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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第八部:遺跡と遺産
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老錬金術師


「だって、ヒュドラの毒を容器に収めてお持ち運べるなら、『獅子の咆哮』の仕掛け全体をどっかに移動できても不思議は無いと思うからな?」


「うぉ、まじか...」


「そうなったら、ポルミサリアのどこにヒュドラのガスが撒き散らされてもおかしくないだろ。そもそもエルスカインはポルミサリア全域で『大結界』なんてワケ分からない事をやってるヤツなんだぜ?」

「それは...」

「確かに、そう出来る可能性は高いですね御兄様。であれば、彼等には『それが出来る』という前提で行動しないといけないと思います。早めに止めなければ私たちだけではどうにも出来なくなってしまうかも知れません」


俺の考え不足だったけど、『獅子の咆哮』を別の場所に持って行けるってのは当然なんだよな・・・

これは城や要塞その物じゃなくて、そこに据える兵器なんだから。


しかし、そうなるとますます危険だな。

ヒュドラの毒が撒き散らされる場所が『大結界の内側か外側』か、それすら見当が付かない。


「分かった。これ以上連中の準備が整う前に、獅子の咆哮とホムンクルス軍団を押さえよう」

「姉上は呼ばなくていいのか?」

「いや、むしろ王宮の守りをしてくれてる方が安心できるよ」

「了解だ」


「じゃあシンシア、コイツの転移門を起動してくれ。向こうに行ったら何が起きるか分からない。不可視結界と防護結界はフル稼働にして、門が開いたら全員一斉に跳び込むぞ!」

「おうっ!」

「おー! って、ちなみにお兄ちゃん?」

「何だ?」

「万が一、あそこの転移門が帰りに使えなかったらどーするの? イチかバチか、フェリクスの後を追って次の転移門に進んでみる?」


「いや...その時は俺の土魔法でひたすら掘り進む。ある程度横に掘ってから上に上がっていけば、獅子の咆哮をぶち抜く心配は無いんじゃないか?」


「お兄ちゃんらしい力技だーっ!」

「ほっとけ」

「あら兄者殿、その時はワタシの魔法で障害物を探しながら避けていけばいいのですわ」

「あ、なーるほど! マリタンちゃん凄ーい!」

「恐縮ですわね」

「それなら帰りもなんとかなると言うことで...跳び込んでみましょう御兄様。じゃあ転移門を起動させますね」


そう言ってシンシアが銀ジョッキの操作台を小箱に仕舞い込み、スタスタと円卓に歩み寄って魔力を注ぎ込み始める。

数拍おいて、先ほどと同じように魔法陣が光り始めたところで、俺たちは円卓の天板に上がった。

シンシアも引っ張り上げて、全員一緒に中央近くに身を寄せる。


「では行きます!」


シンシアの掛け声と共に魔法陣が一際輝きを増し、俺たちの立っている場所自体がそのまま高速に流れていくような感覚を覚える。

そして次の瞬間には、さっきまで銀ジョッキ経由で眺めていた広大なホムンクルス置き場が眼前に広がっていた。


そして、転移門の脇に立ってこちらを凝視している老錬金術師・・・


不可視結界に包まれている俺たちの姿は見えてないはずだけど、老人の視線は真っ直ぐこちらに向いている。

一応、後ろを振り返ってみたけれど、特に何かがある訳でも無い。

硬直している俺たちを余所に、老錬金術師は口を開いた。


「見えてはおりませぬが、どなたかそこにいらっしゃるのでしょう? 恐らくは勇者さまでは無いかと察しますが、違いますかな?」


老錬金術師は慌てる風でも威嚇する風でも無く、落ち着いた調子で俺たちに向けて語りかけてくる。

ただ、目の焦点が俺たちを突き抜けている感じがするから、『見えていない』というのは本当なのだろう。


もう、『イチかバチか』が、初っぱなからバチの方に転んじゃったよ!

こういう感じで存在を知覚されるとは予想外だ。


「儂が丁度この部屋に戻った時に、微かに転移門が作動するのが分かりましたからな。陛下ならこの転移門に戻ってくるはずはございませんし、他に誰もこの転移門を使う者はいないでしょう...しかも姿を隠す術を持っていらっしゃる様子。ならば、陛下を監視していたか、その後を付けて来た勇者さま、と睨んだのでございますが?」


こうなったらジタバタしても仕方が無いか・・・即座に攻撃してくる様子も無いようだけど、この空間であれば絶対に俺たちに勝てる、もしくは自分を害せないと確信してるんだろうか?

