シンシアの提案
「ともかく御兄様、なんとかして獅子の咆哮と飛翔装置が王家の谷から飛び上がることを防がなくてはなりませんね。あの錬金術師が言っていた『魔石の集積場所』を突き止めることが先決でしょう」
そこはシンシアの言う通りだ。
エスメトリスとアプレイスに迂闊なことをさせないためには、本気で俺が頑張るしか無いし、それには、一にも二にも『獅子の咆哮』がここから飛び上がることを防がなきゃいけない。
「アルファニアのどこか、か...」
「あの老錬金術士はラファレリアの旧市街と言ってましたから地域は絞り込めます。地下に隠されている遺構となると探すのが大変かもしれませんが、そこはなんとかなるかと思うんです」
「片っ端から俺の土魔法で掘り返していくか?」
「いえ、以前にラファレリアの魔道士学校に通っていた頃、王宮図書館にラファレリアの復興と発展を記した書物があるのを見たことがあるんです。そこに記されている過去の市街地の様子を比較していけば、地下に遺構が残っている場所を見つけられるのでは無いかと...」
「なるほど!」
「シンシアちゃん、すっごーい!」
「まったくであるな、シンシアは可愛いだけで無く、まこと希有な聡明さの持ち主であることよ!」
「あの...お二人とも大袈裟です...」
「いやいやシンシア、俺も同じように感じてるぞ! さすがシンシアだってな」
「御兄様まで...」
シンシアが顔を赤くして、ちょっと恨めしそうな表情で俺を見る。
茶化したり、からかったりしたんじゃ無くて、本気で本音なんだけどなぁ・・・
「で、エスメトリス、お願いがあるんだけど?」
「なんであるか、クライスよ?」
「悪いんだけど、エスメトリスはここに残って貰えないかな? 俺たちが全員いなくなったら、パトリック王やオブラン卿が不安に思うだろうし、王宮から勇者がいなくなったと気が付いて騒ぎ出すヤツも出るかも知れない。エルスカインに動きを嗅ぎつけられたくない今は、それも困る」
姿を現した瞬間から王宮中の注目を引いたエスメトリスは、ぶっちゃけ勇者よりも遙かに話題を集める存在になっている。
しかも俺やアプレイスと違って社交的・・・というのは違うな・・・人族相手に遠慮する理由がないから、寝ていない時は平気でどこでも歩き回るし、興味を引くモノがあれば勝手に見に行く。
城壁の外の緩衝地帯でドラゴン姿に戻って昼寝をしていた時には、さすがに俺もどうかと思ったけど。
オブラン宰相に聞いた話では、いつぞやのバカ貴族とはまた別の男が、『勇者殿御一行がサラサスを出られた後もエスメトリス殿に残って頂く方法を考えるべきだ』と言い出し、『エスメトリス殿に爵位を』とか意味不明なことを言ってジャン=ジャック氏にコテンパンにやられたらしい。
少しは学習しろよサラサス貴族・・・と思わなくもない。
「ふむ、例のルフォール侯爵家であったか、そういった連中がここぞとばかりに騒ぎ立てるやも知れぬな?」
「ああ。だからエスメトリスが残って時々姿を見せてくれれば、周りも安心するだろ? それに実際にエスメトリスの姿がここにある限りは、さしものマディアルグだって、もう一度攻め込もうなんて考えないだろうからね」
「あい分かった。留守は我に任せるが良いぞクライス」
「有り難う。頼んだよエスメトリス」
「御兄様、いつ頃アルファニアへ向けて出発するお積もりですか?」
「できるだけ早くにと思うけど、あそこにはまだ転移門が無いからな。アプレイスに運んで貰うとして...南部大森林に行った時のことを考えると、片道で五日くらい掛かるかな?」
俺がそう言うと、シンシアは顔を少し天井に向けて考え込んだ。
頭の中の地図で距離を計算しているのだろう。
「えっと...ルリオンからラファレリアだと、もう少し遠いですね。直線距離で言えば、たぶんリンスワルド領から旧ルマント村までの五割増しというところだと思います」
「じゃあ片道で、八日は見ておいた方がいいか」
「はい。そのくらいは必要かと...ですが御兄様...」
「うん?」
「私が先に一人でラファレリアに行って、どこかに転移門を開いてきた方が良いのではありませんか?」
「えっ?!」
「その方が時間を無駄にしなくて済みます。シエラに運んで貰えば、アプレイスさんよりは遅いですけど、それでも十日程度で着くでしょう。アルファニアの地理は良く知っていますし、方位魔法陣もありますから迷う心配は無いかと思います」
「いやいやいや、十日も野宿を続けながら一人きりで旅するのかシンシア? そんなの危なすぎるよ!」
ちょっと待ってくれ!
