接触の段取り
シンシアが俯き気味の表情で、唇に指を当てて考え込んでいる。
どんな方法を使えば、魂を『複製』して『休眠』させておけるのか、考えを巡らせているんだろう。
「魂の状態のままで眠らせて、ですか...そして四百年ぶりに目を覚ましたというか身体を得たので、自分で刻ませていた慰霊碑裏の『覚え書き』は、もう必要ないと削り取ったと...」
「多分な?」
「その時点でフェリクス王子の身体は完全に入れ替わってたんでしょうか? ジェルメーヌさまの話からすると、ホムンクルスになって戻ってからもフェリクス王子としての記憶を持ってたみたいですけど」
「魔法的な仕組みは分からないけど、ギュンター・ラミング卿のところにいたニセモノのホムンクルスのオットーも少しは本物の記憶を持ってたみたいだし、そこは判断基準に出来ないかな?」
「そうですね...」
「だけどライノ、そうすると本当のフェリクス王子の魂はどうなったんだろうな?」
「そこも分からないね。単に消されただけかもしれないし...ただ、フェリクスは『生身の王子』だった時点で、もうエルスカインに唆されてたような気はするよ」
「するってぇとアレかライノ? 自分を不死身の王様にして貰えるつもりでウマい話に乗ってみたら、身体だけ乗っ取られたってワケか?」
「ひっどーい!」
「残酷ですね...」
「でも実際にそんなところじゃないかな。元々のフェリクスだってエルスカインの誘惑に乗っちゃうようなヤツだったワケだしな?」
俺たちがサラサス王宮に来る発端になったタチアナ嬢の話では、フェリクスは共謀していた官吏になんと言っていた?
それは『俺はエルスカインを上手く利用してやるさ』じゃ無かったか?
つまり生身だった時代のフェリクスは、エルスカインが目の前にぶら下げてきた餌を理解していた事になる。
「身も蓋もありませんけど、私も自業自得だとは思いますね御兄様」
「クライスよ、我には話の流れが良く分からぬが、人族の業の深さだけは伝わってきたぞ?」
「いやまあ、そこは一般化しないでくれよエスメトリス。エルスカインと関わってると周囲がこんな話ばかりで嫌になっちゃうけどな」
「ただの冗談だクライス。ともかく今の話は『敵の正体に一歩近づいた』という理解で良いのであろう? であれば攻め方も考え直した方が良かろうな」
そうだな・・・これまではホムンクルスとは言っても『世界に一人』しかいないフェリクスが相手だと思っていた。
しかも、どういうわけか数百年前に死んだマディアルグ王の知識と意志を受け継いだ男として。
ところが、いま俺たちが相手にしているのは、そのマディアルグ王自信の『複製」だとすれば、対処の方法も考え直すべきだ。
「そこはエスメトリスさんの仰る通りですね。これまで私たちはフェリクスのことを、エルスカインの走狗に過ぎないと思っていましたから...ですが、その魂の中身が『獅子の咆哮』と城壁を建設した時点のマディアルグ王だったとすれば、話は変わります」
「ああ、そうだな...」
「つってもライノ、いま地下牢に入ってるフェリクスを『ワザと逃がす』って計画は、そのままやるんだろう?」
「そのつもりだ。あのまま押し込めておいても、早めにエルスカインの救援が来なければ自害するような気がするし」
「フェリクスの姿を与えられた複製達は、心底から何度でも生き返れると信じているのでしょうかね...」
「物事の捉え方によっては、それも間違っちゃいないけどな」
「そうは言っても、本人達の思い描いている『不死身』とは違っているんじゃないかと思いますよ? 同一人物が複数いたら、記憶の連続性が保てるはず無いのですし...」
「まあ確かに」
ホムンクルスで有っても『マディアルグ王』としての存在は継続してる・・・でも、その一人一人の意識が連続してるかは怪しいからなぁ。
もちろん詳しいことはエルスカインの魔導技術次第だから、ハッキリとは分からないけどね。
「なぁライノ、探知魔法でフェリクスを追跡するのも当然有りだろうケド、ついでに地下牢に迎えに来たヤツを、そのままシンシア殿の銀ジョッキで追えばいいじゃねえか?」
「一応、銀ジョッキも置いてきてるよ。ただ、フェリクスの『逃走のさせ方』次第では、銀ジョッキで連続的に後を追えるかどうか確信できないからな?」
「ああ、一緒に転移させるのは厳しいか。ウルベディヴィオラでやったみたいなワケにも行かねえよな」
「それに...正直に言って、パトリック王たちの見てる前では銀ジョッキを使いたくないんだよ」
「なんでだ?」
「だって、アレがあれば王宮だろうがどこだろうが、窓さえ開いてれば入っていけるし、気付かれないままで盗み聞きも盗み見もやりたい放題だろ? いくら俺たちのことを信用してくれていても、そんなワザが使われる可能性を考えたら良い気分でいられないと思うんだよ」
「なるほどね。ま、猜疑心なんてモノは、そもそも呼び起こさないに越したことはねえよな」
アプレイスがそう言って、チラリとシンシアに目をやった。
ヒップ島のこともそうだけど、シンシアがミルシュラント大公の娘だってことは、勇者云々とは関係無しに国家間の話になると波紋を呼ぶことだからな。
パトリック王たちとは良い関係を築けていると思うからこそ、後からバレるよりも先に伝えておこうと身元を隠し通すのをやめたんだし、ワザワザそこに不安の種蒔くようなことはしない方がいいだろう。
そのままみんなであれやこれやと話し込んでいると、客間のドアがノックされて部屋付のメイドさん達が昼食を運び入れてきた。
そうだった・・・あまりにも怒濤の展開で忘れていたけど、アプレイスからの警報を受けた時には、まだ昼前だったんだよな。
どうりで腹が減っているはずだ。
しかし、この状況でちゃんと昼食の手配をしてくれているオブラン宰相の気遣いも相当なモノだな。
もはやメイドさん達も、いつの間にか俺たちが部屋の中に雁首揃えていることに動じる気配も無いし、ちゃんと人数分が揃ってる。
そしてエスメトリスは、人の姿での食事も優雅だ。
シンシアを別とすれば俺たちのテーブルマナーなんて『論外』って所だとは思うけど、そういう俺の目から見てもエスメトリスが口にモノを運ぶ姿は美しい。
もちろん貴族家の娘であるシンシアの食べ方も美しいけど、どちらかと言うと『可愛い』と感じさせる。
エスメトリスの場合は、その美しさに風格と言うか威厳のようなものが加わって、乱暴に言えば姫様とジュリアス卿を足したような感じか・・・うん、やっぱり女王って雰囲気だよな?
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慌ただしい昼食が終わったところで、頃合いを見計らっていたかのようにオブラン卿が訪ねてきた。
いや実際に頃合いを見計らっていたんだろうけどね。
きっと俺たちの動向は逐一、メイドさん達に報告を上げさせているんだろうし。
「勇者さま、先の件ですが王宮内と申しますか、混乱を収めるために私や陛下が忙殺されているという状況を演出いたしまして、いくつかの情報が狙っている相手に漏れ伝わるように工作いたしました」
「狙っている相手、と言うのはブリュエット嬢がらみですか?」
「もちろんそれが中心ですが、ルフォール侯爵家の縁者達の動きも気になりますので、そちらにも情報が流れるようにしてあります」
ルフォール侯爵家って、オリアーヌ妃つまりジェルメーヌ王女の母親の実家だよな・・・ラクロワ家の双子が言ってたように、日々権力闘争や影響力拡大に明け暮れてる人達なのかもしれない。
「仮に、その中の誰かがフェリクスに接触しようと動き出したとすれば、次はどんな段取りになるんですか?」
「そこは勇者さまやシンシアさまとの御相談ですが、以前にお話ししました通り、地下牢はずっと使われておらず、当然ながら門番も閑職という扱いでした」
「でしょうね」
「給与も名誉も高くはありませんが時間だけは有るという職場ですな。交代が来るまで昼寝していようが編み物をしていようが叱責されないので、中々に人気の職場だったのです」
「えっ、昼寝? それはそれで...なんと言うか面白いですね」
兵士が暇だから編み物って・・・余暇時間を自由に使えるから地下牢の門番が人気職だとか、他の国では考えられない気がする。
「無駄な人員にも思えますが、地下深くの閉じた空間を何十年も無人のまま放置していては魂魄霊の類いが居着かないとも限りません。さすがに王宮内でそういうモノを跋扈させるのは沽券に関わりますので」
「ああ、確かに。それは有り得る話ですからね」
「はい。それで地下牢の門番は閑職ながら人気職と言うことで持ち回りの当番制になっています。それを一時的に全て廃止しました。『追って指示があるまで地下牢には誰も近づくな』とあからさまに厳命しましたので、『何か見せられないモノが入れられている』とすぐに噂されることでしょう」
なるほど、噂話をしたがる連中の裏をかくって訳か・・・




