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390000PV感謝! 遍歴の雇われ勇者は日々旅にして旅を住処とす  作者: 大森天呑
第八部:遺跡と遺産
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<閑話:ヤニスとアスワン-1>


その時の俺は『抜け殻』だった。


最愛の家族である妹のクレアを失い、ただただ、その仇討ちのためだけに日々を生きていた。


クレアの訃報を伝えられた後、父上にも母上にも告げずに一人で城を出た。

俺が戻らなければ父上は親族から誰かを養子にでも取って、そいつを王位継承者に据えるだろう。

それでいい・・・ライムール王国の行く末や王位のことなど、もはや俺にとってはどうでも良かった。


『悪竜』と呼ばれるようになったドラゴンを追うことだけを考え、その噂を耳にする度に急いで駆け付けていたが、いつも(すんで)の所で取り逃がしてしまい、いまだに出会えていない。

もちろん『取り逃がす』と言っても、ドラゴンが俺から逃げているという訳では無い。

向こうは圧倒的な強者なのだから。

まるで飽きっぽい子供のようにあちらこちらを動き回り、多くの場所で被害を出していた。


普通のドラゴンなら、自分から積極的に人里に関わってくることなど滅多に無い。


そもそもドラゴンは魔力の塊のような存在であって、生きるために羊を襲って喰らう必要など無いはずだ。

ましてや人を殺したり、街を燃やし尽くしたりする必要などある訳も無かろう。


しかし悪竜は、ただ自らの享楽として暴虐の限りを尽くしていた。

すべては気分次第。

だからこそ、いつの頃からか『悪竜』と呼ばれるようになったわけであったが・・・


俺は、五日前に山向こうの村が悪竜に襲われたという話を聞いて、急いで山を越えようと馬を走らせていた。

悪竜の行動は全く予測出来ないので先回りが不可能だ。

あまりにも自由気儘で何の脈絡もなく、気の向くままに場所を変えては略奪と破壊を繰り返していることから、いつも俺の行動は後手に回っている。


先日、悪竜が襲ったという場所は盆地のような平野で、二つの高い山脈に挟まれていた。

もちろんドラゴン族にとっては気軽に跳び越えられる高さだろうが、そこの中腹に腰を据えれば平野全体を見下ろせるし、どこへでもひとっ飛びだ。

それに牧畜の盛んな平野部には集落も牧場も沢山ある。

悪竜にとって見れば蹂躙して面白がる場所が豊富だということで、しばらく山脈のどこかに居着くのでは無いか?


そんな予感がしていたのだ。


盆地へと入る経路は幾つかあるが、一般的にもっとも栄えているのは盆地の中心を流れる河を辿って沿岸の平野部へと降りていく街道だ。

だが直前にいた街からは、いったん平野部に降りて川沿いに遡ることになるので遠回りだ。

そこで俺は、馬と一緒では少々難所を通ることになるけれど最短距離で行ける『峠越えの道』を選んだのだった。


++++++++++


そろそろ最高地点に差し掛かろうかという時、はるか先の道の端に一人の男が座り込んでいるのが目に入った。

盗賊か?

斥候役が旅人のフリをして道を通る者を検分し、勝てそうな相手だったら隠れている仲間に合図を送って襲いかかる・・・と言うのは街道筋で良く有る話だが、こんな人通りの少ない僻地で盗賊稼業というのも大変そうだ。


盗賊と言えど飯を食って日々を暮らしていく必要がある訳で、人気の少ない山奥で暮らそうとすれば、いきおい自給自足の生活に近くなる。

時折、旅人でも襲って食料を奪ったり、もし金品を得られたら麓に買い出しに行くとしても、そうそう『盗賊専業』で大人数の集団が暮らしていくことは難しいのだ。


だから盗賊だったとしても素性の悪い元兵士や狩人崩れなら、せいぜい数人程度と言うところ・・・逆に大人数なら、食い詰めた近くの村の農民辺りというのが相場なので、いずれにしても武芸の達者な連中では無い。


まあ、どちらでも良いさ。

こちらの邪魔をするなら斬り捨てるまで・・・

一刻も早く悪竜と相まみえることしか頭に無かった俺は、それほど殺伐とした心持ちで馬を進めていた。


峠に近づくと、路傍に座っていた壮年の男はスッと立ち上がり、挨拶をするようにこちらに向けて手を上げる。


明らかに盗賊では無いし、近隣の農民でも無い。

なにしろ服が立派だ。

王宮勤めの博士(はかせ)とか学者といった風体で、こんな山奥の峠に佇んでいるのはおよそ似つかわしくない。

逆に怪しいと言えば怪しいことこの上ないが、わざわざ不可解に思われる姿で待ち構えている盗賊というのも考えにくいな。


いや、遠目にも顔を見れば、そういう類いの輩で無いことは分かる。

深い叡智と尊敬すべき人格を感じさせるその表情は、人の道を踏み外した者には決して現れぬものだ。


とすると、なにかよほどの事情があるのだろうか・・・?

