歴史書を見たい理由は?
年齢不詳で自分のことを『ボク』と呼ぶ、不思議な雰囲気の王宮魔道士パジェス先生に圧倒されつつ、アルファニアにおけるエルスカインの拠点探しは幕を開けた。
「アハッ! そういう事ね。まぁ硬くならずに...それと、僕のことは先生じゃ無くて普通にパジェスと呼んで欲しい。シンシア君は僕の生徒だったから先生って呼ばれても不自然じゃ無いけど、貴方は違うでしょ?」
「ですけど、パジェス先生はシンシアの先生ですから、俺にとっても先生ですよ」
実際にパジェス先生は相当に・・・ひょっとしたら姫様以上に俺より年上の可能性も高いからな。
「そう? じゃ、そういう事で。それでクライスさん、さっそく本題に入りたいんだけど、いいかな?」
「勿論です、パジェス先生」
パジェス先生は、そう言いつつ古そうな分厚い本を掲げて見せた。
これがシンシアの言ってた街の歴史書『ラファレリアの復興と発展』か・・・
「僕もホントは、あの魔導書『マギア・アルケミア・パイデイア』をどこでどうやって手に入れたのかとか、どうして数千年前の古代の本があんなに状態がいいのかとか、聞きたいことは山ほど有るんだけど、それは聞いちゃいけないような気もするし、貴方にとっては本題じゃ無いだろうからね」
「すみません...」
「いいよ。それで、ラファレリアの復興と発展の歴史を綴ったこの本だけど、僕が知りたいのはクライスさんとシンシア君が、ここから何を読み取りたいのか?っていう事だね」
「それは正直に言うと、『街の中にある地下の遺構』を見つけ出したいんです」
いきなり全てを話す訳にも行かないけど、シンシアの恩師であり、予想外に人の良さそうなパジェス先生に嘘をつくのも気が引ける。
「街の中にある地下の遺構? ソレってつまり古い建物の地下室とか今は使われていない街の地下設備とか、そう言うモノのことかな?」
「まあ、広く言えばそうです」
「じゃあ、狭く言えば?」
「えぇっと...地下に眠っていて、いまは存在を忘れ去られているような、そういう『誰にも知られていない空間』を探し出したいんですよ」
「それでこの本なんだね...つまり、昔の街の姿を段階を追って重ね合わせて調べていけば、古いものがどこに埋もれてるか分かるんじゃないかって、そういう発想かな?」
「まさにそうですね」
「うーん...クライスさんがソレを探してる目的はさておいて、それで探し出せるモノって言うと、宝物庫とか地下墓所とかよりも、崩れて使えなくなったまま放置されてる下水道とか、記録も無いほど古い時代の坑道とか、そう言うモノだと思うよ」
「まさに下水道みたいなモノを探したいんですよ」
「おや? じゃあ宝探しの類いって訳でも無いんだね!」
「ええ勿論」
宝物庫はともかく、どうして地下墓所が『宝探し』の範疇に入るのかは、あまり考えたくない気がするが。
「それはそうとパジェス先生、『坑道』って鉱山を採掘する時のトンネルのことですよね? 下水道はともかく、街の中にも『坑道』があるんでしょうか? そんな話は聞いたことが無くて...」
「ああ、それはね。ラファレリアは昔からある古い街だけど、エルフ族が造ったのでは無くて、元はドワーフ族の街だったんだ」
「えっ、そうなんですか!」
「詳しいことは分からないけど、古代文明よりも昔の先史時代に、ドワーフの一団が北方からやって来て住み着いてたんだそうだ。彼等はここの地下に貴重な金属の鉱脈があると気付いたらしい。ティターンかオリカルクムか他の何かか、そこは不明だけどね」
「それで坑道があると。でも、こんな平らな場所ならトンネルを掘らずに露天掘りしそうなものですけど...」
「後の歴史学者の分析によると、ここら辺一帯は深い森だったそうだよ。それに鉱脈が地下深くに横たわっていて、露天掘りでは逆に労力が掛かりすぎるという話だったね」
「なるほど」
「結局、すべての鉱脈を掘り尽くしてドワーフたちは北へ去ったらしい。エルフ族がこの地にやって来たのは、それよりもずっと後だそうだ。ここに住み着いた人々は、昔のドワーフたちが資材と燃料にするために森を切り開いた跡の平地を街作りに利用したんだね」
開墾の手間がいらなかったってことか?
