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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第二部:伯爵と魔獣の森
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棚池の連なる丘


養魚場の敷地に向けて進んでいくと、立派な門の脇に立っている詰め所の中から、門番らしき年配の男性が声をかけてきた。


「やあ、久しぶりだな。最近はどうだい? 上手くやってるかい?」


どうやらレビリスとは顔見知りらしい。

と言うか、レビリスがいなかったら、ここには入らずに養魚場の全体像だけを眺めて引き返してただろうな・・・


「やあこんにちは。ヒギンズさんも変わりないですか?」

「おう。元気なもんよ。暇だけどな」

「そりゃ、いいことじゃないですか?」

「まあ、門番だの衛士だのってのは、暇なほどいいのは確かだね。今日は見回りかなにかかい?」

「ええ。魔獣の出る気配なんかが生じてないか、土地の具合を見て回ることになってます。それと...」


と、依頼状を広げて見せつつ、俺とパルミュナの方を手で示して紹介してくれる。


「俺の友人で、エドヴァル王国から来た旅の破邪のライノ・クライスと、その妹で破邪の手伝いをしている魔法使いのパルミュナです。養魚場を見てみたいって話が出たんで、一緒に見回って貰うことになりました」


俺とパルミュナが軽く頭を下げて挨拶すると、ヒギンズさんと呼ばれた門番の衛士は、にっこり笑った。


「おおっ、そうかい。ここに来る商人や職人たちの話を聞いても、これほど大きな養魚場はミルシュラントには他にないそうだからな。ゆっくり見てってくれ!」


「ありがとうございます。じゃあ、帰りにまた」

「おう! ところでお嬢ちゃんは魚は好きかい?」

と、パルミュナに笑顔で問いかける。


「はい。好きです」

音引きなしだ。偉いぞパルミュナ!


「おお、そうか。じゃあ塩漬け加工場の脇にある食堂でなんか出して貰うといいぞ? 関係者じゃなくても、ここに用事があってきた人間なら食っていけることになってるんだ」


「はーい」


パルミュナが可愛らしく返事をしたので、ヒギンズさんは相好を崩す。

俺も軽く会釈をしてから、門を抜けて敷地の中に入った。


なるほどね。

レビリスの言うとおり、買い付けに来た商人や仕事できた職人たちも、ここで美味い魚を食べられるんなら、そりゃあ行き帰りの宿で魚を出されても、あんまり嬉しくないだろうな。


その後、養魚場で働く人々の詰め所に顔を出すと、そこにもレビリスの見知った男がいて声をかけてきた。

他の人たちの好奇の視線はパルミュナに八割で俺に五分だから、フォーフェンの破邪衆寄り合い所とそう変わらんな。

ちなみに残りの一割五分は女性陣の視線で、それは言うまでもなく二枚目なレビリスに向けられている。

いいけどさ。

別に拗ねたりはしないよ?


「やあレビリス、久しぶりだな! 今日はどうした?」

「ああ、ちょっとした見回りみたいなもんさ。初夏を迎える前に、魔獣の出そうな気配がないか見て回るだけだ」


「そうか。まあこの辺りは人が多いから、魔獣よりもキツネやイタチの方が困る相手だけどな。だけど、あいつらも春になって餌に困らなくなったらとんと顔を見せなくなってるよ」


「あいつらも結構賢いから、ここに狩人が控えてることは覚えてるさ」

「違いない。水鳥なら美味いから、どんだけ飛んできてくれても歓迎なんだけどな!」


「全くだ。ああ、紹介しておくよバイロン、俺の友人で旅の破邪のライノと、その妹で魔法使いのパルミュナだ」

「こんにちはー」

「ライノ・クライスとパルミュナです。エドヴァルから来ました」

「俺はここの管理者をやってるバイロンだ。よろしくな。じゃあ二人でエドヴァルから?」

「ええ」

「そうか。そりゃ遠路はるばるようこそ、だ」


「今回、ライノとパルミュナに手伝って貰うことになってね。一緒に見て回らせて貰うよ」

「おう、了解だレビリス。えっとパルミュナ?ちゃんは、その間、どっかで休んでるかい? なんなら食堂の方で御馳走するけどよ?」


パルミュナは、ちょっと恥ずかしそうに俯いて首を振った。

なにその演技。


「はっはっ、バイロン、見かけに騙されちゃダメだぜ? パルミュナちゃんはそこらの兵士なら、二〜三十人くらい小指で吹っ飛ばせるほどの魔法使いさ」


「おお、それは凄いな! ってことは兄さんの方も強いんだろうな?」

「ああ、一人でウォーベアを倒せる」

「は?」

「一人でウォーベアを瞬殺できる、って言うか、瞬殺した」

「おいそれ本当か?」

「ああ本当だとも、ライノがウォーベアを討伐して俺の従兄弟たちを救ってくれたんでね。証人もいるぜ?」


「凄いな...いや、ウォーベアって以前、伯爵家の森に出たって魔獣だよな? 兵士が二十人がかりでやっと仕留められたような、すげえデカくて獰猛なバケモノなんだろ? それを一人で瞬殺かよ...」


