ワイバーン軍団の退去
「そりゃ俺も行くさエスメトリス。ただ、俺はアプレイスと一緒に姿を消したまま近くで見てようと思う。そのワイバーンの姿は覚えておきたいけど、王宮の連中からは見られたくないからね」
「それはもっともであるな。ではシンシアよ、我と一緒に参ろうか」
そう言いつつシンシアに向けて手を差し伸べたエスメトリスの様子が、まるでそのままシンシアの手を取って歩き出したそうに見えた。
いや、俺とアプレイスの視線を感じなかったら、きっと、そのままシンシアの手を引いていこうとしたに違いない・・・
いいんだけど、あんまり子供扱いすると逆にシンシアに厭がられるぞ?
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すぐにオブラン宰相が露払いをしてくれたので、教えられた通りの道順で誰にも会わずに王宮の屋上庭園に出ることが出来た。
「なるほど、綺麗な庭であるな」
「この時期でも沢山花が咲いてるのは、さすがに南岸諸国ならではですね!」
「お褒めいただき光栄でございますエスメトリスさま、シンシアさま」
実際に美しい庭園だ。
これが地面じゃ無くて王宮の屋根の上にあることを考えると、そこそこの大きさの樹木まで植えられていることに感心する。
「じゃあ俺とアプレイスは姿を消してエスメトリスの後ろを付いてくよ」
「あい分かった!」
「私は少し離れていましょうか?」
「いやシンシアよ、すまぬが少し我慢しておくれ?」
「えっ?」
エスメトリスはそう言って屈み込むと、シンシアの腰に手を回してヒョイと抱え上げた。
そのままシンシアを横抱きにして空に浮き上がり、そこで変身する。
お定まりの魔力の暴風・・・ただしアプレイスより倍くらい激しいヤツ・・・が吹きすさんだ後には、庭園の上空に荘厳な白銀のドラゴンが浮かんでいる。
そしてシンシアは、綺麗にエスメトリスの掌の上に収まっていた。
エスメトリスがドラゴン姿に戻ったらシンシアを抱え上げて背中に運んでやろうと待ち構えていたのに無駄だったよ。
しかし、これはアレだな・・・
まるで、見つけた『宝物』を大切に住処の洞窟に持ち帰ろうとしてるドラゴンみたいだ・・・持ち帰らせないけど!
「お兄ちゃん、アタシも自分で飛んだほーがいい?」
「いや、どう動くかまだ分からないから、俺の肩に掴まっててくれ。それか革袋の中に」
「りょーかーい」
巨体を感じさせない優雅な動きで翼をゆっくりと動かしてエスメトリスが王宮の上空へと舞い上がっていく。
俺も不可視結界で姿を隠し、飛翔魔法を発動してその後を追った。
アプレイスも本格的に飛ぶほどの距離や高さではないので、ドラゴンに戻らず人の姿のままで横に浮かんでいる。
「アプレイス、どのワイバーンを使うかは決まってるのか?」
「さあ? 姉上にはアテがあるみたいだったぜ」
「でも東の果てに住んでたワイバーン達なんだろ? これまでに面識なんか無さそうだけどな...」
「姉上は昔から配下のワイバーン達を使ってアチコチの様子を調べさせてたから、その絡みで知ってる群でもいるのかもよ?」
「なるほどな」
エスメトリスは丸い城壁の周囲を辿るように、ゆっくりと飛んでいく。
まるで眼下に縮こまったままのワイバーン達を『閲兵』しているかのようだけど、実際には王宮から見上げている大勢の人達に自分の姿を晒して、これからやることを見せるのが目的だ。
後ろから見ていると、エスメトリスが近づいてくることに気が付いたワイバーン達が地面に横たわったままで、それなりにシャンと背筋を伸ばすというか、緊張感のある様子を見せるのが分かる。
言うまでも無く人族にとってのドラゴンは畏怖の対象以外の何物でも無いけど、ワイバーンにとってさえ、エスメトリスの姿は同様の念をもたらすもののようだ。
「さすがエスメトリスだね。普通の人族なら恐怖する対象のワイバーン達が『女王様の閲兵を受けてる兵卒』みたいに見えるよ」
「そうだな...あの連中はエルスカインに掛けられてた支配の魔法を、姉上に吹き飛ばされてるだろ?」
「ああ」
「恐らく支配の魔法を受けている最中でも、自分の意識や記憶が消失ているワケじゃあ無い。命令には逆らえないけど、その最中に自分がやったことは記憶に残ってるハズだ」
「それって嫌な感じだろうなぁ...」
「だろうな。で、だからこそ姉上に恩も感じてると思うぜ。どうしようもなく不愉快な状態から解放して貰ったワケだからな」
そうか・・・ワイバーンにどれほどの知能があるのかは知らないけど、彼等もエスメトリスに対しては種族的な恐怖とか畏怖とかだけじゃ無くて、自分たちを救ってくれた存在だって認識がある訳か・・・