切り株とか残ってたら処理が大変だったような気もするけど、古代の魔導技術なら手軽にどうにか出来たのかも知れない。
「だから当初住み着いたエルフ族達は、地下に広がる坑道の存在を知らなかったんだよ。それが分かったのは随分と後の時代で、戦争が切っ掛けだったらしい。地面が崩れた場所に坑道が発見されて、その後、敵に襲われた時に逃げ込む場所として利用されるようになったんだよ」
「え? 戦争で地下に逃げ込むんですか?」
「そうだよ」
「普通なら市壁の中に立て籠もるか、さっさと街を捨てて逃げ出すかだと思うんですけど?」
「何故かって言うと、大昔の戦争だと、空から攻撃を受けることも多かったからって理由らしい」
「空から攻撃?」
「今じゃ有り得ないよね! 僕が聞いた話だと、魔獣を従える魔法を使ってグリフォンやワイバーンを使役して、それを戦争の道具に使ったんだそうだよ」
思わずシンシアと眼を合わせてしまう・・・ワイバーンで空から攻撃だと?
「古代の話だし、世界戦争でラファレリアがいったん破壊し尽くされる遙か前のことだから、もし坑道の残滓が地下に残っているとしても旧市街だけだろうね。だから正真正銘の『遺構』ってヤツさ...さらにはドラゴンを使役してたって寓話も残ってるそうだけど、世界戦争の太古の話と言ってもコッチはかなり眉唾かな...って、なに?」
パジェス先生は、俺とシンシアの表情に不穏なものを読み取ったのか、眉をひそめて言葉を途切れさせた。
グリフォンにワイバーンにドラゴンを使役とくれば、間違いなく『支配の魔法』の事だし、戦争で空から攻撃を受けるから地下に逃げ込むって発想は現代人には無いだろう。
ソブリン市の地下に造られた『ドラゴン・シェルター』が誰の発案かは言うまでも無いけど、過去には本当に意味のあったモノだったらしい。
「あぁ、すみません。ワイバーンやドラゴンで空から攻撃するってことに、ちょっと驚いたので...」
正確に言うと驚いたのは、それが過去には普通に行われていたらしいって事と、それへの対応が行われていたって事にだけど。
「そりゃそうだね! ドラゴンを支配するなんて言うに及ばすだけど、ワイバーン...いやそれどころかグリフォンですら、いまの人族が意のままに動かすなんて不可能だもの。人が魔獣や魔物を好きに操れるんなら、破邪なんて揃って廃業でしょ?」
「ええ、まあ...」
あ、なんか気まずい・・・
この話題が続くと、パジェス先生の言葉を肯定するのが『嘘をつく』のと同義になってしまう・・・
ちらっとシンシアを横目で見ると、あきらかに葛藤の表情を浮かべているのが分かった。
「僕だって、もしもワイバーンに乗って空を飛べるって言うんなら全財産だって差し出すよ! 古代の話がどうあれ、いまの人類が誰も経験してないことを経験できるなら、そのぐらいの価値はあるでしょ? だって未知の経験って言うのは『知識を育む事』にとってそれぐらい大切なことなんだ...シンシア君も、そう思うよね?」
もう止めてパジェス先生!
シンシアの余裕はゼロだから!
「は...は、い...」
ダメだ。
シンシアが心苦しさで息が止まりそう。
いや、このまま放っておくと本当に倒れてしまうかもしれない・・・
仕方ないか。
「えーっとシンシア、これって、シンシアがジェルメーヌ王女を信用したのと同じに考えて良いんじゃ無いかな?」
「え、御兄様?」
「これまでだってずっとそうだったけど、俺たちは周りの人達との信頼関係があってこそ、やるべきことをやってこられたと思うんだ」
シンシアが『本気ですか?!』っていう目で俺を見る。
パジェス先生は、俺が突然シンシアに何を言い出したのか意味が分からなくて、さっきよりも更に眉毛が中央に寄っている感じ。
シンシアはスゥーッと大きく息を吸い込むと、意を決して口を開いた。
「先生、もしワイバーンに乗って空を飛べるなら、飛んでみたいですか?」
「そりゃもちろん...って、どういう意味?」
まあ、普通だったら『なに言ってんだコイツ?』って類いの発言だよな?
でも、それを口にしたのが他でもないシンシアだってところにパジェス先生の戸惑いが見て取れる。