こちらから声を掛けてみた方が良いだろう。


「どうされましたか? お姿からして、この辺りで暮らしている御方では無さそうに思われますが、旅の途中で騎馬を失われる出来事でもございましたか?」


例えば、ほんのちょっとのつもりで馬を降りた隙に魔獣や盗賊に襲われ、そっちはなんとか撃退したものの、乗っていた馬はパニックを起こして逃げてしまった・・・等というのも有り得ない話では無いからな。


「いや、元より馬に乗ってはおらぬので心配は無用だ。お主に会うためにここで待っておっただけのこと」

(われ)に御用と?」


その含みのある言葉に、少しばかり警戒する・・・


「さよう。儂が用があるのはお主じゃ、ヤニス・マフレナ・カシュバールよ」

「な!」


俺の名前を知っているのか!

勝手に黙って城を出たことで、父上から追っ手と言うか捜索を出されることは予期していた。

正直、その手合いに発見される面倒を避けるというのも、川沿いの街道を回らずに険しい山道を選んだ理由の一つでもあったのだ。


裏をかかれたか?・・・いや違うな。


城の騎兵ならいざ知らず、こんな賢者のような風体の人物をポツンと一人で送り出すというのは考えられない。

俺を連れ戻すつもりだったら、もうちょっと別の方法を考えるだろう。


「我の名、つまりはその名の意味もご存じなのですね。失礼ながら貴殿のご尊名を伺っても?」

「ほう、用件より先に儂の名を聞くか」


「人付き合いの始まりとはそう言うものかと。それに、貴殿はどう見ても我よりも年長で思慮深い人物に見えますからね」

「儂がお主よりも思慮深いかどうかは別としておいて、言う通り、遙かに年長ではあるがな」

「ご謙遜を」

「お主の魂は何度生まれ変わろうと芯を保っておるな、ヤニス・マフレナ・カシュバールよ。安心したわい」

「ほう?」

「儂の名はアスワンと言う。人族に知己はおらぬ故、聞き覚えは無かろうて」


「ええ、覚えはありませんな。我の知る名前でアスワンと呼ばれているのは、かつて、その叡智でライムールの恐ろしい飢饉を救ってくれたという大精霊ぐらいかと。もっとも、それにあやかって子供にアスワンと名付けた親も昔は大勢いたそうなので、探せば知己の中にもいるかも知れませんが、恐らく貴方との関連はないでしょうね」


「うむ、音の響き意外に関連は無いな。そういう意味では儂は誰とも関連が無い。お主の知人やこの国の民というだけで無く、あらゆる人族と関連が無い」

「つまり?」

「儂が『人では無い』からだ」

「左様ですか...で、こんな場所で我のことを待っていた、その理由とは?」

「やはり動じぬな」

「貴殿が何者であろうと我にどんな用件をお持ちであろうと、この後、我の向かう先や行うことに変わりはありません。ただし、我の邪魔をするためにここにいるというのなら話は別となりますが?」


自らを『人では無い』という、賢者のごときこの男性を脅すつもりは毛頭無いけれど、それは事実だから述べただけだ。

だけどアスワンと名乗った男性は、俺の言葉を聞いてニヤリと笑った。


「なんとしても悪竜を倒す気か、ヤニス・マフレナ・カシュバールよ?」

「我が道行きの目的をご存じでしたか...」


まあ、俺のフルネームまで知っているのだ。

父上から使わされているにせよ何にせよ、その程度のことは周知なのだろう。


「しかり。ゆえに儂はここに来た」

「ほう?」

「ところでヤニスよ。お主は、どうやってあの悪竜を斃すつもりでおるのだ?」


「・・・・・・」


痛いところを突かれたけど、まあ当然の質問だな。


正直、勝てるとは思っていなかった。

だが、クレアを殺した悪竜に一矢も報いぬまま、これからの人生を過ごすなんて考えられない。

悪竜と戦う。

ただそれだけでいい。

それ以外のことは、どうでもいい。

悪竜との戦いの先が無いとしても・・・もしあったとしても・・・それも、どうでもいい。


クレアがカシュバール家に伝わる『魔剣ボルグ』を勝手に持ち出して無謀にもドラゴン討伐に向かったのは、その直前にあった出来事に関して、俺がクレアに冷たい態度で接したせいなのではないか?


・・・クレアがこの世界から消えてしまった今となっては、もう、その思いは決して拭うことが出来ない。


俺はからっぽだ。


大切なのは、悪竜にブレスで焼き尽くされる前に一太刀(ひとたち)でも入れること。

俺の頭にあるのは、ただ、それだけだった。


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