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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第九部:大結界の中心
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マリタンの提案


だいたいにおいて、アプレイスと絡んでいない時のマリタンは、『具体的な用件』が無い場合は自分から積極的に会話に混ざってこないので、正直ついつい存在を忘れそうになるのは確かだ。


申し訳ないって気もするし、今みたいに不意を突かれてちょっと困る時も有る・・・

でも、マリタンには『人として接する』って決めたのは俺だから仕方ないけど!


「あっ、あぁりましたっ! あのぁ赤い屋根の屋敷です御兄様!」


俺の首から手を離して眼下を指差しているシンシアの声が、いつもよりハイトーンだし、なんだか身振りも大袈裟だ。


ともかく、シンシアが指差す一角には瀟洒で広い屋敷が見えていた。

さすが『魔法立国』とも言われるアルファニアの王宮魔道士だけあって報酬も良いんだろうけど、なかなか趣味のいい屋敷に住んでいるな・・・貴族の住処と言われても納得する佇まいだ。


あれ? 

なんで王宮魔道士なのに王宮内で暮らしてないんだろう?


「なあシンシア」

「はひ!」


まだちょっと声がうわずってるし、俺の方を見ようとしてない・・・いいけど。


「いやさ、なんでその人って王宮魔道士なのに、王宮内で暮らしてないのかなって思って。結構遠いと思うけど、この屋敷から通ってるのかい?」


「あ、いえ...この方は王宮魔道士と言っても常勤ではなく、顧問兼指導役みたいな役職なんです」

「へぇ」

「過去の功績も大きいので、日頃は自分のお屋敷で魔法の研究に没頭していたり、気が向くと魔道士学校に来て学生の指導に当たったりっていう感じですね。王宮魔道士として新任の魔法使いが採用されると、そうした人への指導も行ったりするそうですよ」


「じゃあ、ベテラン中のベテラン、第一人者って扱いなんだな」


「ええ。なにしろ『探知魔法』の開発者ですから。私も色々と弄って改良したりはしましたけど、まず最初にアイデアを思いついて、それを実際に使える魔法として形にしたって言うのは凄いことです」

「そう言うモノ?」

「そう言うモノです。誰かが造ったモノを見て、それを後から改良するのは遙かに簡単なんですよ」


まあシンシアがそう言うなら、そうなんだろう。


確かにこの魔道士が開発した探知魔法を埋め込んだペンダントは、アルファニアにとって重要な輸出アイテムとなって利益を上げていると聞くし、特別扱いされるに足る才能の持ち主って言う訳だな・・・


ともかく無事に屋敷に辿り着いて近くの路上に降り立った。

周囲はすっかり明るくなってきているけど、まだ街中がざわつくほどじゃない。

屋敷の中では、早起きな使用人さん達が働き始めているだろうか?


「どうやって会う?」

「普通に玄関から面会を申し込みます」

「大丈夫か?」

「時間が早いのでビックリされるとは思いますけど、まだ確実に屋敷にいらっしゃるでしょうし、今日の予定が何かあっても動き出す前だと思いますから」


「それもそうか...」


シンシアのこういう真っ直ぐなところは、やっぱりジュリアス卿譲りだなって感じさせられる。

さっきの連想の続きでつい考えてしまったけど、もしこれが姫様だったら、この王宮魔道士が『俺たちに会わざるを得なくなる』ようなネタを、事前に一つか二つ用意しておこうとしてたんじゃ無いだろうか?

もちろん無理強いするような悪い方向では無くて、相手が喜んでくれるネタでってことだけどさ。


「俺は一緒にいない方がいいだろうな。話がややこしくなりそうだからね」


「そうですか? 勇者だってことを教えて、協力を求める方が良いのでは無いでしょうか?」

「うーん...どうかな? その人の正義感が云々とかじゃ無くってね、純粋に『シンシアからの御願い』として頼んだ方がいいと思う。向こうも、その方が余計な背景とかを想像しなくて済むしね」