「なるほどなぁ。だったら単純に王様とか支配者って言うんじゃ無くて、『英雄』みたいな感じなのかもしれないな?」
「大袈裟だろ」
「いやいや、俺とシンシアは自分たちを勇者の兄妹って思ってるけど、アプレイスとエスメトリスも姉弟ともに竜の勇者だってマジで思ってるよ」
「どうだか? 俺も姉上も、そんなイイもんじゃねえよ」
アプレイスは素っ気ない返事を寄越すが、厭がっている口調で無いことは分かる。
久しぶりにエスメトリスと再会して分かったんだけど、アプレイスも決して姉のコトを嫌っている訳では無く、むしろ尊敬しているのだ。
ただ『回復魔法を掛けられる』のだけは、なんとしても避けたいって言うだけでね・・・
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エスメトリスは城壁の周囲を一周と半分ほど優雅に飛んで、王宮の耳目を十分に集めてからワイバーン達へ故郷へ帰れと命を下した。
もちろん王宮から見ている人達にも言ってることが分かるように、人族の言葉だ。
((( お前たち一族に課せられた偽りの責務はもはや消えた。故に、早々に群の皆を引き連れて元の住処、東の果てに戻るが良い! 此処に舞い戻ることは決して許さぬ! )))
それを聞いた地上のワイバーンたちが首を上げてざわついた。
で・・・驚いたのは、特に大型のワイバーンが数頭、エスメトリスに対して抗議するかのような鳴き声を上げたことだ。
こっちは人語ではなくて吠え声っぽい感じだけど。
「あれって厭がってるのか? もしかして東の果てに帰りたくないとか?」
「ああ。デカい何頭かが姉上の側にいさせてくれって言ってんだよ。強いボスを見つけたからついて行きたいってところだろ」
「あ、そういう話か!」
「ドラゴンと違ってワイバーンは群で動く連中が多いからな。姉上は日頃からワイバーン達の面倒を見たりしてたから、そういう空気も感じ取ってんじゃねえかな?」
なるほどなあ・・・ちょっと失礼だけどダンガ達と出会った時のことを思い出してしまった。
彼等も『強いリーダー』への憧れがあって、そういうリーダーに率いられてる群に属していたいって願望が心の底にあるって言ってたからね。
「と言っても、ここにワイバーンを残しておくと騒ぎの元だよなあ...」
「だな。配達に使うヤツ以外は帰らせた方がいい」
すると今度はエスメトリスも人語では無くドラゴンっぽい吠え声を出した。
だけど、怒っているとか叱っているという感じじゃあ無くて、宥めているような感じに思える。
「あれ、なんて言ってんだ?」
「アレはなあ...妥協案だな」
「妥協?」
「どうしても自分のそばに残りたいヤツは、まず北東の大山脈にある火山へ向かえって。そこで自分の帰りを待てと...やっぱ姉上は優しいって言うか面倒見がいいぜ」
「全くだな!」
「おっ、みんなそれで納得したみたいだぞ」
見ていると、地上に伏していたワイバーンたちが次々と起き上がり、羽根を伸ばして動き始めた。
人だったら、じーっと座っていて身体が固まったから背伸びしてるって感じか?
「じゃあ、これからワイバーンが渡り鳥みたいに大移動だな。来る時も同じだったと思うけど、きっと途中の土地でワイバーンの大群を見た人達は腰を抜かしただろうなぁ」
「来た時より目立つんじゃねえかな? 今度はみんな一斉に同じ方向に飛ぶから」
「あ、それもそうか!」
「お兄ちゃんそれってさー、ワイバーンが渡り鳥みたいにキレイな三角形に並んで飛んだりするのかなー?」
「パルレア、それってちょっと面白いよな?」
「ったく、ワイバーンの『渡り』なんて見たことあるヤツ、過去に絶対いねえぞ...」
「騒ぎになるかな? でも、どうしようもないよな?」
「途中の地上は騒ぎになるだろうけど、それだけの話だ。北東の火山ってのはほとんど人の住まない僻地だし、まあ大丈夫だろうさ」
やがて数頭が空に飛び上がると、それに先導されるようにして他のワイバーンたちも舞い上がり始める。
「配達用に残すワイバーンはどうなってるかな?」
「たぶん、姉上の真下にいるヤツだろうな」
エスメトリスは王宮へ向けてデモンストレーションするような位置を狙って城壁を一周半して王宮から一番遠いところに浮かび、そこから眼下のワイバーンたちに向けて声を上げていたので、いま彼女の真下に伏しているワイバーンは城壁の影になって王宮から見えないだろう。
そこに一頭だけ残してあるという訳か。