いきなり何を言い出すんだシンシアは・・・
そりゃあ野宿と言っても、いまはシンシアも小箱にリンスワルド家の乗用馬車を一台入れてあるので、実際はその箱の中で眠れるのだし、シンシアの張った結界を突破できるような魔物が現れるとしたら、それこそドラゴンに匹敵、いや凌駕するクラスの存在ではあるが・・・でも心配は心配だ。
「一人じゃ無くてシエラとマリタンさんも一緒ですよ?」
「そうだけど!」
「いまでもマディアルグ=フェリクスは自由に動ける状態ですし、パトリック王やオブラン卿の為にも、御兄様がサラサスを離れる日数は出来るだけ少なくするべきだと思うんです。それに空を飛んでいる間はなにも出来ません」
「それはまぁ...」
「どうしても心配だと仰るなら、その日の夜を過ごす場所に着いたら転移門を開きます。指通信でお知らせしますから、必要な時には私が転移門でここに戻ることも、逆に御兄様に来て頂く事も可能かと」
「なるほど...それならシンシアの危険は少ないか...」
「です!」
「分かった。毎日、転移門を開いてくれるならイザって時も最速で駆け付けられるだろうしな。でも無理はするなよ? あと自分もシエラにも休憩を十分にとって、それからなにか不穏な気配を感じた時は...」
「お兄ちゃんっ!」
「なんだパルレア?」
「ちょっとウザいっ!」
「ええぇ?」
「もーちょっと、シンシアちゃんを信じなきゃダーメっ!」
「うっ...」
「いえ御兄様、心配されること自体は嬉しいのですよ。でも今回は私に任せてくださいね?」
「うん、そうだな。頼んだよシンシア」
「はい!」
シンシアがにこやかな顔を向けてくれて、パルレアの指摘でかなりショックを受けていた俺の心はなんとか持ち直した。
++++++++++
ともかくシンシアは、翌日すぐにアルファニアに向けて出発することになった。
まあ、俺もシンシアも革袋や小箱の収納魔法のお陰で、身の回りのモノはすべて、いつでも持ち歩いている状態だから、俗に言う『旅の準備』的なことは大して必要無い。
むしろアルファニアは気候もミルシュラントと似たような感じらしいし、新たに服装を誂える必要も無さそうだ。
ただし今回は一つだけ出発前に試しておいた方がいいことがあった。
それはシエラの扱いだ。
もしもシエラが魔馬達と同じように革袋や小箱に入れられる存在で有れば、ラファレリアに着いてからのシンシアの行動は、自由度がぐっと高まる。
なにかトラブルに巻き込まれた時には、転移門や跳躍を使わなくても即座にシエラに乗って退避することが出来るし、銀ジョッキを使わなくても上空から偵察することも出来るだろう。
しかし、シエラが小箱に入れられないとなったら、どこか市街から離れたところにシエラを待たせて不可視結界で隠しておく必要があるし、転移門で戻る時も、魔馬より遙かに巨大なシエラを連れての転移になる。
いまのシンシアの魔力量ならそれで問題が起きることは無いだろうけど、行動は小回りが効く方がいいに決まってるからね。
そういう訳で、俺とシンシアは屋上庭園に出て、出発前にシエラが小箱に入れるのか試してみることにした。
問題ないはずだけど・・・ワイバーンがドラゴンの眷属であるならば、普通の魔獣と違っていてもおかしくは無い。
「入るなら入るし、入らないなら入らない。人族と違ってシエラに危険は無いと思うから、軽い気持ちでな?」
「はい。では、試してみますね御兄様」
シンシアがシエラの側に近づいて行くと、シエラが大きく翼を広げて顔を上げた。
その態度は、俺の目にもシエラが嬉しそうなのが分かるほどだ。
「シエラ、今から貴方が私の魔法で一緒に行動できるかを試してみます。なにも変わらないと思いますけど、このままじっと動かないでくださいね?」
シンシアの言葉にシエラが頷く。
いや、本当に頷いたのだ。
あの首を上下させる動作は、『頷く』以外のモノとは考えられない・・・
間違いなくシエラは『魔馬や魔犬よりも賢い』だろうと、俺は確信したよ。




