ドラゴンシェルターの役目
「ああ。それは地下に設置されてるドラゴンシェルターのことだな?」
「左様で御座います。そして恐らく想像されているとは思いますが、ソブリン市がドラゴンや戦争などの災厄に襲われた時に市民を守るため、というのは欺瞞でございます」
「むしろ、その建前の方が無理があるよ。ドラゴンが街を襲うなんて事件、有史以来そうそう起きてないぞ?」
だからこそ、人の世は成り立っているのだ。
前世の俺がかつて斃した『ライムールの悪竜』は、色々な意味で特殊というか異様な出来事だったと言える。
「それでも、多くの市民は目前の恐怖から逃れるためには、我先にとシェルターに殺到するでしょうな」
「その状況を造り出すために、エルスカインはドラゴンを支配しようと躍起だった訳だ。ドラゴンが駄目ならワイバーン、かな?」
「ええ。そもそもマディアルグ陛下が東の果てから連れてきたワイバーンの群は、勇者さまと闘うためのモノではありません。いずれルースランドに持ち込むはずが、ちょうど都合良く勇者さまがサラサスにいらしたので、短慮な陛下が功を焦っただけでございます」
「短慮とは酷い言われ様だ」
「元より陛下は、そう言う方でございますから」
「知ってる」
「陛下の口車に乗せられて、ドラゴン殿を支配できるとアーブルに向かった魔法使い共も同罪でございますが...それよりも、シェルターに入ったソブリン市民がどうなるかはご存じでしょうか?」
「いや、正直知らない。そのシェルターが凍結ガラス製だってことは分かってるけど、なぜ市民を凍結ガラスで保管したいのかが分からないな」
「では、儂の推測をお話ししましょう。シェルターに入った市民達は凍結されて、必要になるまで保管されます」
「必要?」
「ホムンクルスの『素材』としてでございますな」
「なっ!」
「ソブリンの市民は、身分証のトークンで管理されておりますから、ガラス箱に入っている一人一人がどこの誰か、家族や血縁関係、健康状態など全てを把握されております」
「ホムンクルスの素材には最適ってことか...」
「そして儂の抱いた疑問...なぜエルスカインさまは魂の複製と保管に注力なさっていたのかという事の答えが、これであると考えております。ホムンクルスに移し替える魂の複製と保管、その管理に、儂の取り組んでいた魔法が使えるとお考えになったのでしょう」
「だったら、それこそ自分で新しい魔法を組み上げそうなもんじゃないか?」
「恐らく無理でございますよ」
「なぜ?」
「エルスカインさまは人ならざるモノ...本当の意味では『人を知らない』のですから」
「人じゃ無いから人を知らないって、そりゃまあ納得できる話だけど」
「例えばエルスカインさまは、人が『経験を積んで成長する』という事を考慮に入れません。知識や経験の集積は単なるパターンの追加であって、そこから新しい知見や創発が生み出されるという概念はないのです。百年前に配下に組み込んだ者は、百年後でも同じ人物であるという捉え方ですな」
「なるほど、出来事のパターンとして新しいものに直面すれば、それを『学習する』のは当然だけど、人の心持ちや能力の成長は考慮外ってことか?」
「ええ」
「それは...自分自身がそうだから?」
「そういう事でしょう。恐らくエルスカインさま自身には魂も無く、過去から引き継いだ魔導技術の範囲でしか、魂を扱うことも理解することも出来ない...よってエルスカインさまには、新しい魔法や魔道具を生み出すことが難しいのでしょうな」
「それで貴方に魂を扱う魔法を開発させたのか...」
「儂はそう考えております」
「そうだとして...しかしなぜ、それほどの人数を素材として確保しておく必要があるんだ? それにソブリン市民の魂を複製することになんの意味が?」
「いえいえ、ソブリン市民の肉体は単なる素材でございますよ? 移し入れる魂は全く別のモノです」
「それって...ホムンクルスの素材に使われたソブリン市民は死ぬってことだよな?」
「ですな。魂はそのまま輪廻の円環に戻っていくでしょう」
「助かると思ってシェルターに入ったら、そこで死ぬのか。酷い話だ...じゃあ魂の複製はそのために?」
「はい。血縁関係、いや時には種族さえ違う魂をその素材に入れるためには、魂の複製と保管の技術が絶対に必要になる訳ですな。恐らく魂を変容させる事は、過去に使われた魔法で応用できるのでしょう」
「過去の?」
「世界戦争の時代に使われた魔法がございます」
「あっ、アンスロープ族!」
「はい。それこそが、奴隷達の魂を魔獣の魂と融合させてアンスロープ族を生み出した醜悪な魔法ではないかと...」
予想以上に酷い話だ。
エルスカインは三千年前の極悪非道な行いを、また形を変えて繰り返すつもりなのか?