「まあ、あれはタイミングが良かったんで、上手くいきました」

頼むレビリス、緊張するからあんまりおだてないでくれ。

自分の力じゃなくて勇者とガオケルムの力だから誇れないんだよなあ。

人に言えないから余計に辛い。


「なんにしても凄そうなお兄さんだ。怒らせないようにしておくとするよ!」


そう言ってバイロンという男は豪快に笑った。


++++++++++


バイロンと名乗った男性が、案内役を買って出てくれた。

彼は、ここの管理者の一人で、いまは昼の作業を監督しているそうだ。


魚だって夜は寝てるだろうに、夜中の作業なんてあるのかと思ったら、さっき話してた『魚を盗みに来る小さな獣たち』の対応なんかが色々とあるらしい。

確かにキツネやイタチはみんな夜行性だよな。

当然、常駐している狩人も夜勤の方が中心で、昼は舞い降りてくる水鳥を射るだけだからのどかなものだそうだ。

水鳥なら獲物としても美味いしな。


一応、魔獣が出そうな気配はないかとか、妙な魔力の澱みを感じないかとか、そういうことを調べて回るというのが建前なので、バイロン氏に連れられるまま養魚場の周囲をぐるりと歩いて回る。


レビリスによると、早春に前回来た時よりも、さらに池の数が増えて広がっているらしい。


「そうだなあ、俺の聞いてる話だとよ、最終的にはこっち側の丘は全部棚池にしちまうつもりらしい。パイクを育ててる一番下の池も、下の川ギリギリまで掘り広げて数を増やすそうだ」


「へー。それは順調そうだなあ」


「まあな。俺みたいなキャプラ川の漁師は、自分たちの仕事がなくなるんじゃないかって心配してる奴もいるけどな。俺に言わせりゃ、そんなのは寝言よ」


「じゃあバイロンさんは、川漁師だったんですか?」

「ああ。それで魚に詳しいってことで雇って貰った」

「どうして川漁師やめちゃったんですかー?」


パルミュナって、聞きにくいことをサクッと聞くよな。

可愛いから許されるけど。


「何しろフォーフェンの街は凄い勢いで人が増えてるだろ? 追い付かねえんだよ、魚を獲っても獲ってもよ。そりゃあ、儲かるんだから有り難い話だって言う奴もいるよ? でもよお、魚だって水から湧いて出てくる訳じゃねえんだ。いまみたいな勢いで獲ってれば、そう遠くないうちに底をついちまうさ」


「でも、川漁師とか免許制じゃないんですか?」


「そりゃ免許制だよ。でないと、そこら中から人が押し掛けて根こそぎ攫って行っちまうからな。特に商人に雇われてる連中なんか悪質なもんさ。ほんとうに加減ってもんを知らねえ」


魚を安く手に入れたい商人が、組合や仲買を介さずに直接漁師を雇って魚を獲らせるって言うのは、エドヴァルでも時々聞いた話だな。

もちろん、大抵の領主はそんなことは禁止しているが、金に目がくらんで抜け駆けする奴は後を絶たない。

畑で作物を育ててる農民と違って、漁師や猟師は、自然に育ってその場所にいる獲物を相手にしてるせいか、『自分が獲らなくても誰かが獲る』って発想で我先にと突っ走りやすくなるものらしい。


ミレーナ王国では、なんどもそういう行いを繰り返した悪質な商人と、雇われてた漁師たちが死刑になったことがあるとさえ聞いた。

それでも止まらない連中がいるんだから、まったく人の欲ってのは恐ろしいもんだよ。


「...ただなあ、魚だって生き物だ。卵を産んで、それが孵って親になって、また卵を産んでって繰り返すには、それなりの時間が掛かる。魚によっちゃあ、親になるのに一年じゃ無理で、二年、三年かかる種類だっている。それこそ、ココで育ててるパーチやパイクなんかもそうさ。そういう魚をよ、生まれて一年も経たない間に根こそぎ獲っちまったらどうなると思う?」


「ああ、なるほど...次は生まれない。後は坂道を転がり落ちるように毎年減っていくでしょうね」


「そういうこった! ところがよ、売れるとなりゃあ獲りたくなるもんだろお? ちゃーんと免許も貰って正々堂々とやれるんだからよ。そうなると、欲に目のくらんだ漁師たちはどうすると思う?」


「朝から晩まで、川に出ずっぱり?」


「違うね。網の目を小さくするのよ。これまでは獲らなかったちっこい魚も網にかけて引き揚げるようになる。つまり、まだ親になってない魚だよ。次の卵を産むどころか、子供の手に乗っちまうような小さな魚も獲るようになるんだ。そういう小魚だって酢漬けなんかにすれば十分に美味しいからな」


ああ、これはダメだ。

自分たちの未来を自分たちで潰してるようなもんだろう。


「さすがに伯爵家も俺たちの陳情を聞き入れてくれてな。網の目の大きさや、網を入れていい時期と時間、場所、そういうものを話し合って細かく決めて公布してくださったんだけどよお、そうすると今度は商人どもはどうしたと思う?」


「いや、どうしたんですか?」


「キャプラ川の上流のシーベル子爵領まで、塩を詰めた樽を荷馬車に積んで魚を買い付けに行くようになった。シーベルじゃあ、急に魚が売れまくるようになったんで大喜びだぜ!」


そこで一旦言葉を句切ったバイロン氏は、大きなため息をついた。


「だけどなあ...街の人は知らないんだけどよ、でかい魚ってのは上流の冷たい水で卵を産んでな、孵った仔は育つに従って下流に降りてくるって奴も多いのよ。それを、さっきの話と合わせて考えてみりゃあ、どうなるかすぐに分かるだろ?」


ひょっとすると、俺のいたエドヴァルの平野部でマスが市場に出てこなくなっていたのも、そういう理由だったんだろうか?


これは、相当にやっかいな話だな・・・


スズメバチとは関係ないけどさ。


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