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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第八部:遺跡と遺産
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彼は誰に会っていた?


「歳を取ってからの妻は、ことあるごとに儂に向かって『貴方に見つめられるのが辛い』と言っておりました。儂は『そんなことを気にする必要は無い』と言っておりましたが、随分と月日が経ってから、それはエルフ族ならでは考え方だと分かったのです」


「そりゃあ、貴方が老いた妻を変わらず愛していても、向こうがそれを受け入れられるかは別だ。それに貴方は実際に妻の老いを食い止めようとして奮闘してたんだからね」

「仰る通りですな。若さを取り戻させようとしている相手に、『見た目の老いなど気にするな』と言われても納得できなかったことでございましょう」


そしてある日、彼は思いあまって愛する妻の死を防ぐために彼女をガラス箱に封印してしまった訳だ。


「貴方がここにいる理由はおおよそ分かったよ...ともかく聞きたいことは山のようにあるけれど、まずはエルスカインの正体を知りたい。貴方はエルスカインに会ってるんだろう?」


「確かに声を聞き、姿を見ましたが、同じテーブルに座った訳でも握手した訳でもございません。それを『会った』と言うかは微妙でしょうな」

「謁見みたいな感じで?」

「いえいえ、同じ部屋にいたと言う事さえ微妙でございますよ。転移門の先で声に従って招き入れられた部屋には椅子が一つだけ。儂がそこに座ると向かいに置いてった大きな黒いガラス板に、エルスカインさまの姿が浮かび上がり、声が聞こえてきたのです」


これはアレだ。


ヴィオデボラで黒いガラス板に浮き上がっていたドゥアルテ・バシュラール卿の姿を彷彿とさせるな。


「いや驚きましたとも...二度目に会見場所へ赴いた時には、先ほど話したガラス箱が別の部屋に置かれておりました。後になって、あちらこちらの場所に姿を見せる魔道具が置いてあり、それを使って配下の者達に指示を出していると言うことを知りましたが」


「と言うことは、ココにもその魔道具が?」


「無論ございます。ですが、こちらから呼びかけるものでは無く、エルスカインさまの方からしか繋がりません。こちらとしては、あらかじめ指定された時刻にその場にいるようにするしかございませんな」


「じゃあフェリクス...マディアルグが会いに行ったのはどこなんだ?」


「エルスカインさまへの呼びかけが出来る場所へ、でございます。そこからなら呼びかけることが出来ますが、そこまでは転移門で物理的に行く必要があります」

「なるほど...」

「お姿も、そこに映っている姿がホンモノかどうか怪しいでしょう。なにしろいつも姿が変わらないのですから」

「それはエルスカイン自身もホムンクルスだから、という理由じゃ無くて?」


「先ほどの話に戻りますが、ご存じの通りホムンクルスの身体も生身の人と同じように歳を取っていきます。ただ、ある限度を過ぎればその古い身体を捨てて以前と同じ新しい身体に『巻き戻せる』という訳ですな。ただし、それは人間族でも十年単位、エルフ族なら百年ほどの間が空いたとしてもおかしくはございません」


「その間は、少しずつでも歳を取っているはずって訳だ」

「左様で御座います」

「なのに全く歳を取らないとなると、ホムンクルス云々以前に、そこに映っている姿がホンモノかどうかも確かに怪しいな」

「しかも、いつも同じお姿です。魔道士らしいローブで目深にフードを被り、暗い部屋にいらっしゃるのでお顔もハッキリとは分かりません」


「いくら『大魔道士』を気取っていても、ちょっと怪しいか」


「それよりも、『常に変わらない』と言うことが引っ掛かりましょう勇者さま? 仮に数百年を同じ服装で過ごすとしても、日によって衣服の様子は、着込み方やなにやらで少しずつ違うものですし、フードの被さり方など日毎に変わって当然でございますよ」

「ああ、それはそうだな」

「それに外に出なくて服が傷まないとしても、数十年も経てば布地自体が弱まります。時折は新しい服に取り替えるものでございましょう?」


ヒップ島のバシュラール家の別荘で、パルレアが布地の崩れたソファに埋まり込んだことを思い出す。

別の部屋のカーテンも、ボロボロのクズになって床に積み上がってたよな・・・

まあ千年単位と百年単位じゃそれこそ桁が違うけど、老錬金術師の言わんとすることは変わらない。

百年のあいだを開けて、以前の服と細部まで全く同じに仕立てることが可能だろうか?


