本一冊での脱獄
< 御兄様、上手く行きましたっ! >
白い光に飲み込まれて・・・いや、吸い込まれていくフェリクスの様子を見て、シンシアが喜びの声を上げると拳を握ってみせるポーズを取った。
久しぶりに見るなぁ、この可愛いポーズ。
< コレでフェリクスは転移門の罠の中だ。それにしても、ジュエルメーヌ王女を捕らえるために造った罠と同じモノに、自分が入ることになるとは思わなかっただろうな >
< ですね...これで、あとはフェリクスを追跡するだけです >
< それでシンシア、あの詩集と魔法陣を描いた紙に探知魔法を仕込んで貰えるかい。もうフェリクスは転移門の中に入ったから気配を覚られる心配は無いし、服を脱いでいったから、上着に仕込んだ探知魔法は無駄になっちゃったからな >
< そうでしたね。では、本の裏表紙と紙にも探知魔法を仕込んでおきます >
< ねぇ兄者殿、その詩集はこのまま回収して、またワイバーン便でブリュエット邸に届けた方が早いんじゃ無いかしら? >
< そうなんだけどマリタン、出来れば順当な方法でブリュエット嬢に渡したいんだよな。あの警備隊長が牢の中を確認するだろうし、本だけ消えているってのは不自然だからね >
< 確かにそうね >
< 詩集に探知魔法を仕込み終わったら、オブラン卿に地下牢を見に行くように言おう。そこでオブラン卿が警備隊長と一緒に『フェリクスが消えているのを発見する』って段取りだ >
< 詩集は、その時にオブラン卿に回収して貰えばいいですね? >
< ああ。これはフェリクスの遺品じゃないし、転移門の存在を知らない警備隊長はフェリクスが消えた原因と詩集の関係は分からないだろ? 持ち込んできたブリュエット嬢に本を返しておけとオブラン卿に言われても、さして疑わないと思うんだ >
と言うか、疑ったところで彼に何が出来る訳でも無いからね。
フェリクスは転移門がどこかエルスカインの拠点に繋がっていると思い込んでいただろうから、次にブリュエット邸で飛び出したら仰天するかもしれない。
それでも、エルスカインの用心深さを知っているのだったら、第三者に渡す転移門に拠点の位置を記していないことにも納得するだろう。
< 後はオブラン卿に任せよう。シンシアが部屋に戻って彼に連絡を取ってくれるか? 俺は一応ここで本を見張ってよう >
< 分かりました >
< オブラン卿には、適当な理由を付けて出来るだけ早く警備隊長と一緒に地下牢に様子を見に来るように伝えてくれ >
早速、シンシアからオブラン宰相に連絡を取って貰ったが、彼の方もすでにブリュエット嬢が『間違いなく息子のフェリクス本人と確認した』という面通しの結果を報告されていた。
オブラン宰相自身も確認のために『フェリクスの顔を見る』という建前にして貰い、警備隊長を連れて地下牢に向かって貰うことにする。
もちろん、フェリクスがいるはずの牢獄の中はすでに空っぽだ。
事情を知らない警備隊長だってビックリするだろうけど、そこはオブラン宰相に『禁忌の魔法だ』とかなんとか言って、ホムンクルスが死んだ時の特徴を説明して貰えばいいだろう。
それで警備隊長も、『フェリクスが今後の処遇を悲観して短剣で自害した』と思い込むはずだ。
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しばらく地下牢で待っていると、入り口の方からガヤガヤと一団の人達が地下牢に入ってくる気配が伝わってきた。
オブラン宰相のご登場だ。
ちゃんとさっきの警備隊長も連れてきているし、ここからはオブラン宰相の演技力が頼りだな。
親しみやすい人柄だけど中身は辣腕の政治家なんだし、演技や隠し事は上手なはずだ・・・多分。
一団がフェリクスのいた牢の前に到着すると、オブラン宰相が驚きの声を上げた。
「フェリクスがいないでは無いか! 儂の許可も無く、誰がどこへ移したのだ?!」
部下の失態に怒りを滲ませて叱責する様子は迫真の演技だ。
演技だと知っていてもビビるな。
「いえ宰相様、彼を移したりはしておりません!」
「実際に牢に入っていないでは無いか! 勝手なことを...誰がやったのだ? 今なら許す。どこに移したか正直に言いなさい!」
「本当です宰相様」
「私どもも誓ってやっておりません! いえ、誰もこの牢に近づいてすらおりません宰相様。本当のことで御座います!」