それに、ホムンクルスに入れる魂は、どこから持って来るんだ?
「だけど...そんな手間暇を掛けて、どこかの大勢の人々をホムンクルスに変えるって言うのか? 意味、いや意図が分からないよ...」
「恐らく、新しい『国民』を造り出すためでしょう」
「は?」
「改めて念を押させて頂きますが、これは儂の推測に過ぎません。しかし、エルスカインさまの最終目標は『新しい国家と国民を生み出すこと』だとしか考えられないのでございます」
「新しい国だって? そんな無茶な...」
いや、無茶と言うよりも無駄、か・・・
そもそもルースランド建国は元より、恐らくはサラサスの建国や大戦争そのものを引き起こした発端だという疑いのあるエルスカインが、なぜ、わざわざ新しい国や国民を求めるのか?
もしも自分の国を得て、そこの君主に収まるのが目的であれば、ずっと昔に実行できていたような気がする。
しかし老錬金術師は、そんな俺の想像を先読みしたかのように言葉を繋いだ。
「もちろん普通の国ではございませんよ? 太古に存在し、そして今は消え去った国家と国民を再興する事こそ、エルスカインさまのお望みでしょう」
「太古の国家...つまりそれってイークリプシャンのことだよな?」
「左様で御座います」
「だけどイークリプシャン国家は世界戦争に負け、闇エルフの人々は非道な行いの呪い返しでエルセリアに変貌したはずだ。いまさら...いや、それともエルセリア達の姿を元に戻す方法でも見つけたって言うのか?」
「そうではなく...エルスカインさまには、エルセリア族の時間を巻き戻して救おうなどという発想は無いでしょう。あれは三千年前に済んだこと。エルスカインさまは『新しい国家』として、かつてのイークリプシャン国家と同等のモノ、いや今度こそ、それ以上のモノを造り出すつもりなのです」
「待ってくれ、その『今度こそ』って言うのはどういう意味だ?」
「言葉通りの意味でございます勇者さま。儂の推測するエルスカインさまの正体とは、三千年前にイークリプシャン国家と王家を影から支配し、当時の文明全てを滅ぼすに至った世界戦争を引き起こした存在...言わば本当のイークリプシャン王と言えるでしょうな」
「本当の王だと?」
「もちろん、王家の血筋という意味では無く、王家を操っていたという意味でございますが」
「三千年前から影の支配者だったって訳か」
「むしろ三千年前には、と言うべきでございましょう。ほんの数百年前まで眠っていたのでしょうし」
やっっぱりそうか!
ずっと眠っていた存在が数百年前に目を覚まして活動を再開したと・・・
「そう思った根拠を教えて貰えるかな?」
「各所で語り継がれている逸話において、『魔獣使い』に関する話が登場するのは四百年前の大戦争の頃からでございますゆえ...」
「ああ、それはそうだな」
「儂は転移門の存在と共に、無数のガラス箱に収められた魔獣達を見たことで、エルスカインさまこそが魔獣使いの正体であり、なぜ魔獣使いが神出鬼没にポルミサリア各地で暴れることが出来たのかが分かりました。エルスカインさまは当初、出来る限り多くの土地を戦乱に巻き込もうと画策され、戦争が収まってからは君主達への自身の影響力を高めようと、様々な活動を行っていたようです」
「だろうね。俺も勇者になる前の破邪だった頃から、魔獣使いの噂は山ほど耳にしてきたよ」
その『様々な活動』の一環として、アルファニアの貴族だった俺の実の母は危機的な状況に陥り、その行きがかりで父親と出会って俺が生まれた。
さらには、その延長で俺の育ての両親は殺されたのだ。
俺の人生がエルスカインの影響その物であることに、なんとも言えない怒りと虚しさを感じなくも無い・・・