「背景?」

「だって、ラファレリア発展の歴史って、誰がどうして興味を持つ内容なんだ?」


「それはさっき御兄様も、『街が成長してきた経緯を知るのは面白い』と仰ってませんでしたか?」


「そうだけど、雑談って言うか雑学の範疇じゃ無くて、ちゃんと調べたいとかって思うのは、やっぱり相応の理由があるからだろ? 例えば学者とか建築士とか官吏とかね」

「そこは純粋な興味と言うことで...」

「いやぁ雑学として面白いからって言うのは無理があるよ。俺だったら『一体なにが狙いなんだ?』って疑うな」


「ですが、本当の理由を言う訳にも...」


「まあね。だからこそ俺が一緒にいない方がいいと思う。シンシアも理由は言わなくていいし、聞かれても『事情があって言えません』で通して構わないと思うよ。それでもきっと、力になって貰えるって気はするんだ」


シンシアはさっきとは打って変わって不安そうな表情だ。

上目遣いで泣きそうな顔を見せれば大丈夫だと思うんだけど、そもそも嘘つくのがヘタだもんなぁ・・・


「じゃあこうしよう。まずシンシアが会って事情を説明する。嘘はつかなくていいよ。その代わり、シンシア自身が『教えるべきじゃ無い』と思ったことはハッキリと『事情があって言えません』と伝えるんだ」

「大丈夫でしょうか?」

「俺はそれでも大丈夫だと思うけど、もしダメだったらその時は、二人揃って不可視結界で図書館に侵入だよ」


「そうですね...それしか無いかも知れません...」


その人が『トップクラスの王宮魔道士』だと言うことは、つまり王家直属の人物であり、アルファニアの政治の中枢部に関わりを持っていると考えることも出来る。


そんな相手にいきなりエルスカインのことを喋るって言うのは、どう考えても無謀だろう。

ましてや『エルスカインを止めることに失敗したら、ラファレリアの全市民が虐殺されます』とか、『大結界の中に住むアルファニアの全国民が奴隷にされます』なんて口が裂けても言える訳ない。


信じて貰えずに大ホラ吹きとして糾弾されるとか、騒乱罪で逮捕されるとかなら良い方で、逆に信じて貰えたとしてもアルファニアという国家の存続が関わる大事件になってしまうからな。

サラサスに獅子の咆哮を調べに行った時とは、スタート地点からして危険の規模が跳ね上がっている。


「ねえシンシアさま、もしその人が協力を渋ったら『交換条件』を出してみるのも良いと思うのですわ?」


「え、交換条件ですかマリタンさん?」


「例えば、『その歴史書を一日だけ持ちだして貰う代わりに、古代の魔導書を一日だけお貸しします』って提案するのはどうかしら、ね?」

「それって...」

「魔道士さんなら生活魔法や基本的な錬金術にだって興味あるでしょう? いくら高名な人でも、ワタシに記載されてる三千年前の魔法を全部知ってるとは思えないもの」


「なるほど、そういう手もあるか...」


もし姫様なら、確実にこういうネタを用意してきただろう。

まさか、その『ネタになる本』いや『本人』から自分自身の活用を提案されるとは思いもよらなかったけどね。


「危険じゃ有りませんかマリタンさん?」


「大丈夫ですわよ。ワタシは一切言葉を喋らずに普通の古本のフリをしておきますし、主であるシンシアさまで無ければ、どうやっても秘匿してある情報を引き出すことは出来ないんですもの」

「それはそうですね」

「ええ、バシュラール家の財産目録を読み取られたり、私も知らない深層魔法を解読されたりする心配は絶対にありませんわ」


「まさかとは思うけど、荒っぽいことをされる心配は無いよな? 装丁をバラそうとしたりとか?」

「それは大丈夫だと思います。先生は『知識』というものをとても大切にする方ですから、書物を乱暴に扱うことは無いかと」


「ですわよね? それに、ワタシを手に入れた経緯は『譲ってくれた人との約束で公に出来ない』とでも言えば追求できないのでは無いかしら、ね? 万が一、なにか危険だと感じたら<概念通信>で救援を求めますわ。それでいかがでしょうシンシアさま?」

「そうですね...上品な方なので、無茶や暴力は無いと思いますから...」


「それにシンシアさま、言えないことや言いにくいことは全部、兄者殿のせいにしてしまえばいいのですわ」

「言い方っ!」

「分かりました。ここはマリタンさんに協力して貰いましょう。私はラファレリアの歴史記録書を王宮図書館から持ちだして貰い、代わりに貴重な古書『マギア・アルケミア・パイデイア』を一日貸し出させて頂きます。それなら対等な取引ですね!」


おお、シンシアが元気になったぞ。

ナイスな提案だったなマリタン!


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