「本当に誰も通っておりません。もちろん居眠りなどしておりません! 信じてくださいませ!」
一錠を飲み込めない牢番と警護の騎士達も慌てふためきながら弁明する。
彼等にはチョット申し訳ないけど、まあ仕方ないな・・・
「いやしかし...ん? あれは一体何だ?」
オブラン宰相が、さも『いま気が付いた』という様子で、牢内の床に落ちている衣服を指差した。
警備隊長も不審な表情で慎重に鉄格子に近づく。
「先ほどブリュエット殿と来た時にはあんなモノは無かったかと...いや、アレはフェリクスの来ていた服のように見えます」
「服だと?」
「はい。信じて頂けないかも知れませんが、間違いなくフェリクスの着ていた服で御座います。側に落ちている短剣には見覚えがございませんが、ここに入れられた時に、すでに隠して持っていたのかも知れません」
「服だけ残っていると言うのか...」
「そのように見受けられます宰相様。誰が、どこへ、わざわざ裸にしてフェリクスを連れて行ったのやら、正直に申し上げて自分にも分かりませんが...」
「ともかく牢の扉を開けなさい。中を確認しなければ」
「はっ!」
牢番が大急ぎで鉄格子の扉を開けると、オブラン宰相は躊躇いなく牢の中に踏み込み、足下に落ちているフェリクスの服を見下ろした。
「ふむ...」
オブラン宰相は急に口を噤んで、考え込むフリをしてみせる。
本当に役者だなぁ。
辣腕政治家ってのは、やっぱりこれくらいの演技が出来なきゃダメなんだろうか。
きっと俺には無理だろうな・・・
って言うかパルレアやアプレイスは、俺には無理だと断言するだろう。
「そういう事か...」
「はあ...」
「みな良く聞くのだ。これから話すことは重要な国家機密ゆえ、決して他言してはならぬ。良いな?」
「はっ!」
「お前たちもサラサス建国後の混乱の中で、人民を弾圧した独裁者として処刑されたマディアルグ王が、その処刑後に『死体が消えた』という話は耳にしたことがあるのではないか?」
「確かにございます」
「それは呪いの一種だとまことしやかに伝えられているが、実はそうでは無く...あの事は、れっきとした魔法の一種なのだ」
「そうなので御座いますか宰相様!?」
「うむ。マディアルグ王は処刑される前、ある禁忌の魔法によって『ホムンクルス』と言う人ならざるモノへと変容していたのだ。そのため、これは長きにわたって秘密とされてきた」
「なんと!」
「ホムンクルスは魔法で創られた存在で有り、人のように見え、人のように喋り、人のように行動するが、決して人では無い。そして人ならざるモノであるホムンクルスは、死ぬとその死体が土くれに変わって蒸発し、きれいさっぱりと消えてしまうのだ」
「では、もしやフェリクスも人ならざるモノに?」
「服だけ残して消えたとなれば他に考えられぬな...フェリクスは十年前の叛逆事件の後、島流しで死んだ。今回捕らえられていたフェリクスは、本当のフェリクス王子では無く、ホムンクルスとして造られた偽物だったのだろう」
「それがここで死んで...死体は消えたので御座いますか...」
「捕らえられたフェリクスがホムンクルスで有ろうと、どうせ極刑は免れえぬところだ。人前に晒されて処刑される前に自裁を選んだのであろうな」
「申し訳ございません宰相様。この牢には決して近づくな、中の者と会うなと厳命されておりましたゆえ、先ほどの面通しまで我々もフェリクスと顔を合わすこともなく、身体検査もしておりませんでした。よもや短剣など隠し持っていたとは...」
「それは儂の指示通りの行いであって、警備隊の落ち度では無かろう?」
「はっ、有り難き御言葉!」
「ん? 短剣はともかく、この本は何だ?」
そう言って白々しく詩集を床から拾い上げる。
「その本は、先ほど面通しに来たブリュエット嬢が持ち込んでいたものです」
「ほう?」
「息子本人だと分かったので、想い出の品を渡したいと願われまして...怪しい物品が隠されてないと調べた上で許可いたしました」
「これがフェリクスの心の安らぎになるとでも考えたか...ブリュエットも、あれで母親らしいと言えばそうなのであろうな」
「はい。そのように見受けられました。死んだはずの息子に会えて感極まっていたのかと」
警備隊長の言葉に、俺は思いきり『嘘つけーっ』と叫びたくなったけど我慢する。