「それがずっと変わらないってことは、映っているエルスカインの姿はホンモノじゃないって事だな?」


「儂はそう考えました。どれほどの歳月が経とうと、季節も時刻も関係なく常に同じ姿なのですから...恐らくアレはなんらかの魔法で、写し絵として創り出されたものでしょう。人の姿のように動く写し絵でございますな」


やはりエルスカインの姿は、ドゥアルテ・バシュラール卿と同じような感じで映し出されているに違いない。

これは絶対に『会見の場』もエルスカインが実際にいる場所じゃあ無いはずだ。

慌てて攻め込まなくて良かったよ・・・精霊爆弾でも放り込んでたら、手掛かりを粉砕するだけの結果に終わっていただろう。


それにしても、バシュラール卿と同じか・・・

ん?

いやまさか、エルスカインって生きてる存在じゃ無かったりとかしないだろうな!?


「変なことを聞くけど、エルスカインが写し絵で現れているとしても、こちらとの会話自体は普通に行うんだよな?」


「会話は普通ですな。物腰というか言葉使いは丁寧ですが、やや慇懃...むしろ抑揚が無いと言う感じございますが」

「抑揚が無い?」

「感情的では無い、と言い替えることも出来るでしょう。儂は他の配下と言葉を交わした経験もそれほど多くありませんが、部下の成功に対しても失敗に対しても、感情的に接することが無いそうです。もちろん、儂に対してもそうでした」


「じゃあ脅されたり叱責されたことも?」


「全く記憶に無いですな。エルスカイン様に逆らえないというのは私自身の判断であって、逆らうなと脅されていた訳ではございませんので。しかし、もし逆らったら容易に抹殺されてしまうかもしれないという怖さはございましたよ?」

「でしょうね...」

「感情を見せないというのは、そういう怖さも含みますな」


「別に脅された訳でも罠に掛けられた訳でも無く、貴方は奥さんの寿命をどうにかしたいと考えてエルスカインの軍門に降った訳だ。で、そんな貴方が勇者である俺に、敵対的じゃ無い態度を取っている理由は?」


「長い年月の間に様々な事に思いを巡らせてきた結果でございますよ」

「もう少し分かりやすく」

「失礼しました。先ほどはエルスカインさまのお姿がいつになっても変わらないと申し上げましたが、変わらないのは見た目だけではありません」

「声や口調とか?」

「話しぶりもそうですが、考え方もです」

「えっと...それは大きな計画や、強い目的意識があれば当然なのでは?」


大結界のような大掛かりな仕掛けを百年単位で進めている親玉の考え方がコロッコロと変わっていたりしたら、その方が大問題だ。


「いえ。本来、人というのは変わっていくモノであり、(うつ)ろう存在なのです。人の気持ちやモノの見方に考え方、好き嫌い、どれも永遠に変わらぬモノなどありません。命を賭けて誓い合った愛でさえもです」

「そうかな?」

「儂はそう思うのです。だからこそ妻のガラス箱を開けるのが怖かった...まあ今はその話は脇に置いておきましょう。エルスカインさまは、同じような事象に関しては同じような反応を返して参ります」


「俺は、その意味が良く分かってないかも知れないけど...定型的な返事をしてくるとか?」

「そうですな。慣れも無ければ疲れも無いという感じです。何度同じ話を繰り返しても疲れることも怒り出すことも無ければ、以前の経験から容易に推測できそうな事でも、状況が違えば詳細に関する質問が出て参ります」


「うーん...まさかエルスカインが『馬鹿』ってワケじゃあ、絶対に無いよな?」

「違いますな。エルスカインさまは恐ろしく賢い存在ですぞ」

「だろうね」

「しかし...実際に長い年月にわたってエルスカイン様と会話を交わしてみなければ実感するのが難しいことでございますが、奇妙なアンバランスさを感じさせることも事実」

「アンバランスって?」


「知性の高さと反応の単純さに矛盾を感じることが度々あったのでございます。何かの弾みで数年前に同じ事を話した時と、一語一句変わらない会話をしていたことに気が付いた時、儂はゾッとしましたな」


「それって記憶力の問題とかじゃあないよな?」


「違いますな。もっと根本的なモノ...言うなればエルスカインさまの『人となり』はどれほどの年月が経っても全く変わらないということなのです」


俺の脳裏を、魔導装置の黒いガラス板に浮かんでいたドゥアルテ・バシュラール卿の姿が再び横切った。


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