道具立ての準備
「しかも、本来なら『誰かの魂』は唯一無二です。だから、魂を持たないタダの繰り人形である『ニセモノのホムンクルス』と違って、魂を持つ『ホンモノのホムンクルス』は一人しかいないと、俺たちもずっと思い込んでいました」
「仰り様からすると、そうでは無いと?」
「そうらしいんですよ。フェリクスの身体を素材にしたあのホムンクルスに移されているマディアルグ王の魂は恐らく『複製』です。俺たちも知らない、魂を操る禁忌の魔法...ホムンクルスを造るためには必須の魔法ですけど、その応用で『魂その物』を幾つも複製できるのでは無いかと」
「ではかつて処刑されたマディアルグ王は?」
「処刑されたマディアルグ王は、事前にすり替えられていたニセモノのホムンクルスでしょうね」
「なんと...」
「さっきも言ったように証拠はありません。俺たち自身も、ついさっき思い至った推理なんです。だけどフェリクスの言動やエルスカインの動きとか、色々な状況を考えると、それが一番しっくりくるんです。ま、どちらかと言うとハズれて欲しい推測ですけどね」
「そうでしたか...」
オブラン宰相が黙り込んだ。
彼やパトリック王の視点からすれば、これは由々しき問題だろう。
十年前に死んでいたはずのフェリクスが生き延びていて王宮を襲撃してきたというだけでも、公になったら世間がひっくり返るような大騒ぎなのに、そのフェリクスを捕らえてみれば、トカゲの尻尾に過ぎなかったという訳だからね。
「ねーねー、宰相さんも驚いたでしょーっ!?」
「それはいいからパルレア...なので...いま地下牢にいるフェリクスは、大罪を犯したフェリクス自身であると同時に、恐らくはエルスカインの手で複数創られている『フェリクス達の一人』に過ぎないかもしれない」
「予備は幾らでもいると」
「ええ。この推理が当たっていたら、あのフェリクスを処刑したところでヒュドラの首を一つだけ落とすのに等しい。本体を叩かなければマディアルグ王とエルスカインの悪行は永遠に続くんです」
「...承知しました勇者さま。この計画は万難を排して進めましょう。私は陛下にフェリクスのホムンクルスの件を伝えて参ります」
「まだ推測に過ぎないってことは念を押しておいて下さい。それと、もしフェリクスの身体がマディアルグ王の魂に乗っ取られていた場合...それがジェルメーヌ王女が異変に気付いた時かも知れませんが、本当に本物のフェリクス王子は、その時点で死んでいるはずです」
「そうでございましょうな...ただし彼の場合は幼少期からあまり人望のある人柄ではございませんでしたので、マディアルグ王とすり替わったから悪行に走ったとは言い難く思えますが」
「それはもちろんそうでしょう」
「やはり?」
「ホムンクルスは赤ん坊として母親から生まれるものじゃ有りません。フェリクスだって最初は普通の人の子供だったはずですよ」
「ええ、確かに彼は王宮で産まれております。出産には王宮医官の治癒士も立ち会っておりますので間違いございません」
「つまり...最初にエルスカインの甘言に乗ってホムンクルスにされることを受け入れたのは、人だった頃の本物のフェリクス王子自身ですからね。俺から見ればマディアルグ王もフェリクスも、どっちもどっちだと...」
「そー! そー!」
「ですな! ならば類は友を呼んだとも言えるかも知れません。ただ、それまでマディアルグ王が四百年もの間、どこでどうしていたのかは気になるところでございますが」
「それは多分エルスカインに、『魂だけの状態』で眠らされていたんだと思いますよ?」
物質的な実体の無い『魂』を凍結ガラスのケースに入れて保管するってのは無理っぽいけど、魂を取り出したり移し替えたりを自由に出来るエルスカインなら、そういう魔法も編み出していておかしくないよな?
「魂だけになっても眠っているのであって、死んではいないと...もはや私のような凡人にとっては想像の域を超えますな...常識の崩れ落ちる音が聞こえそうですぞ?」
オブラン宰相は、やれやれといった感じで首を振りつつ退出していった。
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その夜のうちにシンシアが超特急で転移門の罠を作り替えて、ジェルメーヌ王女の部屋に置かれていた罠と同じ人物が・・・つまり、エルダンで消失した錬金術師のホムンクルスだが・・・造ったモノのような見た目に仕上げた。
素人が見ても行き先が設定されてないコトは見抜けないので、フェリクスやブリュエット嬢がどれほど眺めても罠だとは気付かないはずだ。
使い方を書いた紙の方も同じ筆跡で、『畳んである紙は転移門の魔法陣だ。二つ折りのまま本に挟んで相手に渡せ。魔法陣を開けば転移門に吸い込まれるから、その場から密かに紙を持ち去り、外でもう一度開けば転移門から脱出できる』と記しておいた。
これでブリュエット嬢が『転移門』という言葉をすんなり受け入れれば、それがエルスカインとの関わりを示す証拠になる。
だって、普通の人間にとっては『ナニソレ?』ってシロモノだからね。
ブリュエット嬢自身がエルスカインの指示を受けていたのでは無く、息子のフェリクスから聞いていたとしても同じだ。
それに、もし本当にフェリクスの魂がマディアルグ王に乗っ取られていたとすれば、彼にとってのブリュエット嬢は敬愛する母親と言うよりも、手駒の一つくらいの位置づけだったろう。
だとすれば自分の力を示すためにも、ある程度の秘密を教えている可能性は高いと思える・・・
もちろん、フェリクスの存命を信じずに手紙と罠を無視したならシロって事だけどね。
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翌日の午前中、少しばかり寝不足のシンシアを気遣って遅めの時間にして貰った朝食の後、オブラン宰相が神妙な顔で訪ねてきた。
「勇者さま、昨夜からいくつかの経路で『フェリクスとそっくりな男を捕らえた』という噂を流してみたのですが、早速あちらこちらで動きが出ているようでございます。特に、件の警備隊長の部下が一人、ブリュエット宅へと深夜に馬を走らせたことが分かりました」
「だとすると、俺たちの狙い通りだって可能性が高そうですね」
「はい。それに、関わっている誰の立場をもってしても、ブリュエット嬢に急ぎ知らせる必然性は全くございません」
狙い通りの展開なのに神妙な顔と言うか浮かない顔をしているのは、このこと自体は決して喜ばしいことじゃないからだろうな。
それも王宮の安全保障的に・・・
「転移門の罠はシンシアが完成させています。これからエスメトリスにワイバーン達を帰還させて貰い、俺たちは今夜ブリュエット宅へ向かいましょう」
「かしこまりました。では『面通し』のためにブリュエット嬢を召喚するのは明日でよろしいですかな?」
「ですね。誰に対しても、じっくり考える間を与えない方がいいでしょう」
「ではそのように手配いたします、勇者さま」
「と言う訳でエスメトリスの方も頼めるかい? 出来るだけ大袈裟にワイバーン達を追い払うって言うか、元いた場所に帰らせる様子を見せてくれ」
「あい分かった」
「じゃあ頼んだよ...ってアレ? そう言えば最初にワイバーン達を叱りつけた時もエスメトリスって普通に人の言葉を使ってたよな? ひょっとしてワイバーンも人語を理解できるのか?」
「うむ。こちらの意志を解するというだけであれば、おおよそは大丈夫であるな。それに大型のモノの中にはごく少数ではあるが、拙いながらも言葉を喋れるものもおるぞ」
「そうなのか!?」
「ちょっとビックリー!」
「小型のモノにそこまでの知能は無いが、そういった連中は大きな個体の行動に従うので問題はなかろう」
「でもワイバーンは変身できないけどな!」
「それは仕方ないぞアプレイス。やつらは我らドラゴンと違って魔獣と言っても良い存在であるゆえな」
「なるほどねぇ...」
「ところでエスメトリスさま、ドラゴンのお姿に戻られるのであれば先日の場所に降りられますか?」
「そうしようオブラン卿。あの『獅子の咆哮』とやらの周辺はどうも雰囲気が好きでは無いが、仕方有るまいな」
「いえ、それでしたら、ここの屋上庭園に上がって、そこで変身されるのは如何でございましょうか? 十分な広さもございますし、すぐに私が人払いをしておきますので」
「屋上とな。その方が面倒が無くて良いであろうな。では宰相殿のお勧め通りで行くとする」
「いやいや、ドラゴン姿のエスメトリスが踏みつけたら庭が無事じゃあ済まないだろう?」
「戯言を言うなクライス。体を浮かせてから変身すれば問題なかろう」
「それもそうか」
「さて、それでは王宮の外に出て、これ見よがしにワイバーン共に指図するとしよう。シンシアよ、一緒に来るか?」
「はい! ぜひ御一緒させて下さいエスメトリスさん!」
「うむ、うむ。では遠慮せず我の背に乗るが良いぞシンシアよ。ところでクライスはどうする?」
俺とシンシアでは、随分と扱いが違うじゃ無いかエスメトリスよ・・・知ってたけど。




