良い療養だよクライスさん?」
予想外の話にちょっとドギマギしながら馬車に乗り込む。
さっきは気が付かなかったんだけど、この馬車の御者さんも、よーく見ると男装の女性だ。
うーん、パジェス先生の拘りポイントが良く分からん・・・
馬車の中ではラファレリアは初めてだという俺に、パジェス先生が通りすがる街の様子を色々と説明してくれた。
言うならば観光案内みたいな感じ?
王宮魔道士の大先生から案内を受けるって言うのも中々緊張するモノがあるけど、本当は馬車の中でマリタンや古代の魔法の話を聞かれるかもと思っていたから、そういう意味では逆にホッとしたケドね。
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王宮外縁の門を通る時も門衛達は敬礼してノーチェックだった。
さすがはパジェス先生の馬車だな。
外縁部とは言え王宮と敷地が繋がっているんじゃないかと思ったけど、宮殿に入る手前にはまた門があるらしい。
まあパジェス先生が不穏な人物を連れ込むはずが無いけどね。
それに王宮図書館っていうのは色々な官吏が働く外縁の建物の中に有るのでは無く、それ自体が独立した立派な建物になっていた。
もちろん図書館への入場も、先生が係員に片手を上げてちょっと振っただけでノーチェック・・・俺たちもゾロゾロとその後ろを付いて歩く。
そう言えばアスワン屋敷の図書室にも相当沢山の本があって、最初に見た時は『凄い数の本だ!』と思ってたけど、ここはとても比べものにならない。
図書室では無く、図書『館』と言われる理由が分かる。
言ってしまえばここの場合は『部屋』ではなくて、小さいとは言え『建物』一つが本棚や閲覧室で占められているのだから・・・
もしも『この世にある本が全てここに集められている』と言われたら信じる人だっているだろう。
さすがは歴史の長いアルファニアの王都だな!
パジェス先生は慌てて対応に出てきた司書の一人に指示して扉のある閲覧室を貸し切りにさせると、そこの丸テーブルに昨日の『ラファレリアの復興と発展』を記した本を置いた。
個室を借りられたとは言え、念のために静音の結界も張っておく。
「じゃあオレリアは、まず稀覯本の部屋に行って、古い地図の類いを探してくれるかい? 司書達にはすべて僕の指示だと言えばいいからね」
「承知しました叔母様」
「シンシア君は、『ラファレリアの復興と発展』から主要な情報というかヒントを読み取って行くんだ。図譜もいくつか載ってるから参考にするといい。オレリアが古地図の類いを見つけてきたら、それとも照らし合わせてみるといいだろうね」
「はい先生、やってみます」
「クライスさんは、資料探しとか得意かな?」
「すみませんパジェス先生、正直に言って俺は武闘派ですよ」
「そりゃ図書室に籠もってる勇者とか想像できないか...でも、意外とそういう人の方が、新鮮な目で本質を見抜いたりもするモノだからね?」
「ええ、そうなんです! 御兄様っていつもそういう感じなんですよ!」
シンシアが俺の代わりに急に答えたのでちょっと驚く。
先生やオレリアさんの前で褒められるのは、かなり気恥ずかしいよシンシア・・・
だがパジェス先生は、そんなシンシアに優しそうな目を向けると頷いて、サクッと流してくれた。
「シンシア君、最初は広く浅く情報を集めて、直感にピンと来るモノがあったら掘り下げていこう。古代の戦争の話なんて正確に残ってるはず無いけど、思わぬ処にヒントが隠れているかもしれないからね」
「早速調べてみます先生!」
「うん、僕はその間にちょっと王宮の方へ顔を出してくるよ。それほど時間は掛からないと思うけど、なにか必要なことがあったらオレリアに相談するといい」
「わたくしも、先に稀覯本の部屋を見て参りますわ」
そう言うと、パジェス先生とオレリア女史は閲覧室を出て行き、後には俺とシンシアとマリタンが残される。
シンシアは早速『ラファレリアの復興と発展』に没頭し始めているので、俺は邪魔にならないように、さり気なくマリタンを抱えて閲覧室を滑り出た。
< 気が利くわね兄者殿! >
< 集中してる時のシンシアを邪魔したくないからな。それにマリタンが一緒に来てくれないと、俺も話し相手がいない >
< そうね、あの表情になった時のシンシアさまに声を掛けるのは、ちょっと憚られるもの... >
<だよな? >
< ところで兄者殿、チョットだけワタシの御願いを聞いて貰えたりするかしら? 厚かましいことは理解してるのだけど、ね >
< いいよ、なんだい? >
< ワタシは恐らく、これほど沢山の本が並んでいる空間に来たのは初めてだと思うの。生まれた頃の古代にそんなコトがあったとしても、もう記憶に無いし、ね? だから、少しこの空間の中を見て回りたいって言う欲求が生じてるわ...厚かましいのだけれど >
< 厚かましいなんて思うワケ無いよ。マリタンが自分から欲求を教えてくれることは少ないしな? >
< そもそも、そんなにないわよ >
<そうか? >
<ワタシは本なんだし、人のように食事や睡眠みたいな生理的欲求が存在してないんだもの >
< そうだけど...でも以前は『皆と同じように食事をしてみたい』って感じのことを言ってたことがあっただろ? あれだって欲求じゃ無いのか? >
< ええ。そう言えばそうよね。自分でも不思議だけど、ね? >
< まあとにかく、そこらの本棚の間をゆっくり歩いてみるよ。俺も適当に目に留まったモノがあったら手に取ったりするし、マリタンも中身を見てみたい本でも見つかったら教えてくれ。閲覧室に持っていこう >
< あら、有り難う兄者殿 >
< 気にしなくていいってことだよ >
なんだか『書物が読書をする』って言うのは不思議な感じもするけど、それは見た目だけのことだと考えるべきなんだろう。
マリタンは以前にも『古代のことは良く覚えてない』と言ってたけど、それは人と同じように『忘れる能力』がマリタンにもあるってことだ。
逆に『覚える』方の能力がどの位なのか・・・そこらの人族・・・少なくとも俺なんかよりは遙かに良さそうだけど、それにも限界量みたいなモノがあるのかどうか、良く分からない。
少なくとも俺たちと出会ってからの出来事はちゃんと覚えてる訳だし、その瞬間の道端の石ころのように不必要なことまで覚えている訳じゃ無い様子を見ると、人族の記憶と近い機能のようには思えるけどね。
< じゃあ、適当に歩いて回るからな? >
< ええ、御願いね >
表紙側が外に向くように・・・俺的には顔が見える状態って認識だ・・・マリタンのストラップを肩に掛けて、ずらりと本が並んでいる棚の間をゆっくりと歩く。
スタスタ歩いてしまうとマリタンが困るだろうから、俺自身も並んでいる本のタイトルに目を走らせながらだと丁度いい。
図書館という場所に来たのは初めてだけど、ここは一定の種類毎に通路を分けて本棚が配置されているようで、俺たちが今歩いているのは、お伽話とか民話なんて言われる類いを集めた場所のようだった。
そう言えばアスワン屋敷でも、雑多に押し込まれていた本をレミンちゃんが丁寧に整理してこういう風に並べ替えてくれて、『本が探しやすくなった』って、みんな喜んでたなぁ・・・