どのみち、腹を括るしか無いな。


< まず俺がこの錬金術師の相手をする。みんなはそのまま不可視結界を消さずに様子を見ててくれ。俺がいいと言うまで絶対に姿を現すなよ! >

< はい御兄様 >

< 了解だ >

< 分かったー! >


とりあえず皆には、そのまま動かないように伝える。

もしも俺に何かあった時には逃げて欲しいけど、そう言っておいても誰も素直に逃げてくれるとは思えないし、イザって時の行動は各自に任せよう・・・


俺は覚悟を決めて、自分の不可視結界を消して老人の前に姿を現した。


「明察だよ。ご老人...」


「ほっほう! これは見事な『身隠しの魔法』でございますな! 本当に気配すら感じ取れませんでしたぞ?」

「そいつはどうも」

「転移門が動いたことに気が付かなければ、そのまま通り過ぎていたことでしょう。もっとも、ここに勇者さまが訪れるのは時間の問題かという気もしておりましたが...」


「待ってくれ、それはどういう意味だ?」


老錬金術師は、俺の問いに対してニンマリと、しかし、楽しそうと言うよりは若干の寂しさを感じさせる様子で微笑んで見せた。


「勇者さまはおおよそのご事情を存じていらっしゃるのでしょう? 私がホムンクルスであることや、フェリクス王子のホムンクルスの正体...あるいは、ここに並んでいる沢山のホムンクルスのことなどを」


「おおよそは掴んでいると思っているよ。まだまだ知らないことは多いけどね」

「謙虚ですな。さすがは勇者さまだ」

「お世辞よりも、答えを聞きたいんだが?」


俺は一人きりで来たフリをして転移門から離れると、老錬金術師の視線が転移門から離れるように少し歩いて向き合った。

そうしている間に、シンシアがこっそりと自前の転移門を張ったことが横目に見て取れる。

相変わらず手際がいいな。


「これは失礼を致しました勇者さま。先ほど陛下がお戻りになった際に、『アーブルまで転移門を試しに行くのも面倒なので、死んで戻ろうかとも考えた』と仰っておりました。となれば陛下は、王宮の牢獄から物理的に脱出されたのでございましょうな」

「確かにね」

「それに、もし出られないと思っていれば、ご自分に関する王宮内の動きをしばらく探った後に『死に戻り』を試みたはずでございます」


「それで手引きがあると?」


「はい。儂は陛下の脱出のお手伝いなどしておりません。エルスカイン様も同様でしょう。しかしブリュエット嬢やバランド子爵家にそんな力は無いはず...ならば、どなたかの計略による手引きがあったと考えるのが道理でございますゆえ」


はぁ・・・

マディアルグ王が、この老錬金術師ほど聡明じゃ無くて良かったよ・・・


いや待て待て、違う違う!

この老人は、それを見抜いていながら、なぜマディアルグ王にそれを問いたださなかったんだよ?

エルスカイン側の味方なのにおかしいだろ!


「それも明察だよご老人。ブリュエット嬢とフェリクスは俺たちの用意した脱出経路を罠だと気付かずに乗っかったからね。でも疑問がある...どうしてそこまで見抜いておきながらアンタはフェリクス、いやマディアルグ王にその事を問わなかったんだ?」


「難しい問いでございますな。説明するのは簡単ですが、それを信じて貰うのは難しい...」

「とりあえず説明してみたらどうだい?」


「そうですな...勇者さまは恐らく『ホムンクルスになるのは愚か者』だと考えておられることでしょう。それは間違っておりません」

「ほう?」

「ですが愚かさと言うのも多様です。『永遠の命』という矛盾した言葉に惑わされて『永遠の隷属』を受け入れてしまうような愚かさもあれば、物事の重大さをよく考えず、怪我を治すくらいの気持ちでホムンクルスの作り物の身体を受け入れてしまう浅慮なモノもおります」


「不思議だよ。アンタは間違いなく敵側のホムンクルスなのに、そういう愚かさが無いように見受けられるんだが?」


「いえ、儂も間違いなく愚か者でございますよ。優先すべき順位を違えてしまったという愚かさと、偽りの命にしがみ付いて今日まで過ごしてきたという愚かさでございます」


謙虚というか、自省(じせい)しているというか・・・

こんなホムンクルスに出会うのは初めてだよ!


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