シンシアとワイバーン
エスメトリスは素知らぬていで王宮に背を向けて浮かび、いかにも『飛び去っていくワイバーンたちの群を見送っている』というポーズを取っていた。
これなら、しばらくの間ここに浮かんでいても、王宮から見ている人達が不審に思わないだろう。
ホント、姉弟揃って気が利くドラゴンだよ。
俺たちもそっちの様子を見に行こうと近づくと、シンシアからの指通信が来た。
< 御兄様、エスメトリスさんがここに残すワイバーンさんを決めたので、今から不可視結界のメダルを着けて貰います >
< 了解だシンシア >
< 御兄様も会いに来ますか? >
< ああ、いま行くよ >
城壁の外側へ向かうと、地面に降りたシンシアが翼を畳んでいるワイバーンに近寄っているところだった。
サイズ的には中型ってところか・・・もし背中に人が乗るとしたら馬乗りで三人、詰めても四人くらいがせいぜいだな。
ワイバーンの翼はドラゴンのように背中から生えているのでは無く、鳥や蝙蝠のように前足というか腕その物が翼になっている。
ただ、翼の途中に鉤爪の指も有って、腕としての形と役割もちゃんと残ってるし、着地している時の姿勢は鳥と違って四つん這いで、有り体に言えばトカゲ系だ。
それにしてもシンシアは、目の前にいるワイバーンが完全にエスメトリスの配下にあることを理解しているとは言え、躊躇せず平然と近寄れるっていうのは、やはり相当な胆力の持ち主だと実感するよ。
だってそのワイバーンって、元々はこちらを皆殺しにする命令を受けてここまで来てたんだからね?
まぁ二人でアプレイスに対峙した時のことを思えば、どうってことないのかも知れないけど・・・
「シンシア、メダルの装着には問題ないかい?」
エスメトリスの選んだワイバーンは、黙って後ろ足の爪に魔銀で加工した金具を装着しているシンシアのされるがままになっている。
「はい。最初はストラップで首に掛けさせて貰おうかと考えたのですけど、メダルが目立つので疑念を抱かれるかもしれないと思い直して、後ろ足の爪につけさせて貰うことにしました」
「なるほど。それならほとんど見えないな」
「ええ、このワイバーンさん自身も、首に掛けるよりも足の方が良いみたいでしたので...人工物を身に着けている方が野生と間違われにくくて良いと思うのですけど、あのメダルは、あまりエルスカイン側の目に触れさせたく有りませんからね」
確かにな。
それにしてもワイバーンに『さん付け』とか、シンシアの奥ゆかしさも大概だ。
「じゃあひょっとすると、そのワイバーンって、シンシアの言葉を理解してるってことか?」
「そう思います。足にメダルを付けてもいいか聞いたら、ちゃんと承諾してくれましたから」
「え、マジで? ソレって凄いな...大人しいし」
確かにエスメトリスからそういう風には聞いていたけど、この賢さは一般的な魔獣の範疇を超えている。
人に育てられた魔馬とか魔犬に匹敵しそうだ。
アプレイスも『ドラゴンとワイバーンは魔力の使い方が似てる』と言ってたけど、やはりドラゴンの傍流という存在ならではってコトだろう。
「いまはエスメトリスさんに従っていますからね。それに、このワイバーンさん自身も性格の丸い方だと思えますよ?」
「良くそんなことが分かるなシンシア」
「シンシアちゃん凄ーい」
「えっと、なんて言うか...感覚です!?」
シンシアがいきなりワイバーンと通じ合ってるっぽいのが意外だ。
「こっちの意図をちゃんと理解してくれるようなら、例の『配達』を頼んでも問題無さそうだ」
「そうですね...御兄様、今のうちに私、ちょっとこの子の背に乗って飛んでみようと思います」
「いや大丈夫か?!」
「きっと大丈夫ですよ」
「でもなあ...」
「シンシア殿、俺がドラゴン姿でライノを乗せて後ろを飛ぼう。それなら何かあってもすぐに対応できるからな」
「気を付けてねシンシアちゃーん!」
シンシア自身は飛翔が出来ないけど、仮に振り落とされるようなことがあっても、跳躍を重ねて地面に降りることは出来るだろうし、イザって時でも防護結界はあるから危険は無いとは思うけど・・・
「じゃあ御願いしますアプレイスさん」
「アプレイス、先に上がっててくれ。俺はシンシアが飛び上がってから後を追う」
「分かった」
それとなく後ろを向いてエスメトリスの様子を窺うと、チラリと俺に向けてウィンクを寄越した。
ドラゴンの顔でウィンクって・・・器用だなエスメトリス。
まあ、乗っても大丈夫だってお墨付きだと受け取ろう。
「...えっと、これから私を乗せて貰えますか?」
シンシアがワイバーンに語りかけると、スッと首と翼を地面に降ろしてシンシアに目をやる。
これは明らかに『背中に乗ってくれ』と言ってるジェスチャーだよな?
「じゃあ失礼しますね」
シンシアがワイバーンに取り付けたメダルの不可視結界を作動させ、自分も躊躇いを見せずにワイバーンの翼によじ登る。
「いいですよ! 飛んで下さい!」
シンシアの号令を聞き、ワイバーンも当然のように翼をはためかせて空に舞い上がった。
完全にシンシアの言葉を理解しているみたいだけど・・・なんで、そんなに息が合ってるの?
さっき出会ったばかりでしょ、君たち。
++++++++++
王宮から離れて丘陵地帯の奥に入ったところで、シンシアは不可視結界を解いた。
アプレイスの斜め前を、シンシアを背に乗せたワイバーンが颯爽と飛んで行く。
この位置からならワイバーンの挙動もよく見えるし、シンシアからも少し振り返れば俺たちの姿が目に入るので安心だろう。
シンシアはグングンと高くワイバーンを昇らせていくが、これは高度を稼いでおいた方が、もしもの時にも対処しやすいからだ。
仮にワイバーンが失速して振り落とされるようなことがあっても、地上までの距離が十分にあれば、アプレイスが難なく落下の途中でキャッチできるだろうし、俺も飛びだして追いつけるからね。
< 御兄様、凄いです! ちゃんと私の言う通りに飛んでくれてますよ! >
< そうみたいだな! 賢い子で良かったよ >
< はい! >
< 乗り心地はどうだ? >
以前にアプレイスが『ワイバーンの羽は前足そのものだから、魔力を高めるために羽ばたかせると、どうしても身体が揺れてしまう』と言っていたけど、確かに斜め後ろから見てると、わずかに肩が上下している様子が分かる。
とは言え、翼を動かすのは勢いを付けたり向きを変える時ぐらいだから、一定の速度で真っ直ぐ飛んでいる分にはそれほど気にならなさそうだけど。
< アプレイスさんと較べると揺れますけど、大丈夫です。それよりもクッション...と言うか鞍みたいなモノが欲しいですね。しっかりと座っている方が良さそうですから >
< なるほどな >
< もちろん、この子が鞍を着けるのを厭がらなければ、ですけど >
鞍ねぇ・・・そうなるとまるっきり乗馬っぽいな。
いやワイバーンだって竜系の一種というか亜種というか、ドラゴンの眷属だと考えれば『騎竜』か。
「シンシアちゃんったら、もーすっかりワイバーンと馴染んでるねー」
「ちょっと心配したんだけど杞憂だったな」
「姉上が目に掛けたヤツだからな。それこそ『閲兵』の時に一目で性格を見抜いたんじゃねえかな?」
「それも凄いなエスメトリス...」
「前に話しただろ? 昔から姉上はワイバーン共を使ってアチコチで何が起きてるか調べさせてるって。だから言っちまえば姉上はワイバーンに関して『目が肥えてる』んだよ」
「なるほどな。でも、それが無かったら今回だって駆け付けて来て貰えなかったんだよなぁ...ホントに助かったよ」
「エスメトリスってさー、ドラゴンなのにやさしー!」
「俺だって優しいだろパルレア殿!」
「まーねー」
「気のない返事だぜ」
「えー、アタシはアプレースのこと大好きだよー? 知ってるでしょー?」
「お、おぅ...」
自分で突っ込んでおきながら照れたなアプレイス。
いまパルレアは俺の肩から降りて、アプレイスの頭のてっぺんにペタンとしゃがみ込んでいる。
後ろから見ていると、ピクシー姿のパルレアとドラゴン姿のアプレイスの組み合わせは、古いお伽話に出てくる『森の妖精とドラゴン』という逸話を再現しているかのようだ。
エスメトリスとアプレイスの助力が無かったらパルレアも・・・少なくとも『クレア』が・・・この世界から消えていることは事実だし、それはパルミュナもクレアも恩義に感じている。
ほんの少し前までは、ドラゴン族なんて破壊と恐怖の象徴だと思い込んでたし、あろうことかドラゴンの親友が出来るなんて、有り得ないことだったのになぁ。
そう考えると、あのワイバーンとシンシアが出会った瞬間から心を通じ合わせているように見えるのも、それほど不思議な出来事じゃ無いのかも知れない。
ともかく、これで道具立ての準備は整った。
後はオブラン卿の手配した『情報漏洩』の段取りと、ブリュエット嬢への『面通しの召喚』が上手いこと運ぶかどうかだな。